第381話 名の無い花

 




 秘密の部屋の毒関係が置いてある本棚を見る。


『毒草の種類』『毒薬の作り方』『毒の致死量を知る』

 どんだけ毒を研究したのか。

 でも……

 研究したからこそ危険な薬草だと判明してるのだから、同じ薬学研究者としてはこれも必要な事だと分かっている。


 作った事は無いが毒の作り方は知っている。

 解毒剤の作り方を学んだ時に薬師のミレーさんから教わった。

 決して作ってはいけないものだと念を押されて。



 本棚に並んでいる『毒草の種類』の記述書を手に取った。


 調べると……

 あの花の記載は無かった。

 我が国では認識されていない花。

 イニエスタ王国だけに咲く花なのか?



 先ずは……

 あの花を増やす事に専念しなければならない。


 この後にミレーさんに相談をして……

 薬草畑の奥にある硝子張りの薬草ハウスに株を移させて貰おう。

 研究員の中には栽培の達人がいるので、彼に任せたら来年の春には沢山の花が咲くだろう。



 部屋から出ると……

 レティはアルベルトの背中をパンパンパンと両手で3回叩いた。

 それも力強く。


「 レティ!? 痛いよ! 何?いきなり…… 」

「 除霊よ! 皇子様に呪いが付いて来たら大変! 」


 皇太子殿下にこんな事をするのはレティだけである。



 そして……

 自分の背中も3回叩けと言う。


「 呪いなんか無いってば 」

「 ループしてる私を見ても無いと言える? 」

 これはもしかしたら何かの呪いかもよと、アルベルトに背を向けて早く叩けと言うレティ。


 小さい背中だ。

 確かに……

 彼女の数奇な運命を思うと……

 呪いだと言われたらそうなのかも知れない。



 アルベルトは小さな背中を優しくトントンと叩いた。


「 そんなもんじゃ邪悪なメフィストを追い出せないわ!それに、叩くのは3回よ! 」

 フンムと怒るレティにダメ出しをされた。


 うわっ!

 変な物が取り憑いてる事になってる。



 アルベルトはクスリと笑って、サラサラとしたレティの亜麻色の長い髪を取り分けて……

 腰を折り、その白くて細いうなじに顔を近付けて……

 キスをした。

 3回。



「 ☆※*#×☆*※ 」

 言葉にならない言葉を発して振り返ったレティが、これ以上大きくならない程に目をまん丸く見開いている。


「 皇子様のキスは呪いを解くんだよ! 知らなかった? 」

 口をパクパクさせて何か言いたそうなレティは、真っ赤な顔をして両手で顔を隠してしまった。


 してやったりと、アルベルトはご機嫌で秘密の部屋の扉を閉めた。

 ガタガタと本棚が動いて元通りになる。



「 そうだ! 皇子様のキスを全身にしたらループの呪いが解けるかも 」

 どう? と、アルベルトが甘~い顔をして、レティの顔を覗き込むと……

 何で、何時も何時もエッチな事ばかり言うのよ!とレティはアルベルトの頬を摘まもうとして……

 2人はそのままイチャイチャモードに。




 そんな2人を見つめる視線に気が付くと……

 滅多に人が来ないエリアに………男がいた。



 テーブルの上に広げた本は医学書。

 その男はレティを見て固まっていた。


 しまった!

 人がいた……

 慌ててアルベルトから身体を離す。


「 ………リティエラ医師? 」

 名前を呼ばれて……

 知っている人の前でイチャイチャしたのかと、驚いて男の顔を凝視すると……


「 ………ヤング先生…… 」



 今日は凄い日だ。

 こんな偶然ってあるの?



「 どうしてここに? 」

「 べ……勉強をしに…… 」


 この本棚は医療関係の本棚だ。

 医学書を前にしたマークレイ・ヤングは吹っ切れた様な良い顔をしていた。



 レティは嬉しくて嬉しくて……

 マークレイの手を取ろうと手を伸ばした……が……

 アルベルトに手を掴まれた。


「 誰だ? 」


 あっ!

