第395話 皇子様は噂を知る

 



 ブーッッ!!

 アルベルトはお酒を吹き出した。


「 汚ねーな! 店が汚れるだろうが!? 」

 ラウルがテーブルをせっせと拭いている。

 自分の店は綺麗にする。


「 俺が何だって!? 」

「 お前がロリコンだって噂になってるんだよ 」

「 何で俺がロリコンなんだよ!? レティとは2歳しか離れて無いぞ! 」


 ラウル、エドガー、レオナルドとアルベルトはラウルの店の個室にいた。


「 何でロリコンだと言われているのか分からないのか? 」

「 分からないね 」

 3人は顔を見合わせて呆れ顔だ。


「 本当に分からないのか? 」

「 クラウドも? 何も言わないのか? 」

「 だから何だよ? 早く理由を言え! 」


「 リズベット王女だよ! 」

「 ? リズは従兄妹だよ? 俺の妹だ! 」

 お前とレティみたいだとアルベルトは言った。


「 俺とレティは、毎朝手を繋いで庭を散歩なんかしないぞ!気持ち悪い 」

「 手を繋いでない……エスコートしてるだけだ 」


 エスコートはマナーであり、女性と歩く時はエスコートするのは貴族社会では当然の事。



「 アル!本当にクラウドや侍女や女官達から何も言われて無いのか? 」

「 何を言われるんだよ! ハッキリ言え! 」


 側近のくせにクラウドは何をやってるんだと3人はぶつぶつ言っている。


「 従兄妹同士は結婚出来るんだぞ! 」


「 そんな2人が朝から晩まで手を繋いだり、街中でしょっちゅう逢瀬を重ねていたら噂になっても仕方無いよ 」

 ……と、レオナルドがアルベルトの肩を叩く。


「 だけど……リズは妹で……可愛くて…… 」

「 リズベット王女はお前に恋をしているぞ! 」

「 今日のあれはどう見てもレティへの嫉妬だ 」

「 お前とレティを離したくて泣いたんだよ 」


「 あれは……俺がきつく叱ったから…… 」

 皆は頭を横に振った。


 3人は街で噂になってる事を全部アルベルトに話した。



「 リズは子供だ。俺にきつく言われただけでわんわん泣いたんだぞ?」

「 だから……そんな子供を好きなんだと思われているから、ロリコンだと言われてるんだよ 」


 3人はゲラゲラと一頻り腹を抱えて笑った。



「 ロリコン…… 」

 アルベルトは頭を抱えた。


「 まあ、お前のロリコン説は一部だけの話だが、公爵令嬢不要論はかなり深刻だ 」

「 どうするんだ? 」

 

「 対処してる 」


 公爵令嬢不要論は……

 あの悪意ある書籍からみても、別の意図がある奴が便乗して噂を流しているのだろう。

 その事に関しては手を打ってあると3人に説明した。



「 親父への恨みか…… 」


 それなら仕方無いとラウルは言う。

 立場上非情にならなければならない事もあるのだと、文官になった今では理解出来る。


 だから……

 可愛いレティを表に出さず、領地暮らしをさせていた事も理解出来る。


 子供の頃は……

 レティの為に領地へ行く母親を見送り……

 寂しく思った事もあったと言う。


 それでなくても1番弱い者が標的になりやすいのに、今では皇太子の婚約者なのだから。



「 レティはその噂を知っているのか? 」

「 さあな……でもあいつはしょっちゅう街をうろうろしてるからな。知っているのかも…… 」

 何も言わないがなとラウルは言う。



 アルベルトはまた頭を抱えた。




「 あっ! この情報は爺達からだから 」

 そう言ってラウルはアルベルトに請求書を出した。


 リサーチ代も入ってるとか……

 渡された請求金額を見てアルベルトは固まった。


 ラウルの店での飲み食いは何時もの事だが……

 リサーチ代として……

 ラウルの店以外の店での飲み食い代が請求されたのだった。




 ***




 アルベルトの執務室では、話を聞いたクラウド、侍女長のモニカ、女官長のラジーナが青ざめていた。


「 そんな事になっていたのですか…… 」

「 申し訳ございません……侍女の私が早く気が付くべきでした 」

「 いえ……この執務室に入り浸っている事をもっと留意するべきでした 」


「 いや、お前達のせいでは無い。俺が迂闊だった 」



 リズベットは14歳。

 実際に彼女を見ていれば……

 明るくて天真爛漫で、我が儘な所も許せてしまう位に愛くるしい王女である。


 だから……

 ここにいる誰もが、まさかこんな子供とアルベルトが噂になるとは思ってもみなかった。


 それに……

 レティがいくら小柄で童顔だと言っても彼女はもうすぐ18歳。

 リズベットとは比べ物にならない位に大人の女性に成長している。


 お妃教育に来ているレティと、イチャイチャしてる所を何時も見ていたアルベルトの近くにいる者達にとっては、いくら従兄妹と結婚出来るとはいえ、リズベットは気にも止めない存在だったのだ。



