第211話 疑惑



皇宮病院に戻ると病院長がいて応接室に通された。

治療の報告だけで応接室に通されるなんて事は無いので、皇太子殿下がいるからだろうと考えるのが正しい。


医院長、副医院長、グレイとユーリと皇太子殿下とその婚約者である医師レティがソファーに座る。



先ずは事故の説明をして、処置をどうしたのかをカルテに記入する。

普通にサラサラと書き最後にサインをしたレティを、皆が驚いた様に凝視していた。


し、しまった……初心者らしくするのを忘れていた……


良いじゃないの……

書類位はどんなポンコツでも書けますわ……と言う顔をしてスンとすました。


医院長から、あの時君がいてくれて助かったと、君がいなければ彼は死んでいただろうと、お礼を言われた。

グレイ班長も心からお礼を言うと言って頭を深く下げた。


副医院長が

「 リティエラ嬢……いや、ここではリティエラ先生と呼ばせて貰います 」

先生と言う言葉に少し嬉しくなって、ユーリ先輩を見た。

目が合ったユーリ先輩は嬉しそうにしながら聞いてきた。


「 今日はよくやったね、心肺蘇生術は誰に習ったんだい? 」

そりゃあ、聞きたいわよね。

「 図書館で医学書を読んだ時に、頭に叩き込みました、上手く出来て良かったです 」


「 ほう、流石に天才君は違うね……本からだけで、実践に移せるなんてね、君はまさしく医師になる為に生まれて来た様なもんだ 」

医院長と副医院長がニヤニヤと嬉しそうにしている所が、何だか腹立たしい。



それでも……

あの時、レティの他には誰も医師はいなかったのだから、助かった騎士はラッキーだったと言えよう。


グレイ班長の話によると、その騎士は訓練の最中に突然心臓を押さえて倒れたのだとか……

ああ……

もう彼は騎士としては無理かも知れない。

辛いだろうな……

自分も騎士を目指していたから余計に胸が傷んだ。



ふと視線を感じて視線の先を見ると殿下と目が合う……と、殿下がさっと目を逸らした。

─何??


アルベルトは一人用のソファーにドカッと座り、足を組み、肘掛けに頬杖を付いてずっと不機嫌そうな顔をしていた。



いや、アルベルトは不機嫌だった。

全く面白くない。

一番見たく無い光景を見てしまったのだ。


レティとグレイが見つめあって何やら話をしていると、レティが頬を染め嬉しそうにしていたのだ。



グレイは24歳……大人である。

黒髪で瞳の色は琥珀色の丹精な顔立ちは、従兄弟であるエドガーと少し似ている。

令嬢達からの人気も高く縁談も数多く来てるらしいが、まだ騎士として鍛練をしたいと断っていると聞く。

女性の噂も無く、誰か想い人がいるのではと周りは噂しているとクラウドから聞いた。


想い人は……まさか……レティ?

以前はレティのグレイを見る目が普通じゃないと思っていたが、最近はグレイのレティを見つめる目が甘く感じる。


勿論グレイが俺を裏切らないのは分かりきってはいるが、それでも面白くないのだから仕方ない。


それに…… 今回はユーリと言う医師もいる。

レティは先生と呼ばれて嬉しそうにユーリを見た。

あれは何なんだ?

そして何時もは淡々として、生意気な感じのユーリもレティには極端に甘く接しているのだ。



「 終わったのなら帰るぞ! 」


アルベルトはまた、レティと目も合わさずにレティの手を取り歩き出した。

長い足でスタスタ歩くもんだからレティは小走りになる。


「 アル! 」

「 ……………… 」


返事もしてくれない………何か怒ってる?

その何かが全く思い当たらない。


「 アル………大好き………」

「 ………………… 」

レティから大好きだと言われて、アルベルトは嬉しくてにやけてしまいそうになるが……

今日の憤った気持ちは中々素直にはなれない。


─駄目?

じゃあ、お姉様達のアドバイス通りにいっぱい大好きを言おう!


「 大好き、大好き、大好き大好き大好きだいすけだいしか………あれ? 」

上手く言えない。

もう一度……

「 大好き大好き大好きだいすきだいしきだいすけだいすか……あれ? 」


ブッ………

大好きを連発してる……

アルベルトは吹いて、足を止めてケラケラ笑い出した。

早口言葉じゃないんだから……

可愛くて、可笑しくて、愛しくて胸がキュンとなる。


「 レティ、いっぱい大好きを有り難う、僕も大好きだよ 」


レティにたまらなくキスをしたくなったアルベルトは、赤くなった可愛い頬をそっと両手で挟み……顔を近付ける……



しかし……

レティはアルベルトの両頬を掴み、うにっと捻りあげた。

「 アル! こんな所で止めてよ!」

周りは、護衛騎士だけでは無く、警備員やメイド達までいて……皆が二人を顔を赤くしながら凝視していた。


アルベルトが片手をさっと上げると、皆が一斉に後ろを向いたり、顔を伏せたりした。


「 さあ、もう誰も見ていないよ 」

「 キャーッ止めてーっ!!」

キスを迫るアルベルトにレティは更に頬を捻る。

「 レティ……痛いよ……」

迫るのを止めたアルベルトからレティの手が離れる。


皇太子殿下にこんな事をするのはレティだけである。

護衛騎士達やスタッフ達が肩を振るわせ笑いを堪えている。


アルベルトは頬を擦りながら……

「 レティ、皇宮には沢山の人がいる、俺の周りには特に沢山の人がいるんだよ、これに慣れて貰わないとここでは暮らしていけないよ 」

「 皇宮ではしないって前にも言ったでしょ!キスなんて何処ででもするもんじゃ無いわ! 」

「 俺は平気だよ 」


平気……

この皇子には恥ずかしいと言う言葉は無いのかも知れない。


前に……

お兄様が『 アルはもしかしたら未だにパンツまで侍女に履かせて貰ってるのかも知れない 』と言っていた事を思い出した。


そうなのだ……

彼は皇子様なのだ。

この皇宮で、大勢の人に傅かれて生きてきた正真正銘の皇子様なのである。


レティは引いた。

思いっきり引いた………


無理……

未だにパンツを履かせて貰ってる男性(おとこ)なんて無理……


レティは「 無理ーっ 」と叫びながら駆けて行った。



可愛いな……照れちゃって……

そんなに人前でのキスは嫌なものなのか?

じゃあ、婚約式の時のキスは何だったんだ?

一人取り残された皇子様は頭を捻ったのであった。


レティに……

未だにパンツを履かせて貰ってる皇子(おとこ)と言う疑惑を持たれてるとも知らずに……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る