第402話 初恋と拗らせ恋
宮殿の大広間の大シャンデリアの下では……
色とりどりのドレスと高価な宝石で着飾った夫人達、デビュントを迎える初々しい令嬢達、黒や紺の夜会服を着た紳士や令息達が穏やかに談笑していた。
「 皇帝陛下、皇后陛下並びに王妃陛下、王太子殿下のご入場です 」
皇帝が姉の王妃を、王太子が皇后をエスコートして現れた。
「 続いて皇太子殿下、ウォリウォール公爵令嬢のご入場です 」
華やかな皇宮舞踏会が始まった。
リズベット王女はまだデビュタント前なので、舞踏会には出席出来無い。
舞踏会は大人の世界なのだから。
それでも他国の舞踏会を見たいと言うので、こんな機会もそうそう無いだろうと、母親のフローリア王妃が少しの時間だけならと参加を認めた経緯があり、リズベットも会場にいた。
皇帝陛下の挨拶が終わると、両陛下のファーストダンス。
大ホールの壁際に皆が下がって2人の仲睦まじいダンスを見ている。
それが終わると……
皇帝陛下とフローリア王妃の姉弟のダンス。
次は……
アルベルトとレティのダンスだ。
18歳になったばかりのレティのドレス姿はそれはそれは美しい。
レティは……
18歳の誕生日にアルベルトからプレゼントされた、あの豪華なネックレスが似合う大人の女性になっていた。
小柄で華奢で童顔なのは変わらないが。
そのネックレスが映える様にと、今までよりも少し大きく開いた胸元。
オレンジ色のドレープのたっぷりなブリオーのドレスは、歩く度に裾がフワリとたおやかに広がる。
アルベルトは金糸の刺繍で縁取られた濃紺の夜会服だが、クラバットはオレンジ色のお揃いコーデだ。
アルベルトのエスコートで中央に。
カーテシーをするとオレンジのドレスがフワリと広がる。
2人を見ている女性達からホウ……っと溜め息が漏れた。
アルベルトはレティの手を取り、細い腰を引き寄せ踊り出した。
「 足は大丈夫? 」
「 うん……控室でいっぱい食べたから 」
試合直後は足が動かなかったが、若いレティには関係ない。
食べたら回復する。
「 綺麗だよ、レティ 」
「 それもう、何回目? 」
クルリとターンをしながらレティはクスクスと笑う。
「 その……ネックレスが良く似合って……ドキドキする 」
そう言うとレティの頭に唇を寄せる。
アルベルトは勇敢に闘ったレティを甘やかせたくて仕方が無い。
レティも……
疲れたからか、今夜はアルベルトに甘えたい。
そんな2人だから……
身体を寄せ合い、見つめ合う姿のなんと甘い事か。
アルベルトは何度も何度もレティの頭に唇を寄せていた。
ダンスが終わるとアルベルトはレティを抱き締めた。
「 足を踏まなかったわよね? 」
「 うん……上手に踊れてたよ 」
やったわ!
ゴンゾーっ!見てるか?
このダンスのステップは習ったばかりのかなり難しいダンス。
アルベルトはレティを抱き締める。
「 ? 」
楽団の演奏家達の演奏が終わっているのに、レティを抱き締めたまま動かない。
あらあらまあまあと夫人達が扇で口元を隠し、キャアキャアと令嬢達が両手を頬に当てる。
「 アル? 」
「 嫌だ……離したくない 」
この後……
レティとアンソニー王太子が踊る事になっている。
これは政治的にも踊る必要がある事。
決闘をした2人が踊る事で、蟠りが無い事を皆に知らしめる為に。
しかし……
これがあの皇子様なのだ。
世界中の誰もが欲する金髪碧眼の美丈夫が……
レティの前ではただのやきもち妬きの20歳の男になる。
レティから睨まれると……
仔犬の様にシュンと耳が垂れ、渋々アンソニーの元に連れて行く。
「 私と踊って頂けますか? 」
アンソニーがニコリと笑って手を差し出すと、レティがアルベルトから手を離して、その手にそっと乗せた。
「 喜んで 」
そのままレティをエスコートしてホールの中央へ。
本日のメインイベントだ。
皆が2人に注目をする。
優雅なカーテシーをして……
踊る曲目はワルツ。
初めて踊るパートナーでも貴族なら誰でも踊れる曲。
「 私は君にムカついていた 」
「 !? 」
まあ! いきなり何なのこの王太子は。
「 だけど……今日君と闘って、それが愛に変わった 」
「 !? 」
あ……い?
