第207話 香水─9



皇宮病院に到着しても、アルベルトは片腕でレティを抱きながら歩いた。


「 歩けるから…… 」

いくらレティが下ろしてと言っても抱くのを止めなかった。

レティを離せば、また飛んで行く様な気がして離せなかったのである。


あの時枝を掴まなければ、一体何処まで飛ばされていたのだろう……

レティは楽しんでいたが、アルベルトには考えただけでも心臓が止まりそうな程ゾッとする出来事だったのだ。



だから……

レティは許しを懇願していたが……

到底、風の魔力使いを看過出来ないのであった。

側に居た俺もライナも全くの無傷で、レティだけが飛ばされたのである。

レティを狙って突風を放ったとしか考えられない。


しかし……何故だ?

レティは友達だと言っていたが……

あのレティが憎まれるなんて事はあり得ない。

あれ程までにレティを攻撃した理由は何なんだ?


俺なのか……?

しかし……俺が一体何をしたと言うのか?

風の魔力使いとは今日も含めて数回虎の穴で会っただけだぞ?



シルフィード帝国のアルベルト皇太子殿下は、あまりにも崇高な美丈夫であるが故に、その存在自体が罪を起こさせる程の罪作りな皇子様なのだろう。


本人は……

ただただ一人の女性を愛し、その一人の女性から愛されたいと願うだけの男であるのに……





***




「 リティエラ嬢は、やっと皇宮病院に来てくれましたね 」

「 私は怪我で来てるんだからね 」

病院長がニヤニヤして顎を触りながら嬉しそうだ。


試験に合格をしてから、医師会から何度も病院に来る事を示唆されていたが、忙しいからと無視していたのだった。

だって、学生だからお手伝い程度で良いと言っていたのだから……

しかし、そのお手伝いをしに来て貰わないと困ると言うのが医師会の思惑だった。

レティに早く医療を習得させたかったのである。


天才の彼女は確実に医療を変える……




治療はユーリ先輩がやってくれていた。

左の掌より、右の掌の方が傷が深い。

「 縫った方が傷跡が綺麗になりますよ 」

確かに……

そうすると傷の治りも早いので、傷の深い右の掌を縫って貰う事にした。


「 殿下、下ろして下さい 」

レティとユーリが同時に言う。

レティはアルベルトの膝の上に乗せられていた。


「 駄目だ! このまま治療をやれ! 」

アルベルトは頑として聞く耳を持たない。

すこぶる邪魔だったが、仕方無いのでこのまま治療をする。


「 君……ちょっとべたべたとレティの手を触り過ぎるんじゃないか? 」

「 ……… 」

ユーリはレティの手を消毒し、針と糸で縫い始めた。


「 そんなに触らなくても治療は出来るだろ? 」

「 ……… 」

黙々と処置を続けるユーリに、アルベルトが覗き込みながらイチャモンをつける。


「 君は、わざと……」

ガツン!

手が使えないレティはアルベルトの額に頭突きを食らわした。

「 レティ、痛いよ 」

「 殿下が煩いからよ 」

睨み付ける公爵令嬢に、額を手で押さえ痛がる皇子様……

病院のスタッフ達が肩を震わせて笑いを堪えていた。


皇太子殿下にこんな事をするのはレティだけである。



包帯を巻き終わりユーリの治療が終わる。

見事だわ……

素早い処置で治療はあっと言う間だった。


2度目人生では、この手際のよさはレティの憧れであった。

何時も迷い無く素早く処置が出来るユーリを目標に、医療の勉強に励んでいたのだった。


今はユーリはまだ20歳で、昨年試験に合格したばかりの新米医師である。

2度目の人生で、19歳のレティの師となった時よりも3年も前なのであった。




「 はい、お仕舞い、痛かったろうによく我慢したね 」

ユーリが、レティの頭をポンポンとしようと手を伸ばした時に、アルベルトにガツっと掴まれた。


「 俺の婚約者に治療以外で触れるな! 」


やれやれ……

君も大変だねとユーリ先輩が目で話す。

ええ……

焼きもち妬きで大変なのよ……と目で答える。


「 君達は何で見つめ合っているのかな? 」

アルベルトがレティの目を手でふさぐ。


アルベルトが執拗なのは、レティのユーリを見る目が、グレイを見る時と同じなのが気になっているからである。


ユーリは2度目の人生で、グレイは3度目の人生で、2人は共にレティの師であった。

そして……

彼女が死に逝く時に傍にいてくれた人達であったのだから、レティにとって特別な存在であるのは仕方の無い事であった。



「 終わったのなら帰るぞ! 」

「 明日も消毒に来てくださいね 」

レティを片手で抱きながら歩いて行くアルベルトの後ろ姿を見送りながらユーリが言うと、レティは後ろを振り返り、アルベルトの首に手を回しながらユーリを見てコクリと頷くと、包帯をした手でバイバイとヒラヒラした。


皇太子殿下のあのパワーは凄いな……

………医師の俺には無理だな……ユーリはクスリと笑った。



「 アル! もう歩けるから下ろしてよ! 」

「 駄目だ! 下ろさない 」


しかし……

ずっと私を片手で抱っこし続けれるなんて……

殿下はどれ程鍛えているのよ?


ああ……私ももっと鍛えたい!

あの突風の中で木の枝を掴めたのも、腕が強くなった証だわ!

レティの目がキラリと光る。

そろそろ弓の練習も始めよう!


普通の女性ならば、アルベルトの強靭な肉体にただただうっとりとする所だが……

レティは違った……彼女は騎士であった。




「 レティ……香水の香りが凄いよ…… 」

レティを抱いて歩いているアルベルトが言った。

「 えっ!? 」

クンクンと手や腕を嗅ぐ。

そう言えば……

落下する時に風の魔女が放った風から香水の香りがした。

その時の香りが私に……


アルベルトへの疑惑が晴れた。

どれだけベタベタくっつけばあんな香水が身体につくのかと、訝しく思っていたのだが……


風の魔女の香水は風に乗って振り掛かるので、身体全体に掛かるのであった。


じっとアルベルトを見つめるレティに……

「 な? 俺は無実だろ? 」


アルベルトは

他の女とベタベタして来たと思ってるクラウドとモニカに、無実を説明して欲しいと思うのであった。






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