第208話 香水─終演



レティは収監されている風の魔女の面会に来ていた。


「 初めまして、リティエラ・ラ・ウォリウォールと申します、公爵家の娘で皇太子殿下の婚約者です 」


レティはドレスの裾を持ち、優雅に膝を折り挨拶をした。

その姿は、まさしく皇太子殿下の婚約者に相応しい高貴な令嬢そのものであった。


そして……

「 またの名をリティーシャ、『 パティオ 』のオーナー件デザイナーをやっているわ 」

そう言って商売人らしくニヤリと悪そうな顔をした。


風の魔女は驚きのあまり絶句していたが、やがて大笑いをした。

「 たまげたねぇ……本当に同一人物なの? 」

「 勿論、どちらもワタクシですわ 」


「 ……1つ聞くけど、どうして男に変装をしていたんだい? 」

「 皇太子殿下の婚約者がお店をやってる事はシークレットですもの…… 」

「 成る程……裏の顔があるんだ…… 」

皇太子殿下の婚約者はただ者じゃ無かった。

風の魔女の顔が輝いた。


「 良いね……で? こんな所に何しに来たんだい? 」

「 聞きたい事があって……貴女が私を攻撃したのは、私が皇太子殿下の婚約者だったからですよね? じゃあ、あの時どうして私を助けたの? 」

「 あんたを助けたんじゃ無いわよ、あんたが落ちてきて、愛しい皇太子が潰されると思ったからだよ 」


風の魔女はそう言って笑った。


だけどあの時レティはちゃんと聞こえていた。

彼女が突風を飛ばした時に「 避けて 」と叫んでいた事を……



「 でも……あんたを助けて良かったと今なら思うよ、だってあんたはリティーシャでアタシの友達だもん 」

友達だと言ってくれた事に思わず顔が綻ぶレティが可愛らしくて、風の魔女は少し意地悪をしてみたくなった。


「 でも