第414話 素敵なお兄さんと軟膏のお姉さん
翌日アルベルトとレティは教会に向かった。
アルベルトは大公に同行して貰う事にした。
いくら宗主国の皇太子であろうとも、ミレニアムは他国。
不正が発覚したとしても、それをどうするかは大公達次第なのである。
「 もしかしたら違うかも知れないのに? 」
「 違うなら違うで、正しく運営されてると分かるだけの事だから構わないって大公が言ってたよ 」
大公は教会が不正をするとは思ってもいなかった。
大公夫人が程にあちこちの教会に慰問に行っているのだからと自信満々だ。
なので……
自信満々な夫人も同行して来た。
「 僕は……君の医師としての直感を信じるよ 」
馬車から降りたアルベルトはレティを連れて教会に向かう大公の後に続いた。
早朝に、いきなりやって来た大公に教会のスタッフは慌てふためいた。
アルベルトを見て更に驚いている。
大公がここに来た趣旨を伝えてる間に、レティは子供達が寝ている部屋に行った。
レティの後には大公夫人が続く。
やっぱりだ。
不正なんて無い方が良いに決まっている。
思い過ごしだったと、大公や教会のスタッフに謝罪をする結果になる様にと願っていたのだ。
不正をしている教会のやってる事は何時も同じ。
ベッドの数よりも子供達が多いのだ。
多ければそれだけ助成金を貰える。
だけど……
子供達の数だけを申請してきちんと養育しないのである。
ベッドで寝ていた子供や床で寝ている子供がレティの方を見ている。
「 私は医者です。皆を診察に来ました 」
レティはデカイ顔のリュックから聴診器を取り出して、起きたばかりの子供達を診察した。
ダブダブの衣服を捲れば身体には鞭の後。
体罰も与えていた様だ。
冬籠もりに入れば閉鎖してしまう教会で、何が行われるのかを想像するだけで腸が煮え繰り返りそうだった。
子供達の鞭の傷痕を見て大公夫人が泣き崩れた。
こんな酷い事を……
私は今まで何を見て来たのかと。
そこに大公とアルベルトがやって来た。
大公の顔は青ざめ……だんだんと赤くなって行く。
突然階下で怒号の声と争う物音がすると子供達を恐怖の顔にさせた。
何と……
その隙に牧師とシスター達は逃げ出そうとしていた。
大公が連れてきた騎士達が取り押さえた様だ。
「 大丈夫よ。このお兄さん達が守ってくれてるわ 」
アルベルトの側にはグレイやサンデー、ジャクソン達がいた。
どう見ても王子様と家来達。
王子様が自分達を助けに来てくれたのかと、不安な顔をしていた子供達が安堵の顔に変わって行く。
レティはデカイ顔のリュックから軟膏を取り出した。
「 ジャーン! これを塗れば直ぐに治るからね 」
鞭で打たれた子は10歳だと言った。
みみず腫れになった痕が痛々しい。
レティは軟膏を塗り込んでいく。
それを見ていた子供達が、僕も私もとレティの前にやって来た。
診ればあちこちに完治して無い様な傷があった。
全部が鞭を打たれた傷では無いが……
怪我をしても放置されていた様で胸が痛くなる。
その様子を見ていたアルベルトや騎士達も悲痛な面持ちをしていた。
「 これで治る? 」
「 大丈夫! お姉さんの作った軟膏は特別よく効くんだから 」
「 お姉さんはお医者さん?それとも薬屋さんなの? 」
「 お医者さんで薬屋さんなのよ! どう? 凄いでしょ? 」
凄ーいと皆が尊敬の眼差しでレティを見て来た。
真っ赤な顔をして怒り狂う小太りの大公は、拘束されている牧師やシスター達を責め立てた。
罵声が飛び交う。
それを子供達に聞かせない様にする為に、今から朝食を作るからと子供達を厨房に連れて行く。
大きい子にはお手伝いをしてと言いながら。
あるのだ。
自分達が食べる分の食材はたっぷりと。
「 お姉さんはお医者さんで薬屋さんなのに料理も出来るの? 」
「 そうよ~得意なんだから! 」
3年間料理クラブにいたのは伊達じゃないのだ。
パンは時間が無いから……
パンケーキを作りましょう。