何ですの愛って……?
「 ああ、勿論私は妃を愛しているよ。政略結婚だがそれなりに……だけど愛の形は色んな形があるのだよ 」
アンソニーは愛に付いて熱く語り出した。
男が男に惚れる事もあるのだと。
ふむ……
アルやお兄様達の関係がそうよね。
皆が惚れ合っているわ。
4人にはレティが入り込めない絆がある。
「 分かりますわ 」
「 分かってくれるか? 」
レティとアンソニーは意気投合した。
仲良く話ながら踊る2人の姿に皆の顔は緩んだ。
この素敵な2人が決闘をしたなんて……
凄い物を見させて貰ったと。
「 アルベルトお従兄妹様! 」
レティとアンソニーが連れだってホールの中央に行く姿を、悲しげに見つめているアルベルトの腕にリズベットが飛び付いて来た。
「 うわっ!? リズ? 」
「 お従兄妹様……ドレスを有り難う 」
「 ああ、可愛いね。良く似合っている。そのドレスはね、私の婚約者のお店のドレスなんだよ 」
「 公爵令嬢なのにお店を経営してるの? 」
「 そうだよ。自分で店を出したんだよ。凄いだろ?」
今生では自分だけで店を出したのだから。
ドレスから目を放すと直ぐにアルベルトの目はレティを追う。
お店を経営していて……
薬師で、医師。
何もかもが凄過ぎる。
だけど……
そんな物が無くても王妃や皇后になれるわ。
お母様や叔母様の様に。
それに……
あのネックレスはわたくしへのプレゼントでは無かったの?
「 お従兄妹様! あの素敵なネックレスは? 宝石店で買った時の物? 」
「 そうだよ。数日前の彼女の誕生日プレゼントに私が贈ったものだよ 」
自分へのプレゼントだと思っていたのに。
「 リズもお兄様の瞳の色の宝石が欲しい 」
「 私の瞳の色の宝石は、愛する女性(ひと) にしか贈らない 」
アルベルトはリズベットの目を見て丁寧に伝えた。
自分が誰を愛しているのかを。
14歳の幼い従兄妹に優しく伝わると良いのだが。
王太子殿下と公爵令嬢のダンスが終わった。
周りから拍手が起こる。
アンソニーはレティをエスコートしたまま、両陛下とフローリア王妃の元へ。
アンソニーは腰を折ったお辞儀をし、レティはその横でカーテシーをした。
拍手は一層大きくなり、闘った2人を称えた。
レティをエスコートして戻って来たアンソニーが、アルベルトにレティを返しに来た。
「 婚約者をお返しするよ 」
アルベルトはニコリと笑ってレティの手を引き寄せて、2人はそのまま手を繋いで歩いて行った。
エスコートでは無い……
指を絡ませた恋人繋ぎをして。
壁際のテーブルにレティを座らせると、スタッフを呼んで飲み物を持って来させた。
そのグラスを彼女の手から取り上げて、自分で飲ませてあげて……
彼女がゴホゴホと噎せると、慌ててハンカチを彼女の口元に持って行って優しく拭いて上げて。
おどけた顔をして彼女の頬っぺをつついたり。
両手を胸の前に上げて降参ポーズをしたり……
彼女の機嫌を取る様に顔を覗き込み、彼女の目を甘く見つめながらその手にキスをする。
「 あんなの………あんなの皇子様じゃ無いわ! 」
2人の姿はどうみても愛し合う恋人同士。
寧ろバカップル。
これ以上凝視出来無くて視線を外せば……
曲に合わせて楽しそうに踊るシルフィードのデビュタントの令嬢達がいた。
わたくしは……
この幼く見える令嬢達よりもまだ2歳も若い。
リズベットは自分の幼さを痛感した。
皇子様は幼い従兄妹の相手をしてくれていただけなのだと。
涙がポロポロと溢れる。
子供の時間は終わりだと、丁度迎えに来た侍女と護衛騎士達を見ると、わんわんと泣き出した。
「 王女様!? 」
リズベットは泣きながら大広間を後にした。
何時も言うことを聞いてくれて、優しく微笑んでくれた素敵な皇子様の顔は何処にも無かった。
見た事の無い甘い甘い顔は……
あの女性(ひと)にだけ向けられる顔。
14歳のリズベットの淡い初恋は終わった。
***
レティがお手洗いに行ってる間……
宮殿の庭園の庭のベンチにアルベルトは座って待っていた。
カッコいい。
ランタンの灯りに照らされて……
金髪の前髪が少し風に揺れている。
長いまつ毛、形の良い高い鼻と唇。
少し俯いた横顔が息を呑む程に美しい。
長い足を組んで……
横から見た姿もパーフェクト。
レティは姿絵にしたいと思った。
横顔はまだ姿絵には無い。
皇子様ファンクラブ名誉会員ナンバー5番として、宮廷絵師にリクエストしたいと。
今度皆で要望書を出しに行こう!
