第408話 交渉成立
レティはプンプン怒っていた。
怒ってアルベルトの執務室までやって来た。
「 アル! どうにかして貰いたいわ! 」
「 何? いきなり…… 」
アルベルトもクラウドも、書類を執務机の上に置いてレティを見た。
アルベルトは突然現れたレティに破顔する。
机の上には沢山の書類が置いてあるのを見て、レティは少し冷静になった。
お仕事中だわ。
「 失礼しました。帰ります 」
レティはペコリと頭を下げて、くるりとUターンして執務室から出て行った。
リズベット王女が毎日アルベルトの執務室に押し掛けていたと言う話しを、お喋りなメイド達が話していた事を思い出した。
慌てて席を立ったアルベルトがレティを追って腕を引いた。
「 何で帰るの? 」
「 お仕事中にご免なさい 」
「 レティなら何時でも大歓迎だよ 」
そう言ってレティの頬にチュッとキスをするのは何時もの挨拶。
レティはアルベルトに手を引かれて改めて執務室に入り、クラウドに頭を下げると、笑顔でどうぞお入り下さいと言われた。
「 何をそんなに怒っていたの? 」
「 お邪魔じゃない? 」
「 話したいことがあるから丁度良かったよ……で、何を怒っていたの? 」
「 今日の私の護衛がエドガーだったんだから! 」
エドガーは新人研修を経て第2部隊に配属されていた。
第2部隊は皇族の護衛と、皇族が訪れる場所の警備にあたる部隊。
エドガーはアルベルトの親友だ。
そして、将来アルベルトの片腕となる大臣候補で、今の国防相である父親の後を継ぐ事になる。
1番アルベルトの側にいるエドガーは第2部隊に配属され、本格的に警護のノウハウを習う事になったのである。
元々アルベルトとエドガーの関係は、ラウルやレオナルドとは少し違う。
騎士の家系であるドゥルグ家の嫡男エドガーは、皇子が危険な時には、1番側にいるお前が身体を張って皇子を守れと父親から言われて育った。
勿論、ラウルやレオナルドもそう言われてはいたが、やはりエドガーのアルベルトを守ると言うより強い意識は、彼等とは少し異なるのであった。
今日は休日で、レティは自分の店に行く予定であった。
エドガーが公爵家に来たので、兄に用事があるのかと思えば……
「 本日リティエラ・ラ・ウォリウォール嬢の護衛を、初めて務めさせて頂きます、第2騎士団第1班所属のエドガー・ラ・ドゥルグです 」
相方は何時ものベテランの護衛騎士で、新米騎士のエドガーを指導すべくペアでやって来たのだった。
私用での外出の時は護衛騎士も私服。
どう見ても、何時も家に遊びに来るエドガー。
こいつは何時もの空気みたいな騎士では無く、エドガーなのである。
少し距離を離れて付いて来ていても……
エドガーなのである。
何を考えてるのかと気になって仕方無い。
レティのお店までは構わないが……
劇場に通ってるのは何気に知られたくなくて。
結局、お店に行くだけで劇場には行かずに帰宅して、皇太子宮に乗り込んで来て、騎士団の上司(←それも最高指揮官)であるアルベルトへの猛抗議となったのである。
「 どうしてエドガーが嫌なんだよ? 」
「 嫌に決まってるでしょ? 」
あんたアホなの?
……と、言いたいが、流石に皇太子殿下にはそこまでは言えない。
「 エドガーがずっと私の後を付いてくるのよ? 私の行く所とか、私の趣味とか、私の秘密とかを知られる事になるのよ? そんなのアルだって嫌でしょ? 」
「 何が嫌なんだ? エドガーだよ? 」
「 エドガーだけじゃ無いわ! 今年の騎士団の入団した騎士は皆が、騎士クラブの先輩達だから嫌だわ! 」
「 そうだよ……俺の同級生達だ! 」
「 えっ!? アルは友達に色んなあれこれを見られても良いの? 」
アルベルトは、何が嫌なのかがさっぱり分からないと言う顔をしている。
そう……
アルベルトにとっては帝国民は皆が臣下。
生まれた時から沢山の人達に傅かれ、沢山の人々の注目の中で生きて来たのだから、誰が側にいても気にならないのである。
ましてや、レティが拒否しているのは、訓練を受けた騎士達であるのだと。
「 クラウド様は? ここにルーピン所長がいて、四六時中横に立たれても平気ですか? 」
「……いや、それは嫌かも 」
クラウドとルーピンは同学年。
「 でしょ? 」
「 ルーピンは騎士では無いじゃないか? でも……分かった。エドガー達は君の護衛からは外す。だけどエレナは外せない。やっと女性騎士の君の護衛が誕生したんだ。君のお手洗いにも付いていけるから安心だよ 」
ヒィ~~っ!!
お手洗いの中にも付いて来るの?
音まで……聞こえちゃうの?
レティは青ざめた。
それにアルとデートしてる所を見られるなんて……
絶対に無理!
