第210話 学生服を着た医師



学園は学期末試験の期間に入っていた。

期間中はクラブが停止するので、レティは学園帰りに皇宮病院に通っている。


3度も試験を経験してるので、今更試験勉強をする必要の無いレティは、クラブの無いこの試験期間を有効に使っていた。

前回の試験の時は、軍事式典に来ていた弓兵部隊の訓練を見学者しに、騎士団の訓練場に通っていたのであった。


掌に怪我をした事で病院に行く事が多くなり、医師としての意欲が目覚めてしまったレティは、医師会から病院にお手伝いに来る様に言われていたこともあって、この機会にと思ったのである。



消毒薬の匂い、薬草の匂い、ガーゼに包帯………

懐かしい……

私は確かにここに居た。


診察室の奥の部屋に入ると中央に大きなテーブルが置かれ……てはいなかった。

小さい机が何台か置かれているだけであった。

あれ?

大きなテーブルを挟み、皆でカンファレンスをしたのに……


レティは勘違いをしていた。

この場所はレティが居た場所では無かったのである。

レティが居たのは今から3年後の病院であるのだから……

この時はまだ、医師達が集まってカンファレンスをすると言う事はしていなかったのだった。


この後、レティの進言でテーブルが置かれ、カンファレンスを行う事で貴重な情報交換をする事により、やがてシルフィード帝国の医学が進歩する事に繋がって行くのである。




貴族には主治医がいるので病気になると主治医は邸宅に往診をする。

レティも昨年の暮れに熱を出した時は、医師に往診して貰っていた。

だから、皇宮病院は医師は往診に行ってる事が多いので、残っているのは病院長とその日の病院担当医になる事が多かった。


2度目の人生での医師レティは、貴族だけを診る皇宮病院に物足りなさを感じて庶民病院に転院したのだった。

勿論、皇太子妃(おうじょ)の主治医になれと言われて、それが無理で庶民病院に行ったと言う切ない理由もある。



レティは、器具の消毒をしたり包帯を作ったりして雑用をこなしていた。

「 リティエラ君、急な依頼が入って往診に行って来るからお留守番を頼むね 」

担当医が呼びに来た人と慌てて連れだって行った。


残ったのは、レティと病院のスタッフの女性達だった。

今日はこのスタッフ達から色んな事を教えて貰っている。

……と、言っても元々知っている事なのでお復習(さらい)をしてるだけなのだが……


暫く皆でお喋りをしながら雑用をこなしていた。



「 大変だ! 直ぐに来てくれ! 息をしてない! 」

「 !? はい! 直ぐに行きます 」

迷うことなく立ち上がるレティ。


病院に飛び込んで来たのは、騎士団の団員だった。

こんな風に、皇宮病院に怪我で飛び込んで来るのはもっぱら訓練中の騎士団で、2度目の人生でのレティはよく彼等の治療をしていたのであった。


棚の扉を開け、往診鞄を持ってレティは走った。

勿論、迷わずに往診鞄の保管場所を開けたのは、2度目の人生の時の記憶があるからであった。


騎士団の訓練所に駆け付けて来たのは、学生服を着た少女だった。

驚く団員達の中にグレイがいた。


「 えっ!? リティエラ様? 」


到着するや否や、レティは倒れている騎士の傍に行き、耳元で「大丈夫ですか」と大声で呼びかける……が、反応がない。

心臓の音、呼吸を確かめながら

「 事故があってどれくらい経ちますか? 」

「 えっ!?……3分? 5分? 」

騎士達が慌ててあやふやな返答をする。


レティは倒れている騎士に心肺蘇生を始めた。

「 皆さんもこのやり方を覚えて下さい、心臓が止まって時間が経つと、蘇生が出来にくくなりますから 」

そう言いながら、心臓マッサージを繰り返す。

皆が、身を乗り出して見ている。



「 戻って来て下さい!」と、声を掛けながら懸命に心臓マッサージをするレティ。


そこへユーリが駆け付けて来た。

「 リティエラ君、代わろう 」

「 はい、お願いします 」

ユーリが引き続き心臓マッサージをする。

ユーリはレティとまったく同じ動きを繰り返す。


「 フッ…… 」

倒れている騎士が息を吹き返した。

ユーリが心臓の音を確かめ、患者に名前を言わせたりしている。

「 もう、大丈夫だ! 、このまま病院まで運んでくれ! 」

ユーリがテキパキと指示を出し、皆で患者を運んで行った。

皆から安堵の声が上がった。


「 良かった…… 」

ホッと胸を撫で下ろすレティをグレイが熱い視線で見つめていた。


「 リティエラ様……貴女は…… 」

「 あっ! グレイはん……さん……」

グレイ班長と呼びそうになり、慌てて言い直す。


凄いですねとグレイから言われてちょっと頬が赤らむ……

嘗ての上司に誉められると嬉しさを隠せないレティであった。


ユーリが事情を聞きたいと2人に近寄ってきた。


「 俺にも報告をしろ! 」

いつの間にか皇太子殿下が来ていた。


試験勉強をしていたアルベルトは、レティが皇宮病院に来てると、警備員からメイドへ、メイドから侍女への伝達リレーを経て伝えられ、勉強を中断しレティに会いにやって来る途中だったのだ。


騒ぎを聞き付け、急遽訓練所に駆け付けると、丁度レティが心肺蘇生をしてる所だった。


「 レティ…… 」

倒れている騎士に声を掛けながら、懸命に心臓マッサージをし続けるその姿は、制服を着ていても……紛れもなく医師であった。


突然の皇太子殿下の登場に、ユーリやグレイや騎士団の団員達は慌てて敬礼をして挨拶をする。


わあ……

殿下にグレイ班長にユーリ先輩……

何だか妙な具合だわ。


2度目の人生ではユーリが、3度目の自分ではグレイが、そして4度目の人生の今はアルベルトが……レティの人生に大きく関わった男(ひと)達である。



説明は病院に移動をしてからする事となった。

するとアルベルトは、レティと目を合わさずに無言でレティに手を繋いできた。


えっ!?

ここで手を繋ぐ?

騎士団の人達がこんなにいる前で恋人繋ぎをする?

……ていうか……何で目を合わせてくれないの?

もしもーし?……ちょっと……殿下……



皇太子殿下に手を繋がれ歩いて行く制服姿の医師は、皇太子殿下婚約者でとても可愛らしい少女であった。





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