第403話 皇女様の帰国

 



 グランデル王国御一行様は海の上にいた。

 各々が各々の思いを胸に抱いて帰国の途に就いていた。



 昔から……

 王女や皇女達は政策の道具となり国の為に他国に嫁ぐことを己の矜持としている。

 時には人質として、戦争の戦利品として……

 たった独りで、言葉も通じない他国に嫁ぐことを要求される。


 どんな境遇が待ち受けているのかの恐怖と戦いながらの輿入れの道中は、彼女達がどんな境地でいるのかは計り知れない。

 全ては国の為に。


 せめて子供時代だけは、我が儘をいっぱい言わせてあげたいと思うのも仕方の無い事であった。



 シルフィード帝国の皇女フローリアもそうであった。

 全てが自分中心で回っていた世界にいた。


 明るく、何よりも輝いている皇女様だったのだろう。

 お里帰りをしてるフローリア王妃を見れば、若者達は皇女様のいるシルフィードはどれ程華やかだったのかと思いを馳せるのであった。




 ずっと帰りたかった。

 シルフィードが恋しかった。

 お父様、お母様、ロナウド……

 幾度、夜のベッドで忍び泣いて枕を濡らした事か……


 だけど……

 帰国して良かった。

 私はもうグランデルの人間だと改めて思えたから。


 懐かしい顔にも逢えた。

 念願だった父母のお墓参りにも行けた。

 多分……

 もう2度とシルフィードには来ることは無いだろう。



 王妃が国を離れる事は余程の事。

 両国の信頼があってこその里帰りであった。


 それを……

 この馬鹿王太子が……


 フローリアは決闘後にレティをサロンに呼んだ。

 王太子が『妾』発言をしたのは自分のした事と関係があると言い、グランデルに嫁いだ時にフローリアが側室にした事を話した。


 皇太子妃だった彼女を側室にして、そして城から追い出したのだと。

 追い出した側室は公爵令嬢だった。


 王女と公爵令嬢ならば、身分の差で公爵令嬢が側室になるのは当然の事だが、まさか城から追い出すなんて……


 自分なら追い出される前に出て行くが……

 その側室はどうだったんだろうか?


 もし……

 アルベルトが側室制度を廃止しなければ、自分にも起こり得る事だったのだとレティは唇を噛んだ。

 王女と公爵令嬢の身分の差を思い知る。



 レティの曇った瞳を見ていると、フローリアは今更ながらにズキリと胸が痛んだ。


 そう……

 あの時。

 グランデルの公爵は何も言わずに王命に従ってくれた。

 そして公爵家は、あんなに酷いことをした王族に今も変わらずに忠誠を尽くしてくれている。



 フローリアは、レティがアンソニーに手袋を投げ、決闘を申し込んだ経緯を聞かされた時は、正直言って嬉しかった。


 自分の罪を断罪してくれるかの様だと。

 決闘では……

 アンソニーよりもレティを応援した。

 やってしまえと。




 リズベットにも変化が起きていた。


 フローリアが腰痛療養してる間、リズベットが皇太子の執務室に毎日押し掛けて迷惑を掛けている事を最近になって知った。


 きつく叱ると……

 何時もなら泣いてお腹が痛いと言うのに……

 素直に頷いて、自分の行いを反省した。



 そして今、リズベットは静かに本を読んでいる。

 これには驚いた。

 フローリアだけで無く侍女達も本を読むリズベットを初めて見たのである。


「 レティお姉様から借りて来たのよ」(←いきなりお姉様呼び)


