第399話 女性騎士レティ誕生
決闘は、軍事式典の後のデモンストレーションで行われる事になった。
そう……
名目は決闘だが、あくまでも余興の1つとして。
まさか、他国の王太子と皇太子の婚約者を本気で戦わせる訳にはいかない。
騎士では無い事から木剣での試合に決まった。
剣で戦いたいとレティはゴネたが……
それはアルベルトが却下した。
当たり前だ。
真剣でレティを戦わせる事なんか出来る筈がない。
怪我所じゃ済まない。
帝国民の応援も凄いものだが……
学園での応援も凄かった。
壮行会が開かれて熱狂的に応援され、学園歌や帝国歌を皆で歌い大いに盛り上がった。
廊下で会う生徒達皆が、頑張れ! ……と、レティに熱い熱い視線を向けて来るのには参ったが。
レティは高貴な令嬢であるから、下位の者からは声を掛ける事は出来ないので、その点は煩わしさは無かった。
レティの剣の稽古は、騎士クラブではケインが、時間があればエドガーが公爵邸にやって来て相手をしてくれた。
因みにラウルはレティより弱かった。
レティの代わりに出る事はアルベルトにより却下されたが……
ちょとホッとした事は公爵家の嫡男としては内緒だ。
軍師は正面切って戦わないのだと言い訳をして。
「 レティ……代わりに俺が出ようか? 」
ウォリウォールを侮辱する事は、我がドゥルグを侮辱したのも同然だとエドガーも怒りを露にした。
ましてやグレイと出来てると言ったとは許せない。
騎士として主君の婚約者と関係があるだなんて……
よくもドゥルグの名に泥を塗ってくれたなと鼻息が荒い。
そんなエドガーだからレティへの稽古も熱が入る。
2人は騎士クラブの先輩と後輩だ。
騎士クラブではエドガーとレティは手合わせをした事は無かった。
ん?
レティの剣はグレイの剣と似ている。
グレイと何度も手合わせをした事のあるエドガーも気が付いた。
まるでグレイと戦っている様だと。
何故だ?
騎士クラブでは弓矢だけでは無く……
剣術も教えているのか?
***
そしてこの日は……
レティは騎士団の訓練場でグレイの稽古を受けている。
「 殿下、リティエラ様の代わりに私が決闘をします 」
グレイはアルベルトの執務室に出向き、あの時自分も侮辱されたのだから、自分が先に手袋を投げ付けるべきだったと言う。
アンソニー王太子は、レティとグレイが恋人同士の関係だと侮辱した。
騎士として……
主君の婚約者と関係があると言われた事は最大の侮辱である。
しかし……
言った相手は他国の王太子。
グレイは耐えた。
だけど王太子は、あろう事かレティを侮辱した。
自分が一早く手袋を投げていれば……
レティが侮辱される事は無かったのだと。
あんな泣きそうな顔をさせてしまったと、グレイは悔やんでいるのだ。
そして……
まさかまさかのレティの手袋投げ。
普通の令嬢はこんな事をしないし、出来ない。
あんな屈辱を受けた時は泣き崩れる事しか出来ないのだから。
「 考えがあるから当事者同士を決闘させる 」
アルベルトにそう言われては、自分が代わりに決闘する事は諦めるしかなかった。
ならば……
……と、レティに稽古を付けているのだ。
グレイは皇宮騎士団での最高の剣の使い手である。
昨年の武道大会では、特別騎士団のエースを破り優勝した強者である。
今年からは騎乗弓兵部隊の隊長に任命された。
軍事式典では……
ドラゴン討伐の功労者として、また、準皇族であるレティを炎の魔力使いから守ったとして、皇帝陛下から勲章が授与される事になっている。
「 遅い! もっと踏み込みを早く! 」
「 はい! 」
「 君は身の軽さを利用して速さで勝負をするんだ! 」
「 はい! 」
これぞ師弟関係である。
レティの3度目の人生では、彼女の剣と弓矢の師匠だったグレイ。
何度も何度も打ち合いをして……
彼の剣を習得したのである。
1年にも満たない短い期間であったが、生き急いでいたレティにとっては、グレイやロンやケチャップ……
9人の弓騎兵達と過ごした騎士時代は、何とも楽しい充実した日々だった。
既に2度もループを繰り返していたレティは、薄々感じていた。
また……
20歳で死んでしまう事になってしまうのではと。
朝練に訓練場にやって来る皇太子殿下を、毎日遠くから見ることが出来るのも騎士団にいるから。
1度目と2度目の人生では、学園を卒業した皇太子殿下を見る機会は殆んど無かった。
しかし……
見れば見る程に募る恋心。
1度目と2度目には芽生えなかった強い想い。
騎士時代には皇太子殿下はイニエスタ王女と婚約をしていた。
そんなどうしようも無い想いを抱えての……
あの4度目の入学式だったのだ。
休憩タイムにロン達が言う。
「 リティエラ様は班長と良く似た剣術ですね? 」
「 ずっと憧れていましたから 」
「 えっ!? ずっと? 」
何を言ってるんですか~っと、皆で笑い合う。
その話を聞いていたグレイの胸が高鳴った。
そして……
彼は苦しんでいた。
『 彼は格好良い騎士だし……お似合いだと思うよ 』
アンソニーが言った一言が……
嬉しかったのだ。
だけど……
一瞬でもそうなれば良いと思った事に自省を促した。
彼女は主君の大切な人なのだと。
彼女と打ち合いをするのが楽しい。
視線を合わす彼女との間合いに胸が高鳴る。
こんなに彼女と視線を合わせる事なんか普通は出来ないのだから。
打ち込んでくる時の真剣な瞳。
かわされた時の悔しそうな顔……
何をとっても美しい。
このまま時が止まれば良いのにと。
「 殿下のお越しです 」
皆が姿勢を正し敬礼をする。
レティもケチャップの横に並んで敬礼をしている。
真面目な顔をして。
小さな騎士がここにいる。
駄目だ……
可愛過ぎて死にそうだ。
「 次は俺が相手をする 」
「 アルは嫌よ! グレイ班長が良い! 」
「 嫌!? 」
アルベルトは固まった。
今、嫌って言ったか?
