第392話 5番様は悩ましい
本日は生徒会行事の『第3回 釣り大会』である。
一昨年も昨年も邪悪な皇子と王子に負けたけれども……
皇子や王子は何か引き寄せるものがあるのか、魚が彼等の釣り針に自ら掛かりに来るのだ。
だから……
あの邪悪な奴等がいなければ私は勝てる!
レティは個人部門とグループ部門でエントリーをしていて、グループ部門は騎士クラブの弓兵部隊(予定)の31名でエントリーした。
騎士クラブの弓兵(予定)達はレティを入れて32名いるのだが……
1名少ないのはケイン。
ケインは生徒会会長だからエントリーはしていない。
一昨年の不真面目な皇子の生徒会のメンバーはエントリーをしたが。
真面目なケインは……
公正な審判をしようと思っていたからで。
今年も騎士クラブの31名は、揃いの練習着を着て気合い十分だ。
「 いい!? 誰かが釣ったら、その魚を1番釣れてる人の横に放すのよ! 」
釣り大会はキャッチ&リリース。
個人部門はその個人が釣れた魚の数で、グループ部門はグループの中で上位2名の合計数で競う。
個人参加や各グループに審判が付く。
魚釣りをしない女生徒達が審判だ。
終了時間が近付いてくる。
偵察隊によれば、庶民棟の釣りサークルが1匹勝ってるらしい。
『釣りサークル』は今年発足したらしい。
なんと言う甘美な響き。
レティは是非とも入会したいと鼻息を荒くした。
「 よし! 男前出て来なさい! 」
「 おうよ! 」
胸を張って堂々と出て来た自称男前は、ノアを除いて全てレティに却下された。
ノアはサハルーン人の血が半分入った、エキゾチックな顔をしたハンサムボーイだった。
背はまだ少し低いけれども。
「 婚約者の殿下と比べたら、そりゃあ俺達はこの糸ミミズ位だよな 」
うにょうにょと動く餌の糸ミミズを指で摘まんだのは、糸ミミズの様な細い目をした部員だった。
誰もお前と比べてはいない。
ノアの他にはここには男前がいなかった。
そこにケインがやって来た。
もうすぐ終了するから様子を見に来たんだと言って。
審判の女子生徒がケインをチラチラ見て赤くなる。
「 よし! ケイン君! ノア君! そこにいる審判に話し掛けて! 」
「 えっ!? 」
「 早く!! GO!! 」
何だか分からないけれどもケインとノアは審判に話し掛けた。
「 お疲れ様…… 」
女子生徒達はケイン君の周りを囲んだ。
「 ノア様とお話出来て嬉しいですわ 」
ノアとケインは貴族からも平民からも人気があった。
男は顔と剣術だ!
今だ!!
レティと共に男前じゃない部員達が、丁度近くでうようよと泳いでいた魚を手掴みでバケツに入れた。
「 釣れたわ! 今釣れましたわ! 」
こいつら……ズルをしやがった。
ケインは青ざめるが……
騎士クラブの男前で無い奴等とレティは、ハイタッチをしていかにも今釣れた様に釣竿をフルフルと振っていた。
「 後一匹よ! 」
皆が腕捲りをしてる時に……
「 終了ーーっ!! 」
そんな……
審判からの釣った魚の数を書いたカードが、ケイン達生徒会のメンバーに渡される。
駄目だわ……
同点だわ。
ズルをしたのだから諦めろと言いたいが……
生きるか死ぬかの戦いの場面に引き分けなんかあり得ない!
レティは騎士である。
レティは……
大きさも考慮しろ!と、大きな魚の尾を掴んで生徒会会長のケインの前に付き出した!
すると……
レティの掴んだ大きな魚の口から小さな魚が飛び出て来た。
!?!?!?
キャーッッ!!
わーーーっっ!!!
「 勝ったわ! 私達の勝利よ! 」
「 でも……これは釣ったとは言えないから無効だ! 」
釣りサークルの会員達がキャンキャン文句を言ってる。
その前に手掴みで魚を捕ったのだが……
そんな声は……
狂喜乱舞する騎士クラブの31名の声に押し潰された。
「 勝利は我が帝国に!!! エイ!エイ!オー!!! 」
違うだろ!
