第401話 決闘と決着

 



 いよいよ決闘が始まった。



 グランデル王国の王太子殿下とシルフィード帝国の公爵令嬢の前代未聞の決闘である。


 間合いを取ってお互いの視線が合わさる。



 審判のカルロスは小細工をせずに本気で闘えと言ったが……

 何時でも雷を落とせる体制に入っている奴がいる。


 当たり前だ!

 俺のレティに……

 あの小さな柔な身体に……

 一太刀でも浴びせようものなら容赦なく雷を落とす!




 大歓声の中、ジリジリと2人の距離が近付いて行く。

 レティは、後に横にと一定の距離を取ろうとするが……

 最初に踏み、頭上から木剣を振るったのはアンソニー。


 レティは透かさず後に飛び、素早い動きで難なくかわした。


 会場から歓声が上がる。


 平民達もが皇宮の広場に入って来ているが、2人の決闘が見え無い場所にいるので、固唾を呑んで状況に聞き耳を立てている。




「 王太子が振るった木剣を公爵令嬢が後に飛んでかわしたぞ! 」

「 すげえ瞬発力だ! 」


 伝達ゲームの様にして入ってくる情報に、皆は歓声を上げるが……

 直ぐに会場から上がる歓声が気になって仕方無い。



「 今度は、王太子が足を狙って木剣を横に振るったら……公爵令嬢は真上に飛び上がってかわしたって! 」

「 王太子ーーっ!! 男の癖に小賢しいことをするなーっ! 」


 普段は絶対に言えない不敬な言葉を、堂々と口にする事が出来るのもこんなイベントならではである。



 わーーーーっっ!!


 わーーーーっ!!!


 わーーーーっっ!!


 情報がずれて伝わって来る事で、歓声もずれて起こる現象が続いている。

 それは皇宮橋や皇都広場にまで、この決闘の成り行きをリアルタイムで体感しようとする人々が詰め掛けているからで。




 やっぱり……

 ウィリアム王子よりは強い。


 レティはローランド国から留学していたウィリアム王子とも打ち合いをしたが……

 ウィリアムはまだ子供の剣だったと改めて思った。

 あの時は……

 負けてあげたけど。


 アンソニー王太子は大人の剣。

 ズルい角度で木剣を振るうのだから。



 近付いた瞬間に木剣を振り下ろす。

 すかさず木剣を水平にして

 カンと弾き、瞬時に横っ飛びをした。


「 つっ…… 」

 大人の男が本気で振ってくる剣は強くて重い。


 アルやグレイ班長はやはり手加減をしてくれていたのね。

 エドガーも……




 アンソニーは距離を詰め様とするが、距離を開けたいレティは攻撃をかわしながらの防戦一方だ。


 接近戦は、小さく力の無いレティには分が悪い。

 出来るだけ間合いを取って、踏み込んで来るアンソニーを動かして疲れさせなければならない。



 この女……

 この動きはまるで騎士じゃないか……

 何故だ?


