第398話 皇太子VS王太子

 



「 皇太子殿下の婚約者がグランデルの王太子と決闘をするんだってよ 」


「 何でも、王太子が公爵令嬢に妾になれと言ったらしいぞ! 」


「 何だと!? 我が国の最高位の令嬢に妾になれと言ったのか!? バカにするのも甚だしいぞ! 」


「 これは公爵令嬢を応援せずにはいられない。勝ってくれ! シルフィードの威信に掛けて! 」



 グランデル王国の王太子と公爵令嬢の決闘は瞬く間に帝国全土に広がり、レティは帝国代表として応援されている。




 シルフィード帝国には司法は無い。

 領地の揉め事や各々の犯罪は領主に訴える事で、各々の領主が解決をしていた。

 その解決方法はまちまちであるが。


 皇都の揉め事に関しては、平民の揉め事は自警団が担当をするが、貴族の揉め事は宰相の担当である。

 ルーカスが忙しいのも、恨みを持たれる事も致し方の無い事であった。



 決闘は、剣の使用を許されている騎士同士のみに許可されており、決闘の有無は皇帝陛下が直々に判断する事になる。

 決闘をする本人達が騎士で無いでならば、代理で騎士に戦わせる事も出来た。





 ***




 アルベルトは皇帝にレティの書いた決闘状を持って行った。


 自分がレティの代わりに決闘をしようかとも考えたが……

 皇太子と王太子が決闘するとなると、両国間にヒビが入る事は必須。

 自分達の御代には戦争に発展する火種にもなりかねない。



 ならば……

 レティと王太子の当事者同士の決闘が1番だと考えた。


 ただ……

 アンソニーが逃げる可能性があったので、皇帝に許しを貰い、先立って大々的に帝国民にアンソニーとレティの決闘の発表したのである。


 帝国民の盛り上がりは予想以上に凄かった。

 


 意図があるのか無いのかは知らないが……

 公爵令嬢を陥れる本や世論……

 自分の迂闊な行動のせいで公爵令嬢不要論まで出させてしまった事を、一掃するチャンスを利用しない手は無い。



「 皇太子の思うままにやってみるがいい 」

 皇帝は始終ニヤニヤとした顔をしていた。


 くそ~

 父上は……

 あれは絶対に面白がっている。





 ***




「 全く……叔父上は一体何を考えているのか!? 」


 アンソニーが部屋でうろうろと忙しなく動き回り、色んな物を投げ付けたり蹴りあげたりしてイライラしていた。



 アンソニーは本気にはしていなかった。

 ウォリウォール兄妹の決闘宣言を。


 公爵兄妹は騎士では無いし、代理を立てて来たら自分も代理を立てれば良いと思っていた。


 まさか……

 あの公爵令嬢と直接決闘をする羽目になるとは。



 この決闘は……

 勝っても負けてもアンソニーには全く利が無い。


 レティは騎士では無いが学園では騎士クラブ所属をしている。

 この、中途半端な立ち位置が余計にアンソニーの立場を危うくする。


 剣も握らない令嬢ならば……

 いきなり跪き……「 参りました 」と言えば済むだろう。


 しかし……

 彼女は騎士クラブに所属し剣を嗜む令嬢。

 真剣に打ち合う必要が出てくる。


 勝てば、相手は女性なのに男らしくないと呆れられ、負ければ、女に負けたのかと馬鹿にされる事になるのは間違い無い。

 グランデル国民には知られたく無い事だ。



 確かに……

 妾になれと言った事が辛辣過ぎた事は反省する。


 だけど……

 妹のリズベットをシルフィードに嫁がせたいと思えば……

 側室制度の無いシルフィードではどう言えば良いと言うのか?