……と、あまりにも浮かれてる彼等に誰も突っ込みを入れられなかった。
レティ達は勝った。
レティは個人でもチームでも優勝した。
やったわ!
最後にして優勝したわ!
ズルをしてでも勝ちたい奴等は表彰台の前で胸を張り、台の上では腰に手を当てたレティの高笑いが響いた。
「 オーホホホホ 」
最後は全校生徒で帝国歌を高らかに歌い上げ、大会は大いに盛り上がったのだった。
公正な審判をしようと思っていた、生徒会会長のケインだけが複雑だった。
***
別の日の午後。
レティは皇子様ファンクラブの活動をしていた。
皇子様ファンクラブは毎日活動をしている。
皇子様の話をして、皇子様の姿絵を持参したり、皇子様応援グッズを作ったりするのが活動内容。
他のクラブで忙しいレティはたまに顔を出す程度だったが……
レティも皇子様の姿絵を持っていたので、持参して自慢をした。
「 えっ!? 5番様なのに……皇子様のファン? 」
そう言われると……
何だか気恥ずかしい5番様。
婚約者なのにこんな物を持ってるなんて……
どんだけ好きなのかと。
しかも……
毎夜ベッドで眺めているとは言えない。
だって……
この姿絵は……
白馬に乗った格好良い皇子様なんですもの。
この白馬に乗った皇子様の姿絵はレア物らしい。
誰も持って無くて皆から羨ましがられると言う奇妙なサークル活動をしている5番様は……
皇子様に抱き締められ、キスまでしてる婚約者なのだが。
皇子様と王子様が皇都広場に来ると言う情報をゲットした会員ナンバー1番から4番が、広場に見に行くと言う。
皇子様の外出は見逃せない!
一体どこから嗅ぎ付けて来たのか……
藻女達のリサーチ力には驚くが、名誉会員のレティにも、ちゃんと連絡が来たのが嬉しい限りだ。
「 5番様! 待って下さい! 」
「 遅い! 」
早く行かなければ間に合わないと言うから走って行こうと言う事になったのだが……
藻女の彼女達が、騎士クラブのレティの足に追い付く筈がない。
「 ファンクラブの活動には体力も必要だから、これからは体力作りも活動に入れる事ね! 」
会員ナンバー5番は名誉会員だが厳しかった。
あっ!
いる……
「 何処から見ても頭1つ高い皇子様。その黄金に輝く髪は太陽の如く神々しい 」
1番から4番が皇子様の素晴らしさを語り出した。
もう既に集まっていた人々から注目を集め……
皆はレティを見た。
今、話したのは私じゃ無いわ!
レティは慌てて胸の前に出した両手と首を横に振った。
藻女の彼女達は存在感が薄い。
いや、皆無と言えよう。
だから……
存在感のあるレティに注目が集まったのだった。
アルベルトと会うのは久し振りだった。
皇女様のお里帰りで忙しくなるとは聞いていて、本来ならばこの日にあるお妃教育も中止になっていた。
皇宮にいる人々皆が忙しいらしい。
どうやらグランデル王太子に乗合馬車の説明をしてる様だ。
乗合馬車の前で集まっている人々の中には、文部大臣や沢山の議員達にクラウドや女官達の姿もある。
あれがグランデルの王太子ね。
アルに似てなくもない。
レティは皇太子殿下の婚約者として歓迎パーティーに出席する事になっているが……
予定が延期された事で、まだ3人には会ってはいない。
皇女様の第1皇子でアルの従兄弟。
アルは従兄弟達が来るのが嬉しいって楽しみにしていたのよね。
「 その長い足……綺麗な立ち姿……凛とした佇まい……本当に神話に出てくる神の様だ 」
皆は一斉にレティを見た。
だから……
私じゃ無いってば……
その時。
可愛いドレスを着た少女が、乗合馬車の中から手を差し出した。
皇太子は直ぐ様その少女の手を取って馬車から降ろす。
優しく抱き上げる様にして……
周りがキャアキャアと騒がしくなる。
王女様ね。
確か……
14歳だったわね。
お可愛らしいわ。
王女はずっと皇太子の腕に手を回していて、2人は楽しげに話しをしていた。
「 あれ? 」
気が付くと1番から4番がいない。
彼女達はいつの間にか人垣の1番前に並んでいた。
手には『皇子様こっち向いて』の扇子を持って……広げている。
存在感の薄い藻女達は……
ちゃっかりと皇子様がよく見える1番前をゲットしていた。
そして……
5番様にも前に来て横に並ぶ様にと手招きをする。
いや……
私は流石に1番前は不味いでしょ?