レティは泣きそうな顔でアルベルトを見る。
「 護衛は何時ものおじさん達にして! 」
第2部隊は危険な任務の多い第1部隊とは違って、警備や警護を主にする為に年配者が比較的に多かった。
アルベルトは溜め息をついた。
「 分かった分かった。君の言うとおりにする 」
それ程嫌なら仕方が無い。
あんな泣きそうな顔をしてお願いをされたら聞いてあげるしかない。
レティはホッと胸を撫で下ろした。
コンコン……
「 お茶をお持ち致しました 」
そこに女官長のラジーナがお茶のワゴンを持って入ってきた。
レティが来てると聞いて。
リティエラ様がいらっしゃると本当に賑やかだわ。
殿下もあんなに嬉しそうで。
「 あっ! ラジーナ! 来るのを待ってたんだ。皆に話がある 」
お茶を並べて、ソファーに皆が座る。
「 先程、父上に呼ばれて話があった。ミレニアム公国に行く様にと。エルベリア山脈の魔石の採掘場の視察だ 」
「 何時ですか? 」
「 それは大変だわ!? 」
クラウドとラジーナが自分のスケジュール帳をパラパラと捲っている。
「 長期休暇に…… 」
そう言ってアルベルトはレティを見た。
「 !? 」
「 レティの休暇に合わせてだ! レティ、一緒に行こう 」
ビックリして固まっていると……
「 他に予定がある? 」
アルベルトが眉毛を上げて、レティの顔を覗いて来た。
魔石の採掘場所……
レティの好奇心が膨れ上がる。
「 あっても行くわ! 行くに決まってるわ! 」
レティは嬉しさのあまりにアルベルトに抱き付いた。
抱き付かれたアルベルトはそれはそれは嬉しそうで。
「 また、女官のアルバイトが出来るのね 」
女官のアルバイトは時給が良いのよとレティは大喜びである。
「 違うよ、俺の婚約者として行くんだよ。リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢としてだ! 」
「 !? ……どうして? 」
抱き付いていたアルベルトから身体を離して、アルベルトを見つめた。
「 父上が婚約者としてレティも一緒に行くようにと…… 」
「 そんな……一銭にもならないなんて……だって、病院も虎の穴もお金が出るのに…… 店だって……いひゃ……い 」
レティはアルベルトに口を捻られていた。
「 全く……開いた口が塞がらないよ 」
こんなお金にシビアな公爵令嬢なんて。
「 どうしても女官として行くのは駄目? 」
それでも食い下がるレティにアルベルトは負けた。
可愛い顔をしてくる攻撃に。
「 分かった。 じゃあ、婚約者手当てを出すよ 」
「 婚約者手当て!?」
レティ、クラウド、ラジーナの3人が同時に声を発した。
「 あっ……失礼しました 」
スケジュール帳とにらめっこして、2人でヒソヒソと話をしていたクラウドとラジーナが、つい口を挟んでしまいましたと頭を下げる。
「 わたくしは女官達の部屋に行ってきます 」
「 私も宰相の所まで詳細の確認に行って来ます 」
どうぞお2人で話し合って下されと。
2人は色んな書類を持ってそそくさと退室していった。
これから彼等は色んな人達と打ち合わせをして、確認や旅への準備をしなきゃならない。
「 また1ヶ月も一緒にいられる 」
レティの手の甲に唇を落としてアルベルトは破顔した。
嬉しさのあまり、パタパタと尻尾を振る皇子様が愛おしい。
本当にこの美しい皇子様は……
どんだけ私を好きなのか。
最近は特に甘くなった様な気がする。
これもあの魔法の唐揚げの効果なのかも。
「 昨年は君が女官姿だったから、一緒の馬車に乗れなかったからね 」
「 ところで、婚約者って何をすれば良いの? 」
「 僕の側にいれば良いよ 」
甘~い顔をしながらレティの顔を覗き込んで来る。
横にいるだけじゃつまんないわ。
街に行って仕入れは出来るのかしら?(←外国の珍しい物を仕入れたい)
「 やっぱり……女官として行くのは駄目? 」
俺の婚約者として行くより女官の方が良いと言うのか!?
アルベルトがレティを見ながら指を2本立てた。
「 昨年の女官の時給よりも倍の金を支払う! 」
「 オッケー交渉成立ね!……キャア! 」
こいつめ!
ちゃっかりしやがって……
レティはアルベルトに抱き締められてチュッチュッとキスをされたのだった。
***
概要はこうである。
アルベルトがドラゴンを討伐してからと言うものの、各国から招待状が相次いでいた。
是非とも我が国に来て頂きたいと。
父親であるロナウド皇帝は、アルベルトには皇太子時代に出来るだけ多くの国に訪問させたいと思っていた。
ミレニアム公国は魔石が採れる国で、シルフィード帝国の属国である。
宗主国として1度は視察に行かなければならない国。
ロナウドも皇太子時代にルーカス達を伴って視察に訪れていた。
アルベルトにとっては初の海外公務となる。
先ずは近場で。
レティの同行は……
魔除けとして。
何せアルベルトには行く所行く所で女性達が言い寄って来たり、紹介されたりする。
国内の公務も大変で。
特に泊まりの公務はクラウドも頭を痛めていた。
早くレティと結婚をしないものかと。
今回は外国。
何が起こるか分からないのである。
それからはレティは浮かれっぱなし。
学期末試験も満点を取り、生徒会のスポーツ大会の女子の玉入れもヒョイヒョイと入れて優勝した。
さあ、待ちに待った長期休暇。
魔石の採掘場所のあるミレニアム公国へ。
また旅が始まる。
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