第382話 奇跡の花の名は




 皇都公園で大道芸人を見たり、初めての皇都を楽しんでいた薬師ダン・ダダンも、医師のマークレイ・ヤングもこんな豪華な馬車に乗ったのは初めてだった。


 それよりも……

 ダンは今まで馬車にすら乗った事が無かった。

 生まれてから1度も領地を出た事の無いダンは、乗合馬車に乗ったのが初めてだったのだから。



 フカフカの椅子の豪華で広い馬車は殆ど揺れない。

 そんな馬車に乗せられて、何が何だか分からずに着いた先が……

 宮殿かと思う位の大きな豪邸。


 後ろに巨大な宮殿がそびえ立っていなければ、公爵邸が宮殿だと思った事だろう。



 中から出てきて出迎えてくれたレティの顔を見てホッとしたが……

 彼女がウォリウォール公爵令嬢で、皇太子殿下の婚約者だと聞き卒倒しそうだったが……

 豪華なソファーに皇太子殿下が座っていて……

 ダンは本当に卒倒した。


 医師が2人もいるもんだから直ぐに意識を取り戻したが、気を失ってる方が良かったとブツブツ呟いてしまう位に、緊張しまくっていた。



 今は皆で食後の歓談中。

 ルーカスとラウルも帰宅して、公爵家は賑やかになった。


 流石にダンは一緒には食事が出来ないと言って、使用人達と食事をしたが。



 マークレイ・ヤングは33歳。

 てっきり40歳代のくたびれた医師だと思っていたレティは、まさかの30代だと聞いて驚いた。

 クラウドより2学年下。


 ルーピンの事は知らないが……

 クラウドの学生時代はそれはそれはモテたのだと。

 庶民棟の女生徒達からの人気も凄かったとか。



 思わぬ人からの思わぬ話に盛り上がったが……

 レティは心を痛めていた。

 2人が徒歩で皇都まで来たと言う事を知って。


 安易に勉強をしにいけと、医師として向上しろと言った事を反省した。

 野菜や、釣った魚を診療代として貰っていた貧しい領地から、遠い皇都に行く事なんて簡単には出来ない事だったのだと。



「 ヤング先生……あの時……無責任な事を言ってごめんなさい 」

「 いや……これは私の責任だ 」

 話を聞いていたルーカスが言った。


「 えっ!? と……とんでも無い事でございます 」

 ウォリウォール宰相とは、医師免許を貰う時に一度会った事がある。

 帝国を支えてきた男のその威厳は確固たるもので、彼を前にしたらガタガタと震えが来たのを覚えている。


 だけど……

 家ではやはり随分と雰囲気が違う。

 奥方様と愛娘に向ける眼差しは限りなく優しい。



「 医師や薬師は国の宝だ。もっと大切にする必要があったな。これは宰相である私の落ち度だ 」

「 今、病院長からの要望を受けて医療改革を進めている所だ。暫し待つが良い 」


 マークレイは気絶しそうだった。

 こんな……

 ただの平民医師に向かって、皇太子殿下と宰相が詫びを言ってくれているのだ。


「 勿体無きお言葉でございます 」

 マークレイは深々と頭を下げた。




 その夜……

 マークレイはフワフワした気持ちでフワフワのベッドにいた。


 彼等は使用人達が寝泊まりしている空いている部屋にいた。

 公爵家の皆は客間にと言ってくれたが、ダンと一緒の部屋で良いからと申し出を断った。


 使用人達の部屋でも……

 自分達の何時も寝ているベッドとは雲泥の差だった。


 お風呂場も……

 蛇口を捻るとお湯が出てくるのだ。

 使用人達の棟は男女に分かれて2つあり、それぞれに大きなお風呂がある。


 本邸の一番近くに建っている家は執事家族の家。

