第394話 王女様の泣き勝ち

 



「 貴方達……とんでも無い子を生みましたね 」

 フローリア王妃は弟のロナウド皇帝とシルビア皇后に向かって、第一声を放った。


「 !? 姉上……28年振りに会った弟に言う第一声がそれですか? 」

「 まあ、フローリアお義理姉(ねえさま)たら、相変わらずですわね 」

 シルビア皇后がコロコロと笑う。



 シルビアがシルフィード帝国に輿入れして来るまでに、2人は何度か会った事があり、手紙のやり取りもずっとしていたので、気心が知れている仲である。



 自分の生んだ王子もそれなりにハンサムだと思っていたのだけれども。

 フローリアは……

 アンソニーとにこやかに話すアルベルトを見て、レベルの違いを感じたのだった。


 本当に……

 2人の良いところ……いや、歴代のシルフィード王の最高を集結した様な皇子。


 世界一の美丈夫だと言われる筈だわ。


 確か……

 公爵令嬢の婚約者がいるとか。



 彼女は幸せになれるのかしら……





 ***




 フローリアが腰痛を悪化させた事もあり、歓迎パーティーは来国から1週間後に行われる予定が、2週間後に延期された。

 ドレスを着るにはコルセットを絞めなければならない事からで。




 この夜、歓迎パーティが開かれた。


 翌月には軍事式典の皇室主催の舞踏会がある事から、歓迎パーティは、フローリアが皇女時代に懇意にしていた者達を招待するごくごく内輪のパーティーになった。


 グランデル御一行様は軍事式典に参加した後に帰国する予定である。



 アルベルト皇太子殿下の婚約者として、この日初めてレティは正式にグランデル王国の王族である3人の前に立つ事になる。


 グランデル王妃と王太子と王女が座り、懐かしい顔がフローリアに挨拶に行くと言う形で、その後に、両陛下も混じって食事をする。


 貴族のマナーでは、正式な場に女性が参加する時は、男性が女性を必ずエスコートをして入場しなければならない。

 男性は1人でも構わないのは、この社会は男性中心で動いているからなのである。



 リズベットは、アルベルトにエスコートをされなくて機嫌が悪い。

 アルベルトは婚約者をエスコートするからだ。

 

 会場入りは……

 叔父である皇帝が母である王妃をエスコートして、兄の王太子が義理叔母である皇后をエスコートして入場した。


 当然自分は従兄妹である皇太子にエスコートされるもんだと思っていたのに、リズベットをエスコートしたのは外相のオヤジ。


 外相はレオナルドの父。

 どうせなら父親よりも、息子のレオナルドにエスコートをされたい所だが……

 レオナルドはまだ見習い文官である。



 わたくしは王女なのに。

 公爵令嬢より優先しなければならないのはわたくしでしょ!?

 お母様もお兄様も何故何も言わないのかしら?

 リズベット王女は、まだ社会を知らない我が儘いっぱいの14歳の王女である。




「 皇太子殿下、並びに婚約者のウォリウォール公爵令嬢の入場です 」


 2人の登場にグランデルから来た人々は息を飲んだ。


 皇太子は水色の夜会服で、手を引かれた令嬢はそれと揃いの水色のドレスと少し大きめに開いた胸元には大粒のアイスブルーの宝石のネックレスが輝いていた。


 何と言う眩しい2人。

 そこだけにスポットライトが当たっているかの様な華やかさ。

 公爵令嬢も皇太子殿下に引けを取らない美しい令嬢であった。


 そして……

 皇太子殿下の甘い顔……

 婚約者の公爵令嬢を溺愛してるのは本当だったのだと。



「 ご機嫌よう。わたくしにその可愛らしい婚約者を紹介して下さるかしら 」


 アルベルトがレティをフローリアに紹介する。

「 叔母上、わたくしの婚約者のリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢でございます 」


「 ご機嫌よう。フローリア・ティシモ・ア・グランデルよ。宜しくね。わたくしもレティちゃんって呼んで良いかしら? 」

 どうやら両陛下からレティの事は聞いていた様だ。



「 リティエラ・ラ・ウォリウォールにございます。お会い出来て光栄に存じます。はい、王妃様の思し召すままに…… 」


 レティは緩やかにカーテシーをした。



 続いて、アンソニー、リズベットと挨拶をする。


 何でペアルックなの?