木の影に隠れてこっそりアルベルトを見ていたら……
邪悪なオーラを感じた。
これはリズベットの様な子供では無く、同じ学園生でも無い大人の邪悪な視線。
皇子様を狙ういやらしく邪悪な視線だ。
危険!危険!皇子様が危険!
レティの皇子様を守る騎士の心得センサーが反応した。
出てきた人影をピシーーンと扇子で叩いた。
「 痛!! 」
叩いた人影はアンソニー王太子。
腕を押さえている。
また2人は、決闘をした時の様に対峙した。
「 レティ!? 」
アルベルトは慌てて駆け寄り2人の間に割って入り、レティを抱き寄せた。
「 あっ!? 王太子殿下……申し訳ありません…… 」
レティはアンソニーに頭を下げる。
「 いや……急に出てきた私が悪い 」
「 王太子殿下とは知らずに失礼しました 」
「 やっぱり君は騎士なんだな 」
アンソニーは笑いながらレティの手を取った。
アルベルトがアンソニーからレティの手を取り上げて、アンソニーを睨み付ける。
「 私の婚約者に気安く触らないで貰いたい! 」
アンソニーは少し固まった。
耳が赤くなったのをレティは見た。
「 ? 」
「 アンソニー殿? 」
「 あっ!……いや、では私は失礼する 」
アンソニーはテラスを通ってフラフラしながら大広間に向かって歩いて行った。
何だかふらついている。
お酒に酔ったのかしら?
「 王太子殿下は1人で何をしていたのかしら? 」
「 さぁ? 酔いを冷ましていたんじゃないの? 」
アルベルトはレティの手を消毒だと言ってチュッチュッとしている。
可笑しいわね?
あの邪悪なオーラは誰だったのかしら?
レティは誰かいないかと辺りを探した。
誰もいないわ。
気のせいだったのかな?
「 レティ、もう一度踊る? 足は大丈夫? 」
「 うん。踊る。踊りたい! 」
レティはダンスを踊るのが好きになっていた。
ゴンゾーからちゃんと習ってからは余計に楽しくて。
アルベルトとレティも大広間に向かった。
大広間に面しているテラスを出れば宮殿の庭園がある。
アルベルトの座っていたベンチはテラスから見える場所にあった。
アンソニーはアルベルトが1人でベンチに座っているのを見掛けてやって来た。
勿論、政策の話をする為に。
だけど……
後はレティと同じで。
ランタンに照らされた横顔があまりにも美しくて、木の影から見とれていたのだ。
私は……
アルベルト殿に何をしようとしたのか?
美しかった。
あの横顔……
見つめていたら……
彼を抱き締めたくなった。
あの逞しい胸に抱き締められたくなった。
助かった。
公爵令嬢がいなければ……
いったい全体私はどうしたと言うのだ?
アンソニーは大広間に戻りながら独り語ちた。
「 嫉妬した顔も美しかった 」
妹は初恋を諦めたが……
兄は拗らせていた。
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