第396話 公爵令嬢は手袋を投げた

 



 レティは見ていた。

 ボートに乗るアルベルトとリズベットを。


 リズベットの手を取ってボートに乗せて……

 揺れたボートでリズベットの身体を抱き締める一部始終を。





 この日……

 レティはご機嫌でずっと歌を歌っていた。

 今日は薬学研究員達の皆で薬草を摘みに行くのだ。


「 煩いぞ! レティ! 」

 公爵家の馬車にはラウルとレティと幾つかのバスケット。


 窓から外を見ながら、歌を歌いまくるレティは頗るご機嫌だが、ラウルは反対の窓の縁に肘を乗せてチョー不機嫌そうにしている。

 レティがたまに音程を外すのにもイライラするし。



 この季節にしか生えない薬草が、皇室が管理する狩場の近くの、とある場所に沢山生えているらしい。


 勿論、皇室に許可を取っての採取だ。

 毎年この時期になると薬学研究員達はこの薬草を採取しに皆で行く事になっていた。



 虎の穴の薬学研究員は10名。

 全てが男性だと言う事もあり、ラウルがレティに付き添って行く事になった。


「 何で俺がそんな糞面白くも無い所に行って、糞面白くも無い草抜きをしに行かないとならんのか? 」

「 レティを1人で行かせる訳にはいかないじゃない。カイルは用足しに領地に行ってるし、マーサは危ない所だと役には立たないわ 」


 行く直前になって母親のローズがラウルに言って来たものだから、ラウルは抵抗している。


「 俺の貴重な休日が…… 」

 ラウルは渋々ジミ~な薬草採取に同行させられたのだった。




「 お兄様! それは違うわ! よく見てよ! 」

「 この草とその草の違いは何なんだ? 」

 同じ緑じゃないかとラウルは2つの薬草を見比べている。


 この場所は皇室の土地だけに手付かずの場所で、薬師達は嬉々として薬草を採取しまくる。

 皆が幸せそうな顔をして。



「 レティ! 昼になったら起こせ! 」

 ラウルはゴロンとシートの上に寝転んだ。


 3度の人生での経験が今のレティだが、ラウルはおよそ高貴な貴族令息らしくない行動を平気でする。


 子供の頃から何事にも物怖じせずに、如何なる場合でも順応する事に卓越している。

 そんな所がアルベルトが好きな所なのだが。


 皇子には到底出来ない事を何でも遣って退けるのだから。




「 お兄様! つまみ食いはしないでよ! 」

 シートの上にはレティが作った昼食がある。

 朝早くから起きて、皆の分の昼食を作って来ていた。


 昼食の入ったバスケットの番をするのに、お兄様が来てくれて助かったわ。



 レティは皆のいる方にトコトコと歩いて行く。

 背中には何時ものデカイ顔のリュックを背負って。



 成る程!

 この時期にしか生えない薬草は、この時期に付ける蕾に効能がある。


 その蕾を丁寧に摘み取って行く事が大切なのである。

 薬師のミレーさんが、初めて薬草採取に参加するレティに丁寧に教えてくれた。



 暫く熱心に蕾取りをしていると……


「 あら? この草…… 」

 うわ~っ!凄い!

 毒消し草だわ。


 この草自体が毒消しになる優れものだ。

 煎じたり、煮詰めたりしなくて良い。


「 えっ!? あの薬草は…… 」

 またまたレアな薬草を発見する。


 周りを見れば薬草の宝庫。

 流石に誰も足を踏み込まない皇族専用の土地だわ。



 薬師達は夢中で目的の薬草を採取している。

 10人もいるんだから、私は別の薬草を採取しても良いわよね。


 レティは他の薬草を採取し出した。


 皆と違う行動をする。

 こうして……

 この娘は、迷子になったり妙な事に遭遇したりして来たのである。


 お兄ちゃんは爆睡してるし……




 あら!?

 こんな所に湖が……


 踞っていた身体を起こすと……

 さっきから聞こえて来ていたキャアキャアと楽しそうな人達がいた。



「 嘘……アル……がいる 」




 皆で遊びに来たんだわ。

 ここ全体の土地が皇室の所有する物ですものね。



 アルベルトとリズベットは丁度ボートに乗る所で……


「 キャア! 」

「 大丈夫か!? 」


「 落ちたら大変だ 」



 あの王女……

 あれはわざとだわ。


 ボートのオジサンが押さえているのに、風も無いのに何で揺れるのよ。

 オジサンもビミョーな顔をしてるし。


 自分で倒れ掛かって行ってアルに抱き締められて赤い顔をしてる。

 子供のくせにいやらしいわね。



 あっ!?