 リズベットは舞踏会の2日後に公爵家を訪ねた。

 レティお姉様を研究すると言って。


 レティは……

「 いっぱいお勉強して、いっぱい運動して、いっぱい食べるのよ 」

 ……と、言った。

 成る程と素直に頷いたリズベットは帰国すると乗馬の訓練を始めると言う。



 リズベットが読んでる本は『 魔法使いと拷問部屋 』だった。

 これはレティの愛読書。

 ちょっと本のタイトルは気になったが……

 何より本を読んでる事を皆は喜んだ。




 アンソニー王太子は帰国直前に、ロナウド皇帝陛下から呼び出された。

 話があると。


 応接間には皇帝と宰相がいた。


 ロナウド皇帝はアンソニーの叔父である。

 姉である母からは、手に負えない程のやんちゃだったと聞いた。


 シルフィードには代々仕えてきた三大家臣がいて、先帝が崩御した際には、いかに彼等が皇家を支えてくれたのかを皇帝は話してくれた。


「 姉上が犠牲となって嫁いでくれたグランデルとの関係性は大切だと思っている。だけど……グランデルかウォリウォールのどちらかを選べと言われたら……余は迷わずにウォリウォールを選ぶぞ 」


 皇帝は笑っていたが真剣な目をしていた。



「王族や皇族の下に貴族がいるのでは無い。貴族の上に王族や皇族がいる 」

 王族は貴族の支え無しには成り立たないのだとも。


「 肝に命じます 」

 アンソニーは胸に手を当てて頭を下げた。



「 ウォリウォールは怖いだろ? 」

 皇帝は笑いながら言う。


「 この家は他家とは違って、代々シルフィードに正面切って進言して来た家で、それこそ命懸けでNOを突き付けてくる……余にはこのルーカス1人だが……皇太子には煩いウォリウォールが2人も側にいる 」

 そう言って大笑いをした。


 そなたもそんな貴族を大切にするのだよと言うと、横にいるウォリウォール宰相が苦笑いをしていた。


 そなたとアルベルトの御代には、両国の更なる発展を期待する。

 そう言って送り出してくれたのだった。




 シルフィード帝国は良い国だった。

 母上の母国。

 私の身体の半分はシルフィードの血。


 こんな大国の人と同じ血が流れている。

 決闘をした後は、皆が温かだった。


 グランデルには無い温かさ。

 グランデルは王族と貴族の間には凄い壁がある事を、シルフィードに来て改めて思った。



 何時か皇帝になるアルベルト皇太子殿下。

 その様相、性格、考え方……周りの人々と彼の関係性。


 特に……

 ウォリウォール公爵家。

 私は貴族とそんな関係を築けているのか?