 自分の攻撃をかわされ続けて焦るアンソニーは、レティを嘗めていた事を後悔する。

 もっと真剣に訓練をするべきだったと。


 レティが訓練場に来て、騎士達と打ち合いをしている事を知っていたのに偵察すらしなかったのだ。


『 戦いは先ずは敵を知る事から始まる 』

 それは戦う者の鉄則。




 ジリジリと詰め寄って来るアンソニーは、頭上に振り上げた木剣をレティに向かって打ち付けると、それをレティが木剣に当てる。

 ……と、直ぐに横から一刀を入れるがまたもやレティの木剣がアンソニーの木剣を弾く。


 何度もカンカンと木剣が打ち合う音が鳴る。


 その時……

 アンソニーはレティの木剣と合わせたままに間合いを詰めて、レティを木剣で突き飛ばした。


 レティは尻餅を付くと、そこにアンソニーが飛び掛かって木剣を振るう。

 ニヤリと笑いながら。



 レティは片手で木剣を持ち、アンソニーの振るった木剣をカンと払い、素早く横に転がった。

 その時にアンソニーに足を引っ掻けると、アンソニーは両手を地面について四つん這いになった。


 直ぐ様起き上がり両手で木剣を構えるレティ。



 一連の白熱した素早き動きに、わーーっっと盛り上がり、拍手まで起こった。


 両陛下もフローリア王妃も手を叩いて喜んでいる。

 リズベットでさえも、手を叩いてレティを応援していた。



 もはや100対0。


 小さな少女が大人の男と闘っているのだ。

 誰もがこの少女を応援するのは当然の事。



 はぁはぁはぁ……

 逃げ回って……

 しぶとい女だ。


 しかし………

 攻撃をして来ないのは何故だ?

 私の動きが早いから防戦になるのは仕方無いが……

 この女も相当疲れている筈だ。


 アンソニーは、はぁはぁと肩で息をしていた。



 もうかれこれ30分近くも闘っていた。

 レティは、長引かせてアンソニーを疲れさせろと言うアルベルトの作戦を忠実に実行していた。


 拮抗した闘いは体力も気力も消耗する。

 既に疲れがピークに来ているアンソニーだが、レティも相当疲れていた。


 それに……

 アンソニーの重く強い攻撃を受けて続けて来たから、手が痺れていた。

 体力よりも手の痺れの方が問題だ。



 その時……

 ふとアルベルトを見た。


『 よし! 行け! 』

 ……と、目で合図された様な気がした。


 レティはコクンと頷く。


「 よし! 行くぞ! 」

 気合いを入れ直してアンソニーに向かって駆け出した。



 今までかわすばかりだったレティが攻撃を開始した。

 木剣をアンソニーに向かって振り被って、右、左にと連打する。


 何だ!? いきなり。

 もしかして……

 私が疲れるのを待っていたのか!?


「 !? ………っ!! 」

 アンソニーはレティの早い動きに木剣を合わすのが精一杯。



 レティの反撃に会場のボルテージは上がって行く。

「 良いぞーーーっっ!! 」

「 行けーーーーっっ!! 」

「 ドロップキックを食らわせろーーっ!! 」(←すっかり有名)


 カンカンカン。

 激しい木剣の連打の音が大歓声の中、鳴り響く。




 皇宮から物凄い歓声が湧き上がった。


「 どうなった? 」

「 まだ決着は着かないのか!? 」

「 もう、かなり長い時間を闘ってるぞ! 」


 皇宮の周りを取り囲んで、事の成り行きが気になって仕方無い平民達が宮殿を見つめる。



「 公爵令嬢が反撃を開始したらしい! 」

「 よーし!!! 良いぞーーっ! 」


「 凄いスピードで、王太子は防戦一方だってサ!!!」

「 行けるぞ!! 頑張れ!公爵令嬢!!」


 人で溢れ返る皇宮橋や皇都広場では、男も女も老人や子供達までもが腕を高く上げて、行けーっ!!っと宮殿に向かって腕を高く上げていた。




 レティの素早い動きに付いて行けなくなったアンソニーは、レティの一刀を木剣で受けた時に後によろめいた。


 すかさずレティはアンソニーの横っ腹に木剣を叩き込み、続いてその剣先をアンソニーの喉に突き付けてピタリと止めた。


 ニヤリと笑うレティの美しい顔……


 真剣での決闘ならば……

 胴体を切られ、首を剣で突かれれば死に至る。



「 勝負あった!!! 勝者、ウォリウォール!! 」

 カルロスが片手を上げた。



 うわ―――――っっ!!!


