第397話 王太子VS公爵兄妹

 



 4人のグランデルの騎士から剣を向けられたレティの前に、剣を抜いたグレイが庇うように立った。



「 グレイ班長…… 」


 その大きな背中を見て思い出す。

 レティに暴力を振るおうとしたあの男を半殺しの目に合わせた時を。


 あの時も……

 こんな風に私の前に立ってくれたっけ。



「 貴様ーっ! 王族に刃を向けて許されると思っているのか!? 」

「 彼女は皇太子殿下の婚約者だ! 準皇族を守る事が私の使命! お前達こそ殿下の婚約者に剣を向けるのは止めろ!! 」


「 王太子殿下に手袋を投げたんだぞ! 」

「 先に彼女を侮辱したのは王太子殿下だ! 」


 ジリジリと睨み合う騎士達。

 互いに剣先を向け合う一触即発の時間が流れる。



「 レティ! よく言った! 」

「 お兄様! 」


 突然ラウルが乱入して来た。

 手にはサンドイッチを持っている。


「 あーっ!? 摘まみ食いをしちゃ駄目だって言ったでしょ! 」

 これ程緊迫した状況の中……

 兄妹のほのぼのとした会話が始まった。


「 俺はこのカツサンドが好きだな 」

「 まさか全部食べたんじゃ無いでしょうね?」

「 半分は置いてる 」

「 半分も!? 信じられない! あれは皆の分なのに……」


 いや……

 信じられない程のどうでも言い話をここでするか?

 グレイやグランデルの騎士達はタラリと汗を流した。



 美味しいカツサンドを食べ終えたラウルが口を開く。


「 おい! 王太子! 妾になれだと? 我がウォリウォール家の娘に妾になれとは良い度胸をしてるなぁ 」

 美味しいカツサンドを食べながら聞いていたらしい。


 イニエスタ王女の時は相手が女だから我慢をしたが、相手が男なら王太子だって恐れはしない男。

 それがシルフィードの最高位貴族であるウォリウォール公爵家の嫡男ラウル様だ!



「 黙れ!黙れ! 兄妹揃っての私への冒涜…… 」

「 はん! 俺らはシルフィードに仕える貴族だ! 戦争になればお前の首を討ち取りに行くんだよ! 他国の王太子が怖くてシルフィードの軍師が務まるかってーの! 」


 言葉は強気だが、グレイの後ろにいて、半分だけ顔を出している軍師公爵家の嫡男ラウル。



「 なっ!? ……… 」

 怒りで真っ赤になるアンソニーとグランデルの騎士達。

 騎士達が剣の柄を強く握る。


 それを見てグレイも剣の柄を強く握り締めた。

 殺る気だ。

 双方の殺気が半端無い。


 一触即発の双方の間に……


 ドーーーン!!!


 雷が落ちた。



 アルベルトが雷を落としたのだ。


 アンソニーもグランデルの騎士達も尻餅を付き、グレイは咄嗟に剣を地面に刺し片膝を付いた。

 ラウルも尻餅を突いたが……

 体重の軽いレティはゴロンゴロンと風圧で吹き飛ばされた。

 地面に突っ伏して伸びている。



 うわっーーっ!!