アルベルトはダイニングチェアに反対向きに跨いで座り、背凭れに腕を乗せて嬉しそうに眺めていた。
レティが料理を作る所を見るのが好きだった。
そこに女の子達がそろりそろりと近付いて行く。
「 素敵なお兄さんは、お姉さんの恋人? 」
オマセな女の子達がアルベルトの周りを取り囲み、優しく見つめられるとそのカッコ良さに頬を染めてモジモジとしている。
女性にモテるのも伊達じゃないわね。
……と、切った人参とジャガイモをスープに入れながらレティはクスクスと笑った。
「 そうだよ。彼女はね、お兄さんのお嫁さんになる女性(ひと)なんだ 」
「 うわ~凄~い。2人は結婚するんだ~ 」
結婚結婚と歌いながら子供達がキャアキャアと騒ぐ。
人見知りの子や暗い顔をした子供も、美味しそうなスープの匂いに鼻をクンクンとさせながら、ダイニングテーブルに順番に座って行く。
「 さあ! 出来たわよ! たんと召し上がれ 」
子供達が具沢山のスープとパンケーキに目を輝かせる。
こんなに美味しそうな食事は初めてだと言いながら。
幸せは食べる事から。
これからの貴方達がちゃんとした食事が出来る事になります様に。
美味しい美味しいとガツガツと食べる子供達を見ながら、アルベルトとレティは肩を寄せ合った。
皆が教会を出る頃には方が付いた様だ。
アルベルトと並ぶレティの後ろには、頭を下げた女官達と整列した騎士達。
2人の前にはペコペコと頭を下げる大公夫婦。
今まで偉そうにしていた牧師やシスター達は、自警団に連行されて行った。
子供達はこの光景を見てどう思ったのだろうか。
あの素敵なお兄さんが皇子様だったと知れば……
彼等の生きる糧になるだろう。
お別れだと言って皆と握手をする。
「 素敵なお兄さんと軟膏のお姉さんはまた来る? 」
「 何時か……何処かで会えるかも知れないわね 」
もう2度と会うことは無いのかも知れないが。
だけど……
軟膏のお姉さんは無いだろう?
せめてスープのお姉さんとかパンケーキのお姉さんにして欲しかったわ。
……と、皆に手を振りながらレティは馬車に乗った。
***
次はレティが最初に行った教会に行くと言う。
大公夫婦は早急に後任の牧師やスタッフを決めなければならないと大公邸に帰宅して行った。
教会には暫くは大公邸の使用人が住み込んで、後任が決まるまでは子供達の世話をするらしい。
馬車は次の教会に向かって走っていた。
「 次に行く教会は、ちゃんとした教会だったから行く必要は無くて…… 」
出来れば行きたくない。
あんなに謝罪をしても許してくれずに追い出されたのだ。
再び行けば、また嫌な顔をされるに決まっている。
「 アル……私が失礼な事をしてしまったのよ? 」
「 だからこそ僕が行く必要があるんだよ。嫁のフォローは夫がしっかりとしないとね 」
アルベルトはそう言ってレティにウィンクをした。
渋るレティの手を引いて、いいからいいからと言って長い足でどんどんと歩いて行く。
教会に到着をすると、ラジーナ女官長が教会のスタッフに
お触れを告げる。
「 シルフィード帝国の皇太子殿下がお越しになりました。皆は礼を尽くしなさい 」
スタッフ達が整列をして頭を垂れる。
先程の教会とは違ってあたふたとしていなくて、落ち着いた所作をしている姿が印象的だ。
「 突然すまない。私の婚約者が先日ここを視察した時から、立派な理想的な教会だったと言うので、我が国の参考にしようと思って立ち寄らせて貰った 」
「 お褒めに預かり光栄でございます。私共は何時でも時間は割けますので、存分にご視察して下さい 」
牧師もシスター達もアルベルトに見惚れていた。
その頬を染めた赤い顔で、アルベルトの後ろにいるレティを見て来た。
ペコリと頭を下げると……
嬉しそうに頭を下げて来た。
皇子様を連れて来てくれて有り難うとでも言う様に。
流石皇子様パワーだわ。
だけど……
本当に子供達への教育にも力を入れていて、我が国の教会も参考にするべく教会だった。
あの日は……