 いつの間に……

 ずっとお従兄妹の執務の邪魔をして会わさない様にしてたのに。


 でも……

 このネックレスはあの時こっそり買った豪華なネックレスじゃ無いわね。

 お従兄妹様の瞳の色なのがムカつくけれども……


 フフフ……

 わたくしに隠れてこっそりと買っていたのは、プレゼントするわたくしに見られたく無かったからなんだから。

 あの豪華なネックレスはわたくしへのプレゼントね。


 軍事式典の時の舞踏会はわたくしが身に付けますわ。

 ドレスもお従兄妹がプレゼントしてくれるって言ってくれたし……



 なんと……

 リズベットはレティへの挨拶をしなかった。

 彼女はレティをずっと睨んでいたのだった。


「 お母様!お腹が痛くなったから一旦下がります 」

 リズベットはレティに声を掛けずに、そのまま退出してしまった。



「 レティちゃん、ごめんなさいね。あの子緊張するとよくお腹が痛くなるのよ 」


 リズベットは日頃から、自分に都合の悪い事があるとお腹が痛いと仮病を使って逃げていた。

 だから……

 家族は本当にそんな体質なんだと思っていたのだった。





 ***




「 私……嫌われちゃってるのかな…… 」

「 そんな事無いよ、お腹が痛かったのなら仕方無いよ。僕の可愛い妹だから仲良くしてあげてよ 」

「 ええ……仲良くなりたいわ 」

 耳が垂れてシュンとしているレティをアルベルトが慰めた。


 王女に声を掛けて貰えなかったレティは、大勢の前で恥を掻かされた事になった。

 流石にアルベルトも厭わしく感じたが……

 相手は子供だ。

 仕方無いと思った。



 挨拶が終わると皆はトレイに食事を乗せて各自のテーブルに付く。

 ビュッフェスタイルの食事だ。


 皇子様が……

 婚約者のトレイに、美味しそうな料理をせっせと乗せてあげている姿を、皆は微笑ましく思うのだった。



 皆が席に付くと両陛下も席に付き、乾杯の挨拶をして会場は盛り上がる。

 皆は食事をしながら穏やかな談笑を始めていた。



 皇女様だわ。

 この国にも皇女様がいらしたのだわ。


 物心付いた時から知ってる皇族は両陛下と皇子様の3人だったのだから。


「 似てらっしゃるわ 」

 レティの兄妹の間違い探しはもはや趣味だ。


 仔牛のソテーをフォークで口に入れながらレティが呟いた。


「 似てる? 」

「 笑うと少し眉毛が下がる所とか……アルも…… 」

「 僕も? 何が? 」


 そう言って……

 眉毛を下げて……なぁにと聞いてくる。

 私が大好きな顔。

 だけど……

 この顔が好きだとは言わない。

 不意に見せてくれる……

 幸せのご褒美を楽しみたいから。


「 な……内緒 」

「 内緒? 」

 教えてよ、教えない……と、甘~い空気が2人の間に流れる。


 虎の穴で、皇宮病院で……

 少しだけお話をしたけれども……

 ゆっくり話すのは久し振りで。

 何だか照れ臭い。

 2人でいるとドキドキする。

 やっぱり大好きだと改めて思う。


 あのね……

 話したい事がいっぱいあるの。


「 釣り大会で…… 」

 魚の口から魚が飛び出して優勝した話をしようと口を開いたら……



「 お従兄妹!! 」

 リズベットがやって来た。

 ショッキングピンクのリボンの付いたドレスが可愛らしい。

 グランデルのドレス。

 異国のドレスにレティは興味津々で、目の前にやって来たドレスを凝視する。



「 1人ぼっちなの! わたくしのテーブルに来て! 」

「 リズ! 今日は私は彼女をエスコートしてるんだから、君の相手は出来ないよ 」


 何時もは何でも言う事を聞いてくれるアルベルトが、厳しい顔をする。


「 でも…… あの…… 」

 きっぱりと拒否をされてリズベットは涙目になる。