 強すぎたか……

 ボートを降りて駆けながら雷を落としたアルベルトは、慌ててレティの側に駆け寄った。


「 レティ! 大丈夫か!?」 

 白のローブがレティを守る。


 吸収する布で作られたローブは、虎の穴の研究員達のみが着る事の出来る貴重な特殊ローブ。

 因みに皇帝陛下やアルベルトの着用しているマントもこのローブと同じ生地で作られている。



「 アル……酷いわ…… 」

「 ごめん……どこか痛い所は無い? 」

「 うん……ちょとだけ痛いけど……大丈夫そうよ 」

「 お前……いきなり……俺はケツが痛い…… 」


 気が付けば……

 グランデルの王太子と騎士達は、皇宮騎士団第1部隊の第1班の騎士達に包囲されていた。

 騎士達は全員剣を抜いている。


 アンソニーを初めグランデルの騎士達は、初めてみるアルベルトの雷の魔力に度肝を抜かれて目を白黒させていた。



「 これは一体何の騒ぎだ!? 」

 アルベルトはレティの無事を確かめた後に周りを見据えた。


「 グレイ! それからその方達も皆剣を収めよ! 」

「 御意 」


「 アンソニー殿、グランデルの騎士達に剣を収める様に命を出してくれ 」


「 お前達、剣を収めよ 」

「 御意 」


 剣を収めると騎士達はお互いの主君の後ろに下がった。



「 いったい何があったのだ? そもそも何故レティがここにいる? ラウルもだ!」


「 そんな事はどうでもいい。この王太子はな、レティにお前の妾になれと言ったんだよ! 」

 ラウルがレティを気遣う様に一瞬見た後にアンソニーを睨み付ける。


 アルベルトの顔が険しくなり、アンソニーを見つめた。


「 それは……誠か? 」

「 アルベルト殿、先ずはその男の無礼な物言いを改めてさせてくれ 」


「 ラウル、彼は王太子だ。言葉を慎め! 」

「 妹とウォリウォール家を侮辱した無礼な奴を敬う気なんか無いね! 」


「 何を! 」

 全く引かないラウルとグランデルの者達は更に険悪になる。



「 この件は私が預かる。母上達が心配している。アンソニー殿、ここは一旦引き揚げてくれ! 」


 コテージのテラスから身体を乗り出す様にして、シルビアとフローリアと侍女、護衛騎士達がこっちを見ている。


 楽しい時間を過ごそうとやって来た母親達を優先させなければならない。

 こんな事態になるとは思いもしなかったが、このまま争う訳にはいかない。

 アンソニーと騎士達が引き揚げ様とした時に……



「 王太子殿下! 決闘状は改めてわたくしからお送りしますわ。時間はお任せしますが決闘の日は休日にお願いしますわ! 」

 レティがアルベルトの後ろからヒョコッと出て来てアンソニーを見据えた。


 どんな時でも無遅刻無欠席を貫くこの優秀な女生徒を、文相や学園長は多いにお気に召している。



「 レティ! 決闘は俺がする。おい王太子! ウォリウォール公爵家の名に懸けてお前に決闘状を送るから首を洗って待ってな! 」


 引き揚げて行くアンソニーの後ろ姿に向かってラウルは中指を立てている。


「 止めろラウル!これ以上は俺が許さない! 」

「 非があるのはあっちだ! 」

 何時も冷静沈着で人を食った様な所のあるラウルが、こんなにもヒートアップする事は珍しい。



「 それより決闘? 何だ?決闘って……? 」

 ラウルは簡単に諸事情を説明した。


「 お兄様が決闘って……お兄様は騎士じゃ無いでしょ? 」

「 お前こそ騎士じゃ無いだろ? ましてや女だ。決闘は俺がする 」


「 わたくしは騎士です! 」

 レティは……

 足をダンと踏み鳴らして開き、腰に手を当て胸を張った。


 ここにいる皆は……

 学園の騎士クラブにいるからそう言ってるんだと思った。


 可愛い……

 自分を騎士だと言うなんて。


 ロンやケチャップを初め、騎士団の騎士達はレティのファンである。



 騎士なんだよ。

 騎士養成所を修了して騎士団に入団した立派な騎士。

 短い期間ではあったが。

 この鼻息の荒い娘は……

 正真正銘の騎士なんだよとアルベルトは額を押さえた。




 ***




 アルベルトはレティとグレイが2人でいるのを見て、急いでボート乗り場の桟橋まで漕いだ。


「 アルベルトお従兄妹様? リズはもっと乗りたいわ 」

 もはやリズベットの声なんか聞こえない。



 何故?

 何故レティとグレイが一緒にいるのか?

 

 今日は第1部隊が護衛だから……

 グレイは任務中の筈。


 ……て言うか……

 何故ここにレティがいるんだ?


