第3章

第235話 新たな始まり


 アルベルト皇太子殿下の誕生日は4月の初めである。

 彼は今日19歳になった。


 皇帝陛下みたいに国をあげてのお祝いはしないが、謁見の間において貴族達が皇太子殿下にお祝いの言葉を述べる行事が今年から始まった。

 これからは皇太子殿下の公務に、学生だからと考慮されていた儀式や行事がどんどん行われる様になって行くのである。


 レティは学園があるので勿論欠席だった。




 レティは卒業式以来アルベルトに会っていなかった。


 学園で会う以外は彼が公爵家にやって来るか……

 レティが虎の穴に行った時にやって来るか……

 はたまた皇宮病院に行った時にやって来るか……

 この2人はそんな会い方しかして無かったのであった。



 招待状も持たないで突然殿下に会うには……

 前に、クラウド様に面会をしに行った時の方法で良いのよね。


 今日は誕生日なのだからプレゼントを渡したかったし、おめでとうを言いたかった。


 手作りのケーキも持って……

 会えなかったら……誰かに渡して貰えば良いわよね。

 今日はお忙しくしてらっしゃるだろうから……



 可愛らしいピンクのワンピースに白のカーディガンを羽織り、公爵家の馬車に乗って皇宮に行く。


 虎の穴や皇宮病院には来てはいるが、宮殿の正面玄関からは1人では入った事は無い。

 入る時は何時も父が一緒か或いは招待状を持っていたのである。



 馬車から下りて、以前に行った面会要請室に入る。

 そこに置いてある書類に面会したい人と用件を記入して、各秘書官達と面会をしてから、目当ての人に会えるかどうかの判断があると言う。


 内容によっては秘書官にも会えずに門前払いもあるらしい。

 いや、殆んどが門前払いである。


 面会したい人は……皇太子殿下

 用件は……プレゼントを渡したい


 横のお姉さんの書類を覗いたら……私と全く同じ内容だった。

 そうね……今日は殿下の誕生日なのだから……



 書類を提出したら、受付のお姉さんが大きな箱を持ってきてプレゼントを入れる様に言う。

「 皇太子殿下に会えるわけないでしょ? 」

 受付のお姉さんが鼻で笑った。


 私と彼女が顔を見合せ肩を竦めた。

 確かに……

 無謀な事を書いたな……と、ちょっと恥ずかしくなってしまった。



 そこには沢山のプレゼントの箱が入っていて、そのプレゼントを入れた大きな箱はもう30箱位になってるらしい。


 流石……我が国のアイドルスターだわ……


 いや……感心してる場合ではない。

 殿下に会えなかったら誰かに渡して貰おうと思っていたが、いくら何でもこの箱に入れるわけにはいかない。

 1つはケーキが入ってるし……


 仕方無い……帰ろう。


 会いたかったな……

 面会要請室を出てとぼとぼと歩いていたら……



「 レティ! 」

 えっ!?……殿下?