 王太子殿下と競争をしてる。

 本当に楽しそう……

 私もボートに乗ってみたい。(←乗った事が無い)


 ププ……

 1人で乗ってるくせにアルに負けてる。




 いけないいけない。

 私は薬学研究員。

 今は草を摘むのが私の仕事よ。



 レティは薬草を採取する事に専念した。


 暫く摘んでいると……

 何やらモヤモヤ。



 こんな素敵な場所があるのに……

 私は1度も連れて来て貰った事が無い。


 デートする場所は何時も牧場。

 少し行けばこんなに素敵なデートスポットがあるのに。


 アルベルトの所有する牧場はこの場所から少し手前にある。


 何で……



 あっ!………


 ここには王女と来た……のだわ。




 だから……

 彼女との思い出があるから私を連れて来たく無かったんだ。


 きっとそうに違いない。

 レティはブチブチと薬草を千切って行く。



 もしかして……

 ボートが揺れて……

 キャアって言いながら……

 アルに抱き付いて……

 抱き締められて。



 そう……

 レティにとってはイニエスタ王女がトラウマ。

 3度の人生をループしているとはいえ、レティにとっては1つの繋がった人生だ。


 その人生で……

 皇太子殿下と王女は3度も婚約をしたのだ。


 その度に泣いて泣いて諦めて……

 それでも切ない片想いを抱えて来たのだから。

 3度も。



 この湖に来たのは1度目?2度目?3度目?

 それともこの人生で来たの?


「 2人で向かい合って……ホホホ……ハハハって笑い合ってたんだわ! 」


 もしかして……

 それ以上の事も。


 ムキッーッと薬草を両手で千切っていると………



「 誰だ!? ここは皇室専用のエリアだ! 一般人は立ち入り禁止だ! 」

 しゃがんで丸まっている肩口に剣を突き付けられた。


「 !? 」

 ヒィィィ!?


 レティは薬学研究員の着用する白のローブを着ていた。

 手にはアルベルトから貰った、この白のローブの共布で作った何でも吸収する手袋を嵌めて。

 背中には黄色のデカイ顔のリュック。


 慌てて両手を上げて立ち上がる。


「 手を上げたままこちらを向け! 」

「 グレイ班長……私です。リティエラです 」


 声で分かるグレイ班長だと。

 何度この恐ろしい声で叱られたか。

 レティは両手を上げたまま、くるりとグレイの方を向いた。


「 レティ!? いや……リティエラ様!? 」

 グレイは任務中。

 遊びに来た皇族達の護衛の任務に就いていた。


 湖畔の木々の間の草むらに白い物がモゾモゾと動いているのを見つけて、怪しい者がいると思ってやって来たのである。

 何だか見たことのある様な黄色リュックだと思いながら。



「 こんな所で何を? 」

 実は……

 この近くに薬草を採取しに来て、夢中で薬草を摘んでいるうちに、こっちの方に来てしまったのだと説明した。


「 グレイ班長! もう手を下ろしても良いですか? 」

「 あっ!? 失礼……しました 」

 グレイも慌てて剣を鞘に収めた。



「 ごめんなさい。怪しい者は退散します 」

「 今、殿下が……いや、では……お送りします。次は、ロンやケチャップから剣を向けられるかも知れないので 」

 ……と、言ってグレイが笑う。

 この日の護衛任務は、皇宮騎士団第1部隊の第1班だった。



「 それにしても沢山摘みましたね 」

 レティが採取した薬草の入った布袋を、然り気無く持ってくれるグレイ。


 何だか……

 グレイ班長におんぶして貰った時を思い出す。

 あの時も布袋に薬草を摘んで持ってたんだっけ……



「 学園はどうですか? 」

 グレイは騎士クラブに週1で弓矢を教えに来ているが、グランデル御一行様が来国中は護衛の任務があり、最近はずっと学園には来ていなかった。


「 先日の釣り大会で…… 」

 魚の口から魚が飛び出して優勝した話をしようと口を開いたら。


「 こんな場所で逢瀬ですか? 君達は何だか良い雰囲気だね 」

「 王太子殿下…… 」


 レティは慌ててカーテシーをして、グレイは敬礼をして後ろに下がった。


「 アルベルト殿と、君は婚約してるんだろ? 2人共随分と自由に恋愛をしてるんだね? 」

「 ? 」


 後ろに立っているグレイをちらりと見て……

「 彼は格好良い騎士だし……お似合いだと思うよ 」

 ………?