 その他にも家が建っている事から、使用人が結婚をしたらここに家を建てて住まわせてくれてる様だ。



 フワフワしていたのはベッドだけのせいでは無い。

 こんな世界があったのかと……

 貴族なんか高慢ちきで偉そうな奴ばかりだと思っていたが……

 こんなにも気持ちが良い人達がいるのかと。


 大貴族でありながら誰もがフレンドリー。

 嫡男のラウル様は、今度来た時は一緒に飲みに行こうと誘ってくれた。



「 なあ、ダン……俺ももっと勉強をしたら良い医者になれるだろうか? 」

「 先生の腕は確かなものです。自信を持って大丈夫です 」



 リティエラ医師……

 エネルギーの固まりの様な女性だ。

 まるで……

 生き急いでいるかの様に。



 本当は……

 皇都病院に行けば……

 彼女に会えるかもと思ってたんだ。



 まさか……

 皇太子殿下の婚約者だったとは。


 しっかりと2人のイチャイチャしてる所も目撃してしまったし……

 殿下が帰城なさる時は……

 馬車に乗り込む殿下とこっそりとキスをしていた。



 マークレイ・ヤング33歳独身。

 彼は小さな恋心に蓋をした。





 ***




「 先生……お早うございます。俺……やっぱり煎餅布団の方が身体に合っているのかも……全然寝られませんでしたよ 」


 いや……

 お前、凄いイビキだったぞ!


 顔を洗っていると、使用人達が爽やかな挨拶をしてくれる。

 この家の人達は皆が気持ち良い。



 昨夜、起きたらここに来る様にと言われ、公爵家のダイニングルームに向かった。


 美味しそうな匂い。


 昨夜の夕食も腹を壊しそうな料理だった。

 何よりも……

 皇太子殿下とテーブルを共にしたのだ。

 これは近所の噂好きな患者に自慢話をしなきゃな。


 ダイニングルームに入ると……

 マークレイは固まった。



 そこには……

 学園の学生服を着たリティエラ医師がニコニコと笑って座っていた。


「 お早うございます。昨夜は眠れましたか? 」

「 き……君は……学生……??? 」

「 はい、4年生になりましたのよ 」


 嘘だろ?

 あの医療技術が……学生の……?


 マークレイは、噂好きの患者からは皇太子殿下の婚約者がまだ学生だとは聞いていなかった。


 いや、それよりも……

 学生があんな一流な治療が出来るのか?



「 早く座って! 食べ終わったら見せたいものがあるの 」

 気が付くと、家族全員がテーブルに付いていた。

 公爵家は毎朝、皆で食事をとるのが習慣だと言う。


「 お……お早うございます」


 皆で食事をした。

 昨夜の夕食は、ビュッフェスタイルで、自分でお皿に取り分けて食べたが……


 学園では庶民棟の平民生徒達に向けて、食事のマナーの講習がある。

 希望者だけだが……

 医師になるにはこんなマナーも必要だと先生から言われて、講習を受けたのだが……

 真面目に受けていて良かったと心底思った。


 勿論、ダンは使用人達と一緒に食事をした。




 ***




 ダンは歓喜した。

 公爵邸の庭は薬草の宝庫だった。



 レティはワクワクしていた。

 あの花の事を、彼等は何か知っているのかもと。



「 この花は……この花を見て何か感じませんか? 」

「 初めて見る花だな 」


「 ダンさんは? 」

「 俺も……初めて見た 」



 あああ……

 やっぱり、この花との出会いはまだなのね。

 レティはヨヨヨと項垂れた。


 貴方達!

 今が花との出会いよ!

 さあ!さあ!さあ!

 どうよ!?