 すると……

 いつの間にボートを降りていたのかアンソニーが2人の前にいた。


 暫くすると……

 レティに向かってグランデルの騎士の4人が剣を抜いた。


「 !? 何だ!? 」

 直ぐ様グレイが剣を抜きレティの前に立った。

 愛しき女性(ひと)を守る様に……



 ボート乗り場に着くと……

 ボートから降りてアルベルトは駆け出して行った。


「 お従兄妹様! 待って!」

 アルベルトは振り返りもせずに駆けて行く。



「 くそっ! 」

 グランデルは何故レティに刃を向けたんだ?

 一体何があった?

 王太子相手に戦闘が始まれば……


 グレイはただではすまない。


 アルベルトは今にも戦いが始まりそうな双方に向けて指を鳴らした。



 ドーーーン!!




 ***




「 それで君は何て答えたの? 」

「 妾になる位なら……アルとの婚約は解消するって…… 」

「 当たり前だ! 我がウォリウォールの娘を妾になんかさせてたまるか! 」


 ウォリウォール兄妹は決闘に向けて話し合っている。

 イキイキとした顔はそっくりである。



 2人は薬草採取を止めて今は公爵家の馬車で帰宅中だ。

 興奮してとてもじゃないが草摘みなんぞしてられない。

 昼食の入っているバスケットは、薬学研究員の皆に食べてと渡せば、彼等はとても喜んでくれた。


 アルベルトもそのまま公爵家の馬車に乗り込んだ。

 騎士達も引き連れて。

 皇后や王妃の護衛や警備は、皇宮騎士団特別部隊が任務に当たっている。



 いきいきと決闘の話をするレティ。

 アルベルトの心に何だか寂しい風が吹いた。


 俺は何と答えて欲しかったのだろう。


 妾になっても良いから俺と一緒にいたいと……言って欲しかったのだ。

 勿論レティを妾になんかする気は毛頭無い。

 当たり前だ。

 何の為に側室制度を廃止したと言うのか。


 だけど……

 彼女はあっさりと身を引くと言ったのだ。


 分かっている。

 20歳で人生を終えるかも知れない数奇な運命を生きている彼女は、俺には執着していないのだと言う事は。



 バサッ!


「 うわっ!? 何だアル! 」

「 ちょっとそのまま被ってろ! 」


 アルベルトは自分の着ていた上着をラウルの頭に被せた。

 顔が隠れる様に。


 前に座っているレティの顔の前に乗り出して、レティの腕を引き彼女の頭の後ろに手をやって……

 レティに口付けをした。


「 !? 」


 そして……

 唇を外してレティの額にコツンと額を寄せる。


「 レティ……また嫌な思いをさせて……すまない 」

「 ………… 」


「 でも……僕はレティだけだから。僕の妻に……皇太子妃にと望むのは君だけだ 」

「 うん……知ってる…… 」

 レティは嬉しそうに笑った。



 頭に上着を掛けられているラウルは……

 アルベルトの気持ちが聞けて嬉しかった。

 勿論彼のレティへの気持ちを疑う事は無いが……

 それでもちゃんと言葉にしてくれたから。


 すると……

 好きだよ、私も……と、何やらイチャイチャとやりだした。


「 おい! 俺がいることを忘れて無いか!?」

 頭に掛けられた上着をアルベルトに投げ付けた。


「 やだ、お兄様がいたんだわ 」

「 忘れてた 」


 お前らな~

 こんな狭い馬車の中で俺様の事を忘れるか?と、ラウルは呆れ顔だ。



「 あっ!……アル……王女様は? リズベット王女様とボートに乗っていたでしょ? 」



「 ………忘れてた 」




 リズベットは駆け付けた侍女や護衛騎士達によってちゃんと保護されていた。


「 雷の魔力使い……お従兄妹様が素敵過ぎる…… 」

 リズベットは侍女や騎士達に連れて行かれる間中……

 ず~っとポ~っとなっていた。


「 アルベルトお従兄妹様の妃になりたい 」





 それから暫くして……


 グランデル王国の王太子アンソニーと、シルフィード帝国の公爵令嬢リティエラの決闘が、大々的に帝国民に向けて発表された。




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