 アルがいたんだったわ。

 忘れてた。


「 さっき言ってたヤング医師よ。ボルボン伯爵領地で……… 」

 レティは背伸びをしてこっそりと耳打ちした。


「 今は、ボルボン伯爵領地からスリーニ伯爵領地に変わったけどね 」

「 そうなの? 」


 ボルボン伯爵はあの後、ルーカス宰相にとことん調べあげられた結果、数々の不正が露呈して、皇帝陛下から領地を没収されていた。



「 領主が代わって随分と暮らしが良くなって、医師も1人増えて……それでここまで来たんだ 」

「 まあ!それは良かった。ダン薬師も一緒に来られたのですか? 」

「 勉強をしようとね……思いきって2人で出て来た 」

 図書館は平民は入れないので、ダンは皇都広場に残して来たのだと言う。



 話しながらも……

 マークレイがチラチラとアルベルトを見て……見て……見た。


「 も……も……もしかして……皇太子殿下……? 」

 マークレイは直立不動になり慌てて頭を垂れる。


 この国で皇子様の顔を知らない者はいない。


「 何時ぞやは彼女が世話になったな 」

「 彼女? 」

 良く見ると2人は手を繋いでいる。

 さっきはイチャイチャしていた。


 皇太子殿下が……

 手を繋いだりイチャイチャする令嬢はただ1人。

 婚約者だ!


「 き……君は……もしかして……ウォリウォール公爵令嬢!? 」



 皇太子殿下の婚約者の公爵令嬢が医師なのは知っていた。

 美しくて、天才で、弓矢をやる様な勇ましい令嬢。


 お喋りな患者達が世間の事を教えてくれる。

 そんな婚約者を皇子様は溺愛してるのだと……

 側室制度を廃止してまで。



 だけど……

 彼女が……

 彼女の医師のスキルは確かなものだ。


 皇宮病院の医師達の中には名前ばかりのぼんくら医師しかいないと、庶民病院の医師達が言っていた。


 だから……

 皇太子殿下の婚約者が医師だと聞いても、そんな名ばかりの医師だと思っていた。



「 知らなかったとは言え……君いや……ウォリウォール公爵令嬢様には…… 」

「 リティエラで良いわ。ウォリウォールの名は出したくないから 」


 シルフィード帝国では泣く子も黙る誰もが知っているウォリウォールの名前だ。

 皇子の顔を知ってる様に、ウォリウォールの名も知らない者はいないのだった。



「 それに同じ医師よ。それよりも……ヤング先生が動いてくれて嬉しいわ 」

 彼女は天使の様な微笑みをした。


 ドキリと胸が高鳴り顔が熱くなる。

 すると……

 背の高い皇太子殿下からのひと睨みがあった。

 どうやら溺愛は本当らしい。



「 ヤング先生。この後の予定は? 」

「 今日は……庶民病院に泊まらせて貰って、明日皇宮病院に行くつもり……です 」

 病院に行けば、患者を診る事で泊まる事が出来るだろうと考えていた。



「 じゃあ、今夜は私の家に泊まって行って! 」

「 ええ!? 」




 ***




 マークレイとダンは朝方皇都の西町に着いた。

 お金の無い彼等は野宿をしながら徒歩で皇都に向かっていた。

 途中で薬草を摘んだりしながら……


 西町から皇都広場まで行く乗合馬車が無料であると、噂好きの患者が言っていた事もあり、1時間待って乗合馬車に乗った。


 ……が……

 皇都をぐるりと巡る旅となり、随分と時間のロスをした。


 どの町からも見える巨大な宮殿。

 皇都に初めて来て興奮しているダンを見ていると、たまには時間のロスも良いもんだと思えた。


 マークレイにとっては暫く振りの皇都だった。



 マークレイは、ボルボン領地の小さな診療所を営む医師の息子に生まれた。

 子供の頃から頭が良く、学園には奨学制度で4年間過ごした。

 庶民棟の生徒は全寮制で、貴族棟の気取った生徒達は何かと目障りだったが、関わり合わなければ平民ばかりの学園生活はそれなりに楽しかった。



 だけど……

 医師になってからは貴族の医師と関わる事に。

 そこで彼は差別的な言葉を浴びせられ、皇宮病院を辞めて領地に戻ったのだ。

 医師だった父親が病に倒れた事もあって。



 今から思えば……

 差別されたと思った貴族医師の言葉も、それ程の言葉では無かったのかも知れない。

 あの日やって来た彼女に、胸ぐらを掴まれた時からそう思う様になった。



 レティとの出会いが……

 医師としてのマークレイ・ヤングを奮起させたのだ。




 しかし……

 今……平民の自分が公爵家の豪邸にいるなんて……







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