「王族や皇族ならば……政略結婚は当たり前な事だろ? 」



 ましてや王女が相手国の皇子を好いているのは希な事。

 兄として妹の想いを叶えてあげたいと思うのは、そんなにいけない事では無い筈。


 妹を思う兄の気持ちは、アンソニーもラウルも同じなのだ。



 アルベルトも皇子だ。

 国の為に政略結婚をする必要性は分かっているので、アンソニーの考えも理解出来る。


 だけど……

 それをレティに言うのはお門違いだ。


 アルベルトとアンソニーはそんな話さえした事は無い。

 何度も会談をし、2人で酒を酌み交わしたりもしたと言うのに。



 アルベルトはサロンにアンソニーを呼び出した。


 皇太子と王太子。

 アンソニーの方が歳上の従兄弟であろうとも身分はアルベルトの方が上。

 用意された席の上座はアルベルトだ。



「 待たせたな 」

 長い足でサロンにカツカツと靴音を鳴らせて入ってくる。


 挨拶を終えテーブルに付くとお茶が運ばれてくる。

 シルフィードの名産であるお茶だ。



「 アルベルト殿、単刀直入に言う。この決闘をする茶番劇に両国の間にどんな利益があると言うのか? 」

「 私は愛しい婚約者の望み通りにしているだけなのだが? 」


 アルベルトのアンソニーを見る目が怒りを露にしている。

 何時もは優しい皇子の顔だが……

 彫刻の様な綺麗な顔だから余計に美しく感じてしまう。

 男でも見惚れてしまう程に。



「 いや……貴殿の婚約者を侮辱するつもりは無かったのだ 」

 アンソニーは飲みかけていた紅茶のカップをソーサーに置き、アルベルトに頭を下げた。


「 それは私にでは無く、彼女にする事だろ? 」

 アルベルトもカップをソーサーに置き、アーサーを見据える。


「 そもそもアンソニー殿と私の間で、そんな話をした事なんて1度も無いでは無いか? 何故いきなり私の婚約者に妾になれなどと言ったのか? 」


「 それは……彼女に言うべきでは無かったと反省している。機会があれば彼女に謝罪をする。そして改めてアルベルト殿に問いたい 」


 アーサーはコホンと咳を1つした。


「 我がグランデルの第2王女リズベットとの婚姻を考えてはくれないだろうか? 」

 勿論、後に国王から正式に申し込みがあるだろうが。

 ……と、アーサーは言った。



「 私は婚約者を愛している。側室制度も廃止したのも彼女を想っての事だ。こんな嫌な思いをさせたく無くて廃止した事を理解して欲しい 」


「 だけど……アルベルト殿も皇子なら、好きな女との婚姻よりもリズと婚姻をする事の重要さを分かっていると思っていたが? 」


 ああ……

 この男は何も分かってはいない。

 王族以外は全部同じだと思っているのだろう。

 だから……

 高位貴族であるレティに妾になれなんて言えるのだ。



「 確かに……私の好いた女性が下位貴族や平民ならばそうしなければならないだろう。私も帝王学を幼い頃から学んで来た皇子だ。好きや嫌いで結婚相手を選ぶべきでは無い事は十二分に理解している 」


「 ならば…… 」

「 ただ……私の愛する女性は公爵令嬢だ 」



 公爵令嬢はどの国でも最高位の貴族。

 身分、教養、マナー、振る舞い……その全てが完璧な女性なのだとレティを想い、目を細めながらアルベルトは言う。


「 私と共に進む妃は彼女だけ。彼女とならば今よりももっと発展した国にする自信がある! 彼女は私にとっては必要な妃。なくてはならない唯一無二の存在なんだ 」


 その言葉にアンソニーは考えた。

 王太子妃である自分の妃をそんな風に思った事は無い事を。


 第1子は王女だった。

 次の子も王女ならば、私は家臣から側妃を持つことを進言されるだろう。


 そう……

 正妃でも王子を産む事だけを要求される存在。

 アンソニーは胸がズキリと痛んだ。




「 あっ! それから……彼女は強いよ。アンソニー殿は本気で彼女と対戦してくれ! 」


 その美しい顔でニヤリと悪そうな顔をする。




 やっぱり……

 もはやどうやっても決闘は覆せない。

 私への罰は帝国民達からのざまあなのかと。



 アンソニーは皇宮特別騎士団の訓練場を借りて、グランデルの騎士達と剣の訓練を始めた。


 勿論王子だから剣の訓練はして来たので、学園の騎士クラブの部員ごときには負けない自信はある。

 ましてや相手は女性なのだから。



「 私は勝った方が良いのか? それとも負けた方が良いのか? 」

「 殿下……相手は女性です。最後の一太刀で勝つ寸前の時に、参ったと言えばよろしいのでは? 」

「 成る程……それが得策だな 」


 アンソニーの横にいるのは彼の側近。


「 しかし……全く……何て事をしてくれたのですか? 」

「 もう、何度も聞いた! 分かってるからこれ以上は言うな! 」


 遊びに行くだけだからと、何時も側にいるアンソニーの側近があの時はいなかった。


「 あの、アグラス補佐官(←クラウド)が会う度にニヤニヤして来るのが実に腹立たしい 」

 おバカな主君だと苦労をするねと言われているみたいで。



「 王妃陛下の母国でも、殿下の母国では無いのですからね。 何で他国の皇太子の婚約者を侮辱したのか私は理解しかねます 」


 王妃陛下も何も仰って無いのに…

 リズベット王女様の事は両陛下がいるでしょ?

 何で殿下がしゃしゃり出る必要が?

 ……と、何処の側近も口煩い。


「 母上は何か言っておられたか? 」

「 面白がられておりますよ。ご姉弟揃って楽しげに…… 」


 アンソニーはあれ以来母親から逃げ回っていた。



 勿論政略結婚と言う国の未来を考えた事であるが。

 アルベルト殿に接しているうちに……

 私は彼を欲しくなったのだ。



 アンソニーは……

 アルベルトがレティに接する所を見て……

 あの甘い顔を見て……

 少しレティに嫉妬をした。


 男が男に惚れたと言うか……


 彼に嫁げば……

 妹が幸せになると思ったのだった。

 そう……妹の為。


 だけど……

 政策の話をする時のあの頭の良さ……

 理路整然と話す声。

 アイスブルーの綺麗な瞳。

 あの瞳に見つめられて……

 ゾクゾクした。


 いや……

 決してBLでは無い。

 決して……










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