「 しかし……ロリコン疑惑まで出てるとは…… 」

 クラウドはクックッと笑った。


「 笑うな! 」

「 スミマセン……でも……確かに6歳違いでも20歳の男が14歳の子供に恋愛感情を持つなら……それはちょっとおかしいのかも知れない 」

 26歳と20歳なら別ですが……とクラウドは付け加えた。


「 俺はリズには恋愛感情なんか全く無いぞ! 正常だ! 大体、恋愛感情はレティにしか持った事が無い! 」



 そんな話をしていたら……



「 アルベルトお従兄妹さまぁ~ 」

 今朝もリズベットがやって来た。


「 リズ。今朝は執務があるから……朝の散歩には行けない。君の侍女と行ってくれないか? 」

「 え~!? 毎朝一緒に行ってくれてたのに? もしかして……昨夜、婚約者に何か言われたの? 」


「 彼女はそんな事は言わない 」

「 じゃあ、リズとご一緒してよ 」

 リズベットはアルベルトの執務席に行き、アルベルトの腕を取った。


「 お仕事が忙しいのなら、今日で最後にするわ! だから今朝は一緒に行って欲しい…… 」

 リズベットは目に涙をいっぱい溜めた。


 仕方無い……

 ここで泣かれたら困る。


「 分かった。 だけど朝の散歩は今朝で終わりにするから 」

 アルベルトは席を立って上着をラジーナに着せて貰い、リズベットの手を取り執務室を後にした。


 何時もはリズベットの侍女だけが付いて行くのだが、今朝はモニカも同行した。



「 あざといですね。あのうるうる目は嘘うるうる目ですよ 」

「 もはや子供には見えなかった…… 」


 2人が去った執務室でクラウドとラジーナが呆れた顔をしている。


 言われてみれば……

 アルベルトを見る目は獲物を狙う様な目をしている。

 今までのアルベルトの取り巻いていた女性達と何ら変わらない。

 勿論子供だから大人の女性達の目とは意味が違うが……


 王女だから今まで何一つ手に入らない物は無かったんだろう。

 欲しい物は泣いてでも手に入れる。

 子供だから余計に厄介かも……



「 リティエラ様には無い目ですね 」

「 リティエラ様には……殿下がハンターですから 」




 ***




 それでもリズベットは毎朝アルベルトの執務室にやって来た。


 朝の散歩も結局は行く事に……

『 泣く子と地頭には勝てぬ 』とはよく言ったもので。


 どうしたものかと頭を悩ませてるうちに……

 フローリアのリハビリを兼ねて、皆でピクニックに行く事になった。


 シルビア皇后、フローリア王妃、アンソニー王太子、リズベット王女とアルベルト皇太子とで。


 アルベルトは公務を理由に断ったが……

 本当に公務は溜まっているので。


 アンソニーに押し切られた。

 これからの話をしたいと……



 馬車に揺られ目的地へ。

 馬車にはアルベルトとアンソニーとリズベットが乗った。


 窓から身体を乗り出してキャッキャとはしゃぐリズベット。


「 危ないから身体を乗り出すな! 」

 アンソニーがリズベットの腕を引くと同時に馬車がガタンと揺れ、リズベットは窓に頭を打ち付けて涙目になる。


 アンソニーが慌ててリズベットの頭を撫でて、よしよしとしている姿は微笑ましい限りだ。


 可愛らしい子供だ。

 レティと言う婚約者がいる俺なのに、何でこんな子供と噂が立つのだろう?



 勿論従兄妹同士が結婚出来る事は知っている。

 しかし……

 レティとの結婚しか頭に無いんだからそんな事は気にも止めなかった。


 皇太子宮は改装に向けての計画が進められている。

 レティを迎え入れる為に。


 レティは21歳になるまでは結婚はしないと言うが……

 何時でもレティが皇室に来ても良い様にと準備を始めている所だ。




「 アルベルトお従兄妹? 到着よ 」


 ぼんやりと、馬車の窓から外を眺めていたアルベルトの頭の中はレティでいっぱいだ。



 場所は皇室管理の湖の畔りである。

 湖の近くにはログハウス風の広いコテージがあり、その奥には狩場がある。

 湖には水鳥が浮かんでおりボートにも乗れる。


 最近では、両陛下が療養として週末に訪れる事が増えたのも、アルベルトが公務を担う様になったからである。



「 懐かしいわ 」

 昔は家族で良く来たのだとフローリアが嬉しそうだ。


 アルベルトには家族で来た思い出は無い。

 皇太子時代が短かった父親である皇帝とは、同じ場所に出掛けると言う事が出来なかったからである。



 シルビアとフローリアは侍女やシェフや護衛達を連れてコテージに向かう。

 湖を眺めながら、そこでお茶やランチをして過ごす事が至福の時間。



「 お兄様! アルベルトお従兄妹様! ボートに乗りましょ! 」

 リズベットは大はしゃぎだ。


 ボートは2人乗りなので、アンソニーが1人で乗り、アルベルトとリズベットが2人で乗る事になった。


「 皇子様お久し振りです 」

 ボートの管理人がボートを押さえながら話す。


「 変わりは無いか? 」

 ここには管理する者が何人かいて、コテージの掃除は勿論の事、木々や雑草も綺麗に整えられており、皇族が何時来ても快適に過ごせる様に管理されていた。



 まあ!

 きっと前に婚約者と来たのだわ!


 リズベットは、先にボートに乗ったアルベルトに手を差し出しながらムッとする。


 その時にグラリとボートが揺れた。


「 キャア! 」

「 大丈夫か!? 」

 アルベルトの逞しい胸に抱き抱えられてリズベットは赤面した。


「 落ちたら大変だ 」

 アルベルトはリズベットをそっと自分の前に座らせて、静かにボートを漕ぎ出した。



 コテージのテラスでお茶を楽しむ親達に手を振って……


「 アルベルトお従兄妹様! 頑張って! 」

 先にボートに乗っていたアンソニーと競争したりと、ボート遊びを楽しんでいると……



 湖の縁の木々の間に誰かがいた。


 誰だろう?

 水面が陽の光にキラキラとして眩しい。


 アルベルトが目を眇める様にして見ると……



 嘘だろ!?

 レティがいる!



 レティが……



 グレイと一緒にいた。



 湖畔にキラキラと太陽の陽射しが注ぐ。


 その向こうにいる2人の姿は……

 それはそれは輝いて見えた。








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