 その瞬間に会場が爆発した。

 もの凄い歓声だ。



「 参りました 」

「 お手合わせを有り難うございました 」

 腹を押さえてヨロヨロと立ち上がったアンソニーと握手をする。


「 良い闘いだった! 感動した。真剣勝負は勝った方も負けた方も美しい。お前達よくやったぞ 」

 アンソニーに向かって、清々しい良い顔をしていると言いながら、カルロスがアンソニーとレティに手を差し伸べて握手をした。


 レティはそのままヘナヘナとしゃがみ込み、アンソニーも膝をついた。

 2人共、もう限界だった。



「 勝ったぞーーっ!! 」

「 公爵令嬢が王太子に勝利したぞーーっ! 」

「 我がシルフィードの勝利だ! 」


 皆はお祭り騒ぎだ。




「 ウォリウォール公爵令嬢……その……無礼な事を言ってすまなかった 」

「 もう、決着したから問題無しです 」

 腹を押さえながらアンソニーが頭を下げ、レティは汗を腕で拭いながらニッコリと笑った。



 死闘は1時間近くも続いたのだ。

 闘い終えた2人はもはや同志。


 アンソニーがレティをハグしようと両手を広げて歩いて来る。

 レティも健闘を称え合いたくて両手を広げようとした。

 もう、立ち上がる事も出来なくて座ったままだったが。



「 キャア!? 」

 いきなり身体が宙に浮く。


 アルベルトがレティを抱き上げたのだ。

 キャアーっ!!と、黄色い歓声が上がる。



 レティを片腕で抱き、アンソニーを睨み付ける。

 触るなと。

 例えジジイでも触らせない。

 自分の事は棚に上げて。



「 彼女に怪我させずに闘ってくれた事に礼を言う 」


 これは女性に負けたアンソニーへの最大の気遣いだとレティもアンソニーも思った。


 アンソニーは本気で闘ってレティに負けた。

 ただ、レティの並々ならぬ運動神経で回避出来ただけで。

 レティの手や足には青アザを作っていたのだから。


 勝って偉そうにしたい訳じゃない。

 女性に負けた不名誉なアンソニーを気遣ってくれた優しいアルベルトに、胸がいっぱいになった。




「 大丈夫? 怪我は無い? 」

「 うん……だけど……もうボロボロ…… 」

 足はもはや立てなくなっていて、手も痺れて麻痺していた。

 

「 格好良かったよ 」

 へへへと、アルベルトの首に両手を回して、甘える様に彼の頬に額を寄せた。

 ……が、痛い。

 アルベルトの逞しい胸にジャラジャラと付いている勲章が邪魔だった。



 3人は両陛下とフローリア王妃の前に行き、頭を下げて挨拶をする。


 すると……

 皇帝陛下が立ち上がり片手を上げた。

 これだけ大騒ぎの場内が一瞬にして静まり返った。



「 アンソニー王太子とリティエラ公爵令嬢から素晴らしい剣技を見せて貰った事に礼を言う。皆も2人の健闘を称えて、全てを不問に致せ! 」


 会場の皆が割れんばかりの拍手を送り、2人の健闘を称えた。



「 シルフィード帝国万歳! 」

「 グランデル王国万歳! 」


 皇都中で両国を賛美する声が何時までも木霊した。




 ***




 この軍事式典での決闘が帝国民を1つにした。

 公爵令嬢は最強だと称え、そんな令嬢が皇太子妃になり、皇后になるのだと思うと、皆は心が踊った。


 彼女が先の大火でいち早く火事場に駆け付け、医師として平民達の命を救った事はもう聞き及んでいる事で。


 誰もが想像しない事をやってのけ、誰もがシルフィードの未来に希望を見出だしたのであった。


 何より……

 皇太子殿下がこんなにも彼女を寵愛しているでは無いか。

 ずっと彼女を抱き上げたままチュッチュッとやっているのだから。




 民衆は皇族のゴシップが大好物。

 だけど本音は……

 皇族だけは夫婦仲良くあって欲しいと願う。


 側室のいた時代の、聞こえてくるドロドロした話もそれはそれで楽しいが。

 今の両陛下みたいに仲睦まじい姿を見て、ホッコリする事が幸せなのだと。



 こうして……

 皇子様の不名誉なロリコン説は無くなり、公爵令嬢不要論も民衆の話題から消えたのだった。


 暫くは公爵令嬢の武勇伝が語られる事だろう。





 皇宮では……

 この夜行われる舞踏会の準備に追われていた。








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