 何を言ってるんだ?

 この王太子は?



 アンソニーはニヤニヤしながら更に続ける。

「 知ってる? アルベルト殿には2人の恋人がいる事を……いや、もっといるかも知れないが…… 」

 ねぇ、知りたい?

 ……と、レティの顔を覗き込む。


「 別に知りたくありません 」

 後退りしながらレティは頭を横に振る。


 知りたくないと答えたのにアンソニーは話すのを止めない。

 何だこいつは?


「 1人は、虎の穴の薬師…… 」


 それは私だわ……

 だって……虎の穴で薬師で女性は私だけ。



「 それにね。アルベルト殿は皇宮病院にも恋人がいるんだよ? 前に視察に行った時にその女性の頬にキスをしたのを見たからね 」


 それも私だ。

 あの時……

 見られていたのか。

 だから止めてって言ったのに!



「 どうだい? ショックだった? ごめんよ…… 」


 レティはそろりと片手を上げた。

「 はい。それは両方とも私です 」

 キャア!

 恥ずかしいじゃないの!



「 君なの!? 2人共? 」

「 はい、私は薬学研究員で医師です 」

 レティは首から下げている証明書を出した。

 リティエラ・ラ・ウォリウォールの名前が書いてある証明書のカードを。


 特に医師免許のカードは肌身離さず持っている。



「 き……君は……凄く優秀なんだね 」

 カードをマジマジと見て何だか焦っている様な王太子。


 彼は……

 ただただ婚約者の2人のイチャイチャしてる所を目撃しただけになった。


 分かってくれたら宜しいのよ。

 頭を下げて去ろうとしたら……



「 アルベルト殿が君を溺愛してる事は聞いている 」

 アンソニーはコホンと咳を1つして話を続ける。


「 だけど………私の妹のリズベットが皇太子妃になれば、君は妾になるんだけど良いかな? 」

 シルフィード帝国は側室制度が廃止されたから、妃になれなくても仕方無いよねとアンソニーは笑った。



「 でもまあ、元々王女でも無いし……妃になれなくても何ら問題は無いよね 」


 黙って俯くレティに、アンソニーは愉快そうに話を続ける。


「 リズが学園を卒業するにはまだ5年ある。それまではアルベルト殿の閨のお相手は頼むよ。彼も男だからね。5年も待たすのは可哀想だしね 」


「 私に妾になれと?」

 レティの拳が怒りでプルプルと震える。


「 わたくしはシルフィード帝国の筆頭貴族のウォリウォール公爵の娘。そのわたくしが妾になれば、我が国の貴族女性の秩序はどうなります? この妾発言は、我が公爵家だけではなく、シルフィードの貴族を卑下した事になりますわ! 」


 そう言って真っ直ぐにアンソニーの顔を見た。


 しまった……

 事を急ぎ過ぎたか。

 訂正する言葉を探していると……



「 妾になる位なら……アル……ベルト殿下との婚約は解消いたしますわ 」


「 おお……それが1番良い選択だ! 」

 アンソニーはホッとした顔をする。



「 だけど……その前に……わたくしへの侮辱だけで無く、我がウォリウォール公爵家への侮辱は許し難きもの。わたくしリティエラ・ラ・ウォリウォールは、アンソニー・ティシモ・ア・グランデル王太子殿下に正式に決闘を申し込む! 」


 レティは左手から手袋を外し、アンソニーに向けて投げ付けた。



 アンソニーの足元に、白い手袋が落ちた。

 薬草を摘んだ後の……少し……いや、かなり汚れた手袋だったが。




 直ぐ様、グランデルの騎士達4人が王太子の前に立ち、レティに向けて一斉に剣を抜いた。


「 王太子殿下への不敬! お前を処罰する! 」



 その時……

 レティの前に剣を抜いたグレイが立った。







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