第406話 閑話─公爵夫人の矜持

 



「 レティ! 貴女は今から淑女になるのよ 」


 決闘なんかをした娘だ。

 お転婆だとか男勝りだと思われるのは母親としては不本意であった。

 今更だが……


 レティは公爵令嬢。

 シルフィード帝国の貴族では最も位の高い令嬢。

 そしてその母親であるローズも最も位の高い貴族夫人なのである。


 今宵の舞踏会では何としても、公爵令嬢はおしとやかな淑女の印象を、皆の頭に植え付ける必要があると鼻息が荒い。



 レティは見目麗しく本当に美しい令嬢。

 街を歩けば……

 男共がハッとして振り返り、必ずや声を掛けられる程に綺麗な女性なのである。


 小さい顔に白い肌、亜麻色の髪にピンク掛かったバイオレットの瞳の大きな目と長いまつ毛。

 ピンク色の頬に可愛い鼻、赤くぷっくらとした小さな唇。

 華奢だが手足はすらりと長く、小柄ながらもスタイル抜群だ。



「 レティ、良いわね!大人しく、優雅でエレガントに淑女を演じるのよ 」


 目指すはギャップ萌え。

『 あんなにお転婆なのに、なんて素敵な淑女なの 』作戦を決行する。



 今は舞踏会が始まる前で、宮殿にある公爵家の控え室にいた。


「 分かったわ。お母様 」

 そう言う娘は料理をパクパクと食べている。


 闘った後だから体力を回復してるのだと。

 殿下にあ~んをして貰いながら。


 足が立たない程に、手が痺れる程に闘った娘は誇らしいが……

 ラウルと争って食べてる所を見ると……

 溜め息が止まらないローズであった。



 アルベルトを見れば凄く甘い顔をして、レティ好き好き光線を発する姿は今も昔も変わらない。

 いや、ある時から更に甘くなっている気がしていた。


 あれは……

 昨年の建国祭の後からか……

 やはりレティが3日間皇太子宮に滞在した事で、2人の仲を進展させたのかも。


 今では公爵家の皆はアルベルトに絶大な信頼を寄せている。

 いや、もはやこの娘をお願いしますと言っても良いだろう。

 家人達も……

 この、何をしでかすか分からないお嬢様は殿下にお任せするしかないのだと口を揃えて言う。

 ルーカスに至っては丸投げである。



 だけど不安は常に付きまとう。

 代々他国の王女と婚姻させて来たシルフィード家。

 姑になるシルビア皇后も王女。


 フローレン王妃陛下も、皇太子妃であった側室の公爵令嬢だった妃を追い出したと聞く。


 そして……

 王太子の妾発言。


 ルーカスは殿下を信じなさいと言うが。



 それに……

 周りを見ると美しく着飾った令嬢達でいっぱい。

 ホホホホと静かに笑うおしとやかな令嬢達。


 殿下もこの令嬢達を差し置いて何故レティをと。

 身分的には、侯爵令嬢や伯爵令嬢なら立派な皇太子妃候補になりうるのである。


 お茶会に来る令嬢達は皆、刺繍を嗜み趣味は観劇だと言う。

 素晴らしい出来映えのお手製のテーブルクロスをプレゼントされた事も。

 家柄も良く、優雅でエレガントな淑女達だ。


 ただ……

 皆同じ様なこれと言った特徴の無い令嬢ばかりで。

 どの令嬢をラウルの婚約者候補にする事もまだ決め兼ねてはいるが。

 それは、ドゥルグ侯爵夫人や、ディオール侯爵夫人も同じ様な感じであった。





「 続いて皇太子殿下、ウォリウォール公爵令嬢のご入場です 」


 殿下にエスコートされて入場したレティは……

 本当に堂々としていて綺麗。

 この時ばかりは、何処に出しても恥ずかしくない娘だと胸を張る。


 2人で踊るダンスもうっとりする程に素敵で。

 最近はお妃教育でダンスのレッスンを受けているからか、益々ダンスに余裕が出て来ていた。



 ダンスは、何よりもアルベルトの寵愛ぶりが周りに分かる瞬間である。

 公爵家では何時もラブラブだが。



「 まあ……リティエラ嬢は本当に殿下から愛されてますのね 」

「 殿下の寵愛を益々強く感じますわ 」

 夫人達が扇子で口元を隠して褒め称える。



「 あらあら、まあまあ……踊った後もまだ離れがたい様ですわね 」

 夫人達がコロコロと笑う。

 アルベルトがレティを抱き締めている姿が微笑ましい。


 皇太子殿下の婚約者を寵愛する姿こそが色んな噂を払拭させる。



 その後は王太子とのダンス。

 楽しそうに優雅に踊っている。


 次は……

 両陛下と、王妃陛下への挨拶。


 たおやかに美しいカーテシーをしたレティ。



「 完璧だわ 」


 ローズはホッと胸を撫で下ろすのであった。




 ***




 リズベット王女が突然我が家にやって来た。


「 わたくし……お姉様を研究したいと思いまして…… 」


 研究?

 何かの動物でもあるまいし

 全く、王女って言うのはどいつもこいつも……

 あら、失礼……

 ホホホホ……



 レティは言う。

「 いっぱいお勉強して、いっぱい運動して、いっぱい食べるのよ 」


 リズベット王女は成る程と思った様だが……


 ローズは……

「 レティはね、刺繍が得意なの……ホホホ…… 」

 ……と、言った。


 お母様……

 何故そんな嘘を。


 青ざめるレティを余所にローズは、レティの作品よと、テーブルクロスをリズベットに見せた。


「 まあ! 素敵! 」

 リズベットも一緒に来ていた侍女達も感嘆した。

 リティエラ様は淑女としても最高だと。


 いやいや……

 これ私が刺繍した作品では無いし。


 レティが口を開きかけると……

 ローズに思いっきり横腹を突かれた。


 お母様……

 痛いわ。



 続いてローズは胸を張って言う。

「 オペラ観劇も好きで、2人でよく観劇に出向きますのよ 」

 ホホホホと扇子で口元を隠した。


 お母様……

 何故そんな嘘を。




 先程グランデルの王太子と決闘をしたと言う、今話題のシルフィード帝国の皇太子殿下の婚約者である公爵令嬢は、剣と弓矢を持ち、馬に乗る程の勇敢な令嬢だが、医師であり薬師でもある秀才である。


 また……

 趣味としての刺繍の腕前は完璧で、母親と行くオペラ観劇も楽しんでいると言う、公爵夫人の自慢の立派な淑女でもある。



 そんな噂が世界各国に出回った。



 公爵夫人であるローズは……

 ホホホホと口元を扇子で隠したのだった。






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本日も2話更新予定です。

宜しくお願いします。


読んで頂き有り難うございます。




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