 シルフィード帝国の三大貴族と言われている大貴族の令息達が幼馴染みの親友で、彼の御代には片腕になる事は決まってるらしい。


 羨ましい。

 貴族と距離のある自分にはそんな友達はいなかった、

 彼に惹かれたのはそんな所もあったのかも知れない。


 彼のルックスは勿論だが、彼の周りの全てが輝いて見えたのだ。


「 アルベルト殿 」


「 何よお兄様!? アルベルトお従兄妹様の名前なんか呼んで? 」

 何か気持ち悪いわと、リズベットがウジ虫を見る様な目でアンソニーを見る。



「 煩い! お前こそアルベルト殿の事は、もう良いのか?」

「 ええ! キッパリ諦めましたわ 」


 リズベットは姉みたいに家臣の貴族と結婚する事は嫌だった。


 姉は学園時代の同級生の貴族と大恋愛の末に降嫁した事から、自分は絶対に王子と結婚したいと固く心に決めていたのだ。


 だけど……姉は幸せそうだった。

 想ってくれる男性(ひと)との結婚も良いかも知れない。


 そう言うと……

 先ずは本を読んでいっぱい勉強をして、運動をして食べなさいと母親に叱られた。



 おませなリズベット王女は14歳。


 アルベルトお従兄妹様は……

 やっぱり素敵だったわ。

 あんなに素敵にわたくしをエスコートしてくれたんだもの。


 国にいる友達に自慢しなきゃと思うのであった。





 ***




 グランデルに帰国し、程なくして今回の決闘騒動が国民の間に広まった。


 そう……

 シルフィードの国民にはどう思われ様と構わないが……

 グランデルの国民に叱責されたり馬鹿にされたりする事が嫌だった。



 だけど……

 リズベット王女様の為に言ったのなら仕方無いと言われ、決闘に負けた事も相手は令嬢だから負けてあげたんだと言う事になっていた。


 自国王太子が令嬢に負けた事を認めたく無かったのだろう。

 何処の国でも自国王太子を大切にしているのだから。



 しかし……

 貴族達の目は違った。


 特に夫人達は、当時の国王と王太子とフローリアのした事を許してはいなかった。


 侮辱された公爵令嬢が手袋を投げた事を、よくやった! アッパレ!と称賛し、決闘で王太子が負けた事で長年の憤りが晴れたと喜んだのだ。



 それからと言うものの、皆が何故かアンソニーに優しく接する様になった。

 王族と貴族に壁があるのは当たり前だと思っていたが……

 違っていた事を知った。


 公爵令嬢に決闘で負けた事で、皆の心の奥に潜んでいた蟠りが消えたのだった。

 もう、30年近くも前の祖父と母親がした心無い仕打ちを、皆は忘れてはいなかった。


 息子の私で償えたのならそれで良い。



 決闘して良かった。

 負けて良かった。


 アンソニー王太子はレティに感謝した。




 そして……

 レティはグランデル王国から一通の書簡が届いた。

 知らない名前だったが。


 読むと元側室の女性(ひと)だと分かった。


『 王太子殿下と決闘をしてくれて、勝ってくれて嬉しく思います。長年の蟠りが消えてスカッと致しました 』




「 だって…… 」

 レティはアルベルトと一緒に手紙を読んでいた。

 書簡は皇室宛に届いた物であったから。


「 まあ、王太子にはムカついたけど……喜んでいる人がいて良かったね 」

 アルベルトは手紙をレティに渡しながら言った。


 何だか寂しそうである。



「 アル……寂しい? 」

「 ちょっとね 」


 兄弟もいないアルベルトは従兄弟達と宮殿で賑やかに過ごす日々が楽しかった。



「 お前がレティと結婚したら、俺達は兄弟だ! 」

 ラウルが唐揚げを摘まみながら言う。


 唐揚げは、マリアンヌとユリベラと学園帰りの寄り道を楽しんで、帰りに『 魔法の唐揚げやさん 』に寄って買って来た物。



「 そうよ! アルにもお兄様が出来るのよ! 」

「 俺をお義理兄様(にいさま)と呼べ! 」

「 ………それは嫌かも…… 」

「 じゃあ、何て呼ぶんだよ? 」

「 ………ラウルはラウルだ! 」


 3人でワチャワチャしてると……

「 殿下、ラウル坊っちゃま。エドガー様とレオナルド様がお見えになりました 」


 今から4人でラウルの店に飲みに行くと言う。



「 行くぞ! 義理弟(おとうと)よ! 」

 ラウルはご機嫌で玄関から出ていった。


「 じゃあね、行ってくるよ 」

「 ちょっと待って 」

 レティがじーっと真ん丸い目でアルベルトの顔を見つめる。


 アルベルトは腰を折り、レティの唇にチュッとキスをした。

「 キスの催促なんて……嬉しいよ 」


 アルベルトは嬉しそうにしたが……

 レティはアルベルトの両頬を両手を添えて、まだじーっと見てくる。


 ただ今、餌付けと刷り込みの最中で。

 私から離れていかない様にと願いながら。

 こんなに愛されていても……

 まだ不安になると言う乙女心があるのが何だか切ない。



「 じゃあ、行ってらっしゃい 」

 レティが手を離してニコッと笑うと、今度はレティの頬にチュッとキスをして、アルベルトはラウルの後を追った。



 ラウルが兄弟か……

 何だか嬉しくなるアルベルトだった。






──────────────



この話で皇女様シリーズは終わりです。

兄妹と従兄弟の話を書きたくて書いてみました。


この後、閑話で書き足りなかった事を何話か更新する予定です。


読んで頂き有り難うございます。



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