 彼女はさっきまで1人でポツンとテーブルにいた。

 同窓会みたいになっている会場は年寄りばかりなのだから。


「 アル……私は良いから行ってあげて 」

 レティはアルベルトに懇願した。


「 リズがここに来ればいい! 」

「 どうして意地悪を言うの? わたくしは下位の者と同席なんてしたくないわ 」


「 リズベット王女! 」

 アルベルトが怒りの声で語尾を強めると……

 リズベットはアルベルトの上着の裾を持ってワンワン泣き出した。

 

「 わたくしは……アルベル……ト……お従兄妹様と……一緒にいたいだけなのに 」

 わんわん泣くその姿はどう見ても幼い。


 周りは何事かと各々の会話を中断して、この騒ぎを見ている。



 そこに、アンソニー王太子がやって来て……

 こうなったら絶対に泣き止まないからと、アルベルトに控え室に連れて行ってくれる様に頼んだ。


「 しかし…… 」

「 アル……行って! 」

 泣いてるリズベット王女をこのままにはしておけない。

 早く事態を収集せねば……

 レティはアルベルトの腕を押して、行く様に促す。


「 直ぐに戻るから 」

 アルベルトはレティの頬に手を触れ……

 リズベットの手を引いて会場のドアに向かって歩いて行った。



「 悪いね、ウォリウォール公爵令嬢 」

 アンソニーはそう言ってレティにウィンクをしてから、皆の方を向いた。


「 まだ幼い我が妹が我が儘を言って、アルベルト皇子を困らせてしまいました。笑ってやり過ごして下されば有難い。母上も娘の未熟さを謝罪して下さいよ 」


 お騒がせして申し訳無いと、腰を折っておどけた様に言うアンソニーに笑いが起こり、会場が少し和やかになる。



 フローリアも皆に謝罪をすると……

 何事も無かった様に、再び楽しげな音楽が鳴り出した。


 アルベルトに手を引かれているリズベットが、去り際にチラリとレティ見て笑ったような気がしたのは気のせいか?



「 嫉妬じゃの 」

「 阿呆じゃ 」

「 あれにシルフィードの血が入っとるとは…… 」

「 爺ちゃん!? 」


 いつの間にか爺達がレティのテーブルの周りに座っていた。


 皇女様の担任の先生が10の爺達の中にいるらしい。

 爺達の1人を招待したら……

 漏れ無く9人が付いてくると言う。

 爺達は10人でワンセットらしい。



「 俺……あんな妹じゃ無くて良かったよ 」

 トレイにレティの分の料理を入れて来たラウルが、レティの頭を撫でた。


「 うちのキースなんか3歳から聞き分けが良いぞ! 」

「 あれが泣き勝ちか…… 」

 エドガーとレオナルドもトレイに食べ物を乗せてやって来た。


 シルフィード帝国の3大貴族であるウォリウォール家、ドゥルグ家、ディオール家も招待されていた。



「 また来よったな!? 」

「 この糞ガキが! 」

「 顔付きもあの頃と変わっとらん 」

「 うっせーな糞ジジイ! 」


 この悪ガキ達は、皇子様とは違って爺達にも容赦はない。

 一頻りワチャワチャと揉めたが……


 爺達が珍しく神妙な顔をしてラウル達と話し込んでいた。




 ***




 アルベルトはそれから暫くしてアンソニーとリズベットと一緒に戻って来たが……

 レティをラウルに任せてリズベットの側にずっといた。


 また、レティに酷いことをしたら大変だ。

 貴族であるレティは、王族には反論が出来ないのだから。


 アルベルトの横に座ったリズベットが、ずっとご機嫌だった事は言うまでも無い。



 その夜ラウルとエドガー、レオナルドはアルベルトを飲みに誘った。


 大事な話があると……








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