俺に嫌って言ったのか?
グレイは心の中でガッツポーズをした。
殿下よりも俺が良いと言われた。
騎士達は……
殿下、嫌がられてますよと、何だかほくそ笑んでしまう。
レティは皆のアイドルだ。
騎士達は、レティが着ている乗馬服姿が可愛らしくて鼻の下を伸ばしている。
騎士服を着せたい。
いや、着て欲しい。
彼女が着れば可愛いんだろうなぁとまた鼻の下を伸ばす。
「 な……何で嫌なんだ? 」
「 殿下だから 」
「 ……意味が分からない 」
だって……
緊張するんだもの。
レティにとって訓練場で見るアルベルトは、切ない想いを抱えていた頃を思い出す。
遠くから見る事しか出来なかった皇子(ひと)なのだから。
「 良いから、早く来い! 」
この美丈夫皇子様は女性に『嫌』を言われたのは初めてで、心なしか傷付いている。
それに……
グレイが良いなんて……
いくら師弟関係でもムカつく。
「 お願いします 」
「 本気で掛かって来なさい 」
レティは渋々アルベルトの相手をする。
いや……
皇太子殿下と手合わせをするなんて事は、騎士として光栄な事なんだが。
視線を合わせ間合いを取る瞬間。
足の動き、打ち込む角度……
どれだけ2人で練習をすれば、こんなにグレイの動きが身に付くんだろう。
レティの剣はグレイそのもの。
何人かに教われば、色んな癖が合わさって来る筈だが、彼女にはそれが無い。
真っ白な彼女に……
剣を教えたのはグレイだけなのだ。
押さえきれない嫉妬の炎が灯る。
ループして1からやり直しているんじゃ無い。
レティの人生はずっと彼女の記憶として続いているのだから。
アルベルトとレティの手合わせも、見る者を魅了する。
想い合う2人が打ち合うと言う事が……
こんなにも心が込もったものになるのかと。
怪我をさせない様に……
レティの動きをしっかりと見て剣を振るうので、アルベルトもまた相手を見据える訓練にもなる。
カンカンカンと木剣の合わさった音が鳴り響く。
以前打ち合いをした時は攻撃を全てかわされて、アルベルトの木剣にさえ当てる事が出来なかったと言うのに。
アルベルトが嬉しそうに笑った。
「 参りました 」
アルはやっぱり強い。
グレイ班長とは互角だと言っていた。
2人の対戦も見てみたいわ。
「 レティ、随分と強くなったね 」
「 本当に? 」
レティは嬉しそうな顔をした。
『強くなった』は、彼女への最高の褒め言葉だ。
今日はレティの18歳の誕生日。
皆に言うと……
おめでとうと言われて嬉しそうなレティ。
君の3度目の人生の時の20歳の誕生日は……
こんな風に彼等に祝って貰ったのだろうか?
剣や弓矢を使える事。
騎士としての所作、訓練場での道具の後片付け。
整列した時に……
当たり前の様にケチャップの横に並んだ事。
騎士団の何時もの風景に自然と溶け込む彼女を見て思う。
確かにレティはここにいたのだと……
本当に……
騎士だったんだなあ。
騎士としての人生を生きていたのだと。
アルベルトは改めて思うのであった。
そして……
アルベルトは特別にレティに騎士服を渡した。
ここに女性騎士レティが誕生した。
そして……
決闘の日がやって来る。
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