第232話 閑話─不憫な王女
帰国したイニエスタ王国のアリアドネ王女は泣き暮らしていた。
シルフィード帝国の皇太子殿下、アルベルト・フォン・ラ・シルフィード皇子の噂はイニエスタ王国にも伝わって来ていた。
彼は、遠い異国の皇子様としてイニエスタ王国の女性達の憧れとなっていた。
イニエスタ王国には王子が2人いて、アリアドネ王女は末っ子姫でとりわけ両親から可愛がられていた。
王太子である第1王子は既に結婚していて第2王子も婚約者がおり、残るは王女だけであった。
2人の兄王子は政略結婚であり、王女も他国の王子と結婚させる予定で集められた候補者の姿絵の中に、シルフィード帝国のアルベルト皇子の姿絵があった。
それはアルベルト皇子の立太子の礼の時の姿絵だった。
シルフィード帝国もアルベルトの婚姻の為に、各国に皇子の絵姿を送っていたのである。
ブロンドの髪にブルーの瞳、白の軍服姿に赤いサッシュに赤いマントの皇子………
きっと背も高いのだわ……
王女はこの姿絵に恋をした。
例え贔屓目に描いていようとも……
「 こんな素敵な皇子がいるなんて…… 」
ワタクシは運が良いわ!
政略結婚に何の期待もしていなかった王女が、前のめりになるのも当然だった。
王族の姫ならば、国の為に婚姻を結ぶのは当然だと言われ、何時かは国を出て他国へ嫁ぐものだと思って生きて来たのである。
「 お父様! ワタクシこの方に決めました! 」
「 おお、我が姫は目が高いのう、帝国のアルベルト皇子ならば何の問題もない、寧ろ大歓迎だ 」
父王は手放しで喜び。
王妃である母は、政略結婚である皇子を好きになるなんて素敵な事だとうっとりとした。
アルベルト皇子に恋をした王女は色んな手順を踏まずに、丁度シルフィード帝国の建国祭の招待を受けた事もあり、アルベルト皇子に会いたいが為に、遥々海を越えてシルフィード帝国にまでやって来たのであった。
港に出迎えに来ていた皇子を見て王女は本気で好きになり彼を欲しくなった。
姿絵よりも実物の方がカッコいいなんて……
背が高くて逞しい胸……
お兄様達とは大違いの皇子だわ。
それに……なんて物腰が優雅で優しく笑うのかしら。
同じ様に皇子目当てで来国していた他国の王女姉妹に他国の公爵令嬢達がライバルであった。
しかし……
公爵令嬢なんか問題外だしこの王女姉妹になら勝てるわ!
国も我が国の方が大国だし……
何よりもワタクシの方が数倍美しいのだから……
先ずは印象付けなきゃならないわね。
「 あら……キスをして下さいませんの? 」
「 これは失礼 」
そう言ってアルベルト様はワタクシの手の甲にキスをしたわ。
あんなに熱い瞳でワタクシを見つめるなんて……
そして……
舞踏会では皇帝陛下と皇后陛下のファーストダンスを待たずに、王女と踊った事から彼は完全に自分に恋をしたのだと確信したのだった。
ワタクシの我が儘もアルベルト様は何時も優しい瞳をして叶えてくれる……
帰国後は直ぐにでもシルフィード帝国から婚姻の打診があるかと思いきや、待てど暮らせど何も言って来なかった。
そこで、シルフィード帝国の軍事式典のお祝いに便乗して、またもや単独で乗り込んで来たのだった。
父王からも根回しは出来ているから後は任せなさいと応援されていた。
しかし……
そこには以前には存在しなかった帝国の公爵令嬢がいた。
王女と踊った後に王女を置き去りにし、彼女のデビュタントに皇子がファーストダンスを踊ったのである。
蕩ける様な甘い甘い顔をしながら……
確かに様相はワタクシに負けないかも知れないけれども……
たかが公爵令嬢のくせに皇室と王家の婚姻を邪魔するなんて……
絶対に許される物では無いでしょ?
だけど……
あの日、アルベルト様は公爵令嬢にキスをした。
頭をハンマーで殴られた様なショックで立ち尽くしている所に侍女達がやって来て……後は帰国するまでよく覚えていなかった。
そして……
その後の婚約発表……
国王である父からはもう諦める様に言われ、王妃の母は次なる婚姻話を持って来ていた。
「 ドネや、そなたはこんなにも美しいのだから、直ぐに素敵なお相手が見付かるわ…… 」
「 あの皇子より、素敵な男(ひと)がこの世にいる? 」
枕を投げつけ侍女に八つ当たりをして王女は泣き暮らしているのであった。
アルベルト様は私の事を好きだったじゃない!
あの逞しい胸に抱かれた事は忘れられない……(←自分から抱き付いて行っただけ)
城の者は、泣き暮らしている王女が不憫であった。
王女と言う最良物件が求婚した上にあんなに好条件を提示したと言うのに……
何故公爵令嬢なんかを選んだのかしら?
王女だけでなく……
王女の周りも不思議で仕方無かった。
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