怒らせてしまったから話をする事も出来なかったけれども。
アルベルトに誉められて饒舌になった神父に、レティは沢山の質問をして……
教会のスタッフ達はレティの本気度に感嘆していた。
「 先日の無礼をお詫び致します 」
「 いえ……わたくしも、いきなり失礼な事をして申し訳無く思います 」
和解出来た双方の間に爽やかな風が吹いた。
「 アル……有り難う 」
「 上手くフォロー出来た? 」
「 うん。色々と聞く事も出来たし…… 」
帰りの馬車の中で、アルベルトが自分の唇に人差し指をチョンチョンと当ててお礼のキスをしろとせがむ。
レティはそろりと顔を近付けて行ってチュッとキスをした。
感謝の気持ちを込めて。
***
シルフィード帝国は大国だ。
権威の象徴である巨大な宮殿。
その宮殿に貴族達を登城させて、1人1人頭を下げさせ定期的に忠誠を誓わせる皇帝陛下への挨拶。
高いバルコニーに立ち、神を崇める様に下から手を振らせる事で、君臨する皇帝を民衆に認識させる行事。
帝国史として……
国を守る為に国王自ら戦って勝利して行く伝記を、子供の頃から読ませて学園でも習わせるのである。
そして……
国力を見せ付ける盛大な軍事パレード。
そのどれもが無いミレニアム公国は、シルフィード帝国に比べると国と言うよりも1つの領地の様だった。
グランデル王国の王太子であるアンソニーでさえも、シルフィードの国力に圧倒され、アルベルト皇太子に魅せられた事は記憶に新しい事で。
今でも魅了されたままだが。
魔石が採れる事からミレニアム公国は閉鎖的な国で、他国からの王族や要人達の視察の要望さえも断り、決して自国に招く事は無かった。
魔石の取引やその他の交渉は他国に赴いて行っていた。
侵略され、王や王妃、王太子を殺害され、城を焼かれた歴史を持つ人々は、他国が恐くて仕方が無いのである。
自国を取り返してくれ、宗主国となったシルフィード帝国だけが特別だった。
大公邸に戻ると、時間が無いと言ってレティは風呂に放り込まれた。
この後は、ミレニアム公国の貴族達との晩餐会と舞踏会がある。
他国での初めての公式行事だ。
失敗する訳にはいかない。
レティは支度をされながら、ミレニアム公国の仕来たりなどの資料を読み返していた。
シルフィード帝国に来国して来た王女達の事を考える。
アルベルトが彼女達が不自由を感じない様に、丁寧におもてなしをしていた事を思い出す。
いくら皇太子殿下の婚約者だと言っても、レティは王族では無く格下である貴族。
この国に来て感じていた違和感がそれである。
レティの視察には、大公の6人の息子は来ていなかった。
大臣でさえも。
いや、あの6人が大臣なのだから大臣が来ないのは当たり前で。
皆はアルベルトの視察に付いて行っていたのだから。
不正をしていた教会にも、アルベルトが進言してくれたからこそ大公が動いてくれた。
それも自らが……
分かっていた事だが。
その対応の違いを実感した。
レティは準皇族だと言えども爵位は公爵令嬢である。
1貴族である公爵の娘でしかない。
妃になってこそ、その権力が発揮される立場になるのだから。
そして……
この国には王族がいない事から、アルベルトの様な接待はしないし、出来ない。
大公家は血筋としては王弟であった第2王子の血統だが、長い年月の間に、王の存在しない国はその権威さえも無くしていた。
国にとって、いかに皇族や王族が外交に重要な役割を果たしているのかを思い知る。
伊達に国の頂点に君臨してる訳じゃないのだと。
「 まあ! なんとお美しい 」
鏡の前にはティアラを付けたレティがいた。
レティの立場を考慮したシルビア皇后陛下が、レティにティアラを託してくれたのだ。
シルフィード帝国でティアラを付けれるのは皇后陛下と皇太子妃のみであった。
異国の地で……
公式行事である晩餐会と舞踏会が始まる。
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