「 レティ! 学園に行く時間よ 」

「 はぁい。今行きます 」


 レティはマークレイに皇都病院の医師である、ユーリ・ラ・レクサス医師を訪ねる様にと言った。

 レティの先輩医師だからと。

 ダンも連れて行って、皇宮病院にある薬棚を見せて貰う様にと。


 ダンは渋ったが……

「 貴方は薬師よ! その知識、技術に自信を持って更に更に学びなさい!学ぶのよ! 」


 レティは、学園から帰るまでは絶対に帰っちゃ駄目だと念を押して登校して行った。





 ***




 ユーリとの出会い。

 彼は若いながらも夢がある医師だった。

 彼もまたリティエラ医師の事を好いている様だった。

 特別な存在だと言って嬉しそうな顔をした。



 カンファレンス室で、カルテを見させて貰っていたら……

 あの時の差別発言をした医師がいた。

 トラウマの言葉を言った先輩医師にマークレイは緊張をした。


 また何か言われるのかと思ったら……

「 随分と久しぶりだな。もっとここに顔を出さなきゃ駄目だぞ! 」

 彼はにこやかにマークレイの肩を叩いて、応診に向かった。


 言った奴は忘れているのか……



「 差別する奴はどんな奴にでも差別をするんだから、そんな低俗な考えしか出来ない奴のクダラナイ言葉をずっと胸に持っててどうするの? 」


 あの時に言われたリティエラ医師の言葉が思い出された。


 もう……

 前を向ける!



 ユーリと一緒に庶民病院に行き、ロビン・フリムスと言う医師を紹介された。

 昨年に、2人でローランド国に留学した時の事を熱く語ってくれた。


 ロビン・フリムス。

 この医師がリティエラ医師が行っていた、外国に留学したと言う平民医師だ。



 楽しかった。

 自分よりも十は年下の彼等の知識は凄いものだった。

 こんなにワクワクしたのは初めてだった。

 彼等の話しに夢中になり、自分も何かしたいと思った。





 学園から帰宅したレティは……

 ダンに薬草学の本を渡して、夜遅くまで薬草の話を語り合った。


 そうだった。

 彼女は虎の穴の薬学研究員なのだ。


 ダンには最新の薬学の本。

 マークレイにも最新の医学書をプレゼントされた。

「 こんな高価な物は…… 」

「 私の投資よ! これで領地民達を助けて! 」

「 あ……有り難う。嬉しい。有り難く貰っておくよ 」

 2人は本を大事そうに鞄に入れた。



 結局、その夜も公爵邸に泊まる事になり、彼等は翌朝帰って行った。

 公爵家が手配した辻馬車と一泊の宿代を持って。



 ダンの手には白い花の鉢植えがあった。

「 良い? この花を増やすのよ! そして、この花を何とかするの! 何とかしてね! 出来るだけ早くお願いね! 」


 レティのこの花への熱意が、ダンにも伝わった様だ。


 毒草は扱い方を間違えたら命取りだ。

 彼は大事そうに、この白い花を抱えた。




 薬学研究員達も知らない名も無き花。

 レティはこの白い花を皇宮のガラス張りのハウスに移した。

 先ずは増やす事が重要だと。 



 未来は私の居た未来では無くなってしまっている。

 もしかしたら……

 彼等は何も成し遂げ無いのかもしれない。


 だけど……

 今は……

 彼等に託すしか無い。


 この名の無い花と彼等に。




 そして……

 その名の無い毒草に名前が付けられた。


『 キクール草 』


「 えっ!? そんな名前? 」

 そりゃあ効きそうな名前だけれども……

 夢も希望も無い。



 名付け親は……

 爺ちゃん達だった。


 爺ちゃん達がイニエスタ王国から持ち込んだ種だから、爺ちゃん達に頼んだのと。


 いや……

 育てて花を咲かせたのは私ですが……



 爺ちゃん達は面倒くさそうに、「 キクール草 」にしろと言ったそうだ。


 爺ちゃん達……

 この花は奇跡の花と称賛された凄い花なのよ。



 そして……

 爺達は言った。

「 毒を以て毒を制す 」

 ……と、言うじゃろ? この花が何かの役に立てば良いと。



 爺ちゃん達のネーミングのセンスの悪さには辟易したが……

『 毒を以て毒を制す 』は、心が惹かれた。



 私はヤング医師に手紙を書いた。


 あの白い花の名は『 キクール草 』

 花言葉は『 毒を以て毒を制す 』と付け加えて。















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