 顔を上げて声のする方を見ると殿下が私に向かって駆けて来た。

 周囲の人達が驚きの声でキャアキャアと騒いでいる。


 レティと同じ要望を書いたお姉さんが、目を輝かせて頬に手をあて真っ赤な顔をしている。


 ウフフ……私達皇太子殿下に会えましたね。

 そんな事を思っているレティに皇太子殿下が駆け寄ると、いきなり彼女を抱き上げ踵を返して早足で歩いていく。


 お姉さんは更に目を見開いてレティを見ていた。

 まさか……面会要請室で隣にいた女性(ひと)が皇太子殿下の婚約者だとは夢にも思わないであろう……



「 !? 」

 突然の事に驚きで声もあげれない。

 思わず殿下の首にしがみつく。


 皇太子殿下の誕生日だと言うことで何時もより人の往来が多い中、突然現れた皇太子殿下に驚いていたが……

 その皇太子殿下が1人の少女を抱き上げて歩いているもんだから、それはもう大騒ぎになっていた。



「 アル! 何? 」

「 会いたかった 」

 片腕でレティを抱き上げたままどんどん道を歩いていく……

 宮殿の中に入っても行き交う人が、驚いた顔をして2人を見ていた。


「 何処に行くの? 」

「 良いところ 」

 レティを抱き上げたまま皇宮の奥にどんどんと進む。

 警備員や護衛騎士達がにこやかに頭を下げる。

 皇族のプライベート住居の、とある部屋の大きな扉の前まで来ると警備員がドアを開ける。


 そこは丸いテーブルが5台位あり、テーブルには綺麗なレースのクロスが掛けられ、周りにある花台には綺麗な花が飾られていた。

 テラスに面した大きな窓には淡いクリーム色のカーテンが吊るされ、天井にはシャンデリアがあった。



「 実は丁度レティを迎えに行く所だったんだ 」

 そしたら門番がレティが来たと知らせてくれて探していたそうな………


「 それにしても君は僕の婚約者だと言う自覚が無さすぎる

  」

 どうやら私は既に顔パスで何時でも宮殿に入れるらしい。

 正面玄関の警備員に来訪を告げると案内人のスタッフが目的の場所まで案内してくれると言う……


「 それにもう君の住まいになるのだから、宮殿の中も覚えなくっちゃね……」

 そう言って殿下は私をトンと下ろし………抱き締めて来た。



 住まい?ここが?

 アルベルトの腕の中でキョロキョロするレティに彼はクスリと笑う。


 どうやら私は本当に殿下の婚約者だと言う自覚が無いらしい……



「 ここは小さなパーティー会場かな……母上がよく茶会に使っているよ 」

 アルベルトは椅子を引いてレティを座らせると、手をあげスタッフを呼んだ。


「 誕生日を一緒に過ごして欲しかったんだ 」

 そう言って破顔した。

 ああ……久し振りの笑顔にドキドキする。

 この美しい顔には何時までも慣れない……



 テーブルに食事がどんどん並べられると、アルベルトは皆を下がらせた。

 グラスにシャンパンを注ぎ2人で乾杯をする。


 新しい公務が増えてずっと忙しくて外出も多く、女官達への仕事の振り分けや、慣れない仕事で気が付くと深夜になっていたりしていたらしい。


「 会いたくて気が狂いそうだったよ 」

 そう言って、嬉しそうにレティの顔を覗き込んで来る。

 何だか恥ずかしくて顔を反らす。

「 あっ!プレゼントがあるの 」

 ケーキの包みと小さな箱を持ってきたバスケットから取り出した。


「 あれ? 胸のポケットには入れて来なかったの? 」

 殿下が悪そうな顔をしてニヤリと笑う。


 こんなもんが胸の谷間に入るわけ無いでしょうが!

「 もう……あげない 」

「 ごめんごめん……だってあれ……嬉しかったんだ 」

 嬉しいと言われて……

 嬉しいと言ってしまって……

 2人で赤くなる。


「 は……早く開けて…… 」

「 うん…… 」

 

 アルベルトが紙袋の中に手をやると

「 うわっ!? 」

 ……と言って飛び上がった。

 中には茶色い物体が………

 レティがニヤニヤしている。


「 な……何これ? 」

「 ウフフ……カツラよ 」

 カツラ!?

 誕生日プレゼントにカツラ?

 意味が分からない……


「 変装用のカツラ、私のもあるの! 」

 レティも紙袋をゴソゴソとしている。


「 2人で変装してデートするの…… 」

 ああ……成る程……

 前に制服デートした時に言っていたな。


「 アルも被ってみて! 」

 そう言いながらレティもカツラを被った。


 アルベルトが亜麻色の髪のカツラで、レティは金髪だった。

 そう、2人の髪の色を交換した形である。



 亜麻色の髪の殿下………

 何?何?……このかっこ良さは……


 金髪のレティ……

 可愛い……お人形さんみたいだ。


 2人は暫し黙って見つめあう。

 すると……

 アルベルトはレティの座っている椅子をガッと引き寄せキスをした。


 唇を外すと……


「 お誕生日おめでとう 」

 顔を赤らめながらレティはアルベルトの首に手を回してハグをした。


 嬉しい……

 恥ずかしがり屋の彼女からこんな風に愛情を示してくれる事は滅多に無い。

 アルベルトはギュッとレティを抱き締めた。



「 有り難う……カツラ……」



 皇子様は……

 誕生日プレゼントにカツラをくれる彼女をとても好きなのである。





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第3章からはもう少し確信に触れて行こうと思っていますので、どうぞ引き続き宜しくお願いします。


読んで頂き有り難うございます。

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