……と、言ってる間に藻女の凄技で1番前に立っていた。
えっ!?
キョロキョロと辺りを見渡すレティの手には……
『 皇子様!ウィンクして! 』の文字を書いた広げた扇子を持たされていた。
皇子様は……
突然現れたレティを驚いた様に凝視した。
すると……
皇子様は……
レティに向かってウィンクをした。
ギャーーーッッ!!
群衆は大騒ぎだ。
「 王子様が……ウィンクを…… 」
1番から4番が頭を押さえてフラフラと倒れていく。
「 1番! 2番! 3番! 4番! しっかりして! 」
***
レティだ。
随分と会っていない。
……と、言っても2週間なのだが……
携帯も何もない時代の恋人同士には切ない期間。
声さえ聞けないのだから。
彼女は扇子を持って人垣の1番前に立っていた。
後ろに下がろうとしているのか、何やら揉めている様だが、5人共に学園の制服を着ていたから友達と来たのだろう。
ん?
手に持っているのは……
『 皇子様! ウィンクして! 』の扇子。
ええっっ!?
制服の裾の色は赤のラインが入っているから、庶民棟の生徒である事は容易に分かる。
レティは白のラインだ。
………そうか……サークル活動中か……
俺のファンクラブって……
何やってんだか……
アルベルトはクックッと笑う。
じゃあ……
可愛い婚約者のリクエスト通りにどぎついウィンクをしてやるか。
アルベルトはレティにウィンクをした。
色っぽいウィンクを。
すると……
悲鳴が上がり大騒ぎになって、レティの横にいたサークルの部員達はふにゃふにゃと膝から落ちた。
うわっ!?
慌てて彼女達を介抱するレティ。
そうだ彼女は医師だ。
めっ!
……と、グーパンチの真似をして睨み付けてくるレティ。
可愛い……
駆け寄って抱き締めたいのを我慢して……
アルベルトは片手を小さく上げて、軽く片目を瞑りながらごめんねポーズをした。
またキャアキャアと歓声が上がる。
もしかして……私に?と、皆がキョロキョロしている。
婆さんまでもが。
皇子様は何をやっても皆を幸せにするのだった。
「 アルベルトお従兄妹さまぁ? 」
喋り掛けても上の空で……
さっきから違う方向を見てるアルベルトの手を取るリズベット。
王女様は群衆が騒ぐことには慣れっこだ。
彼女達に膝を折って介抱しているレティは、早く行けとばかりに片手をヒラヒラさせている。
アルベルトはフッと笑みを残して……
リズベットの方に向き直り、彼女の手を取ってエスコートをしながら王太子のいる方へ歩いて行った。
一部始終を見ていたクラウドが、笑いながらレティに頭を下げる。
これで殿下も少しは癒されるだろう。
ずっと深夜遅くまで執務をしていて、かなりお疲れなのだから。
執務室に戻るや否や、アルベルトはレティ不足だと嘆いている。
「 抱き締めたい!レティを見たら余計に恋しくなった 」
「 駄目ですよ! 公務がこんなにも滞っているのですから! 」
「 見たか? あの可愛らしいグーパンチを……めっ!てして来るんだよ。めっ!て…… 」
そう言いながら頬を染めて自分で自分の肩を抱き締めてフルフルとする。
「 ああ……レティにキスしたい……」
「 殿下……書類を…… 」
アルベルトは渋々書類を手にした。
レティから貰った万年筆にキスをしながら。
これが……
あの完璧微笑みの皇子様なのだから可笑しくなる。
本当に……
殿下も20歳の普通の男なんだなと改めて思う。
アルベルトの幼い頃からずっと仕えて来たクラウドは、レティの存在を嬉しく思うのであった。
──────────────
魚釣り大会は、レティの近況を書く為のものでさらっと書くつもりでしたが……
楽しくて、つい熱心にガッツリと書いてしまいました_(^^;)ゞ
読んで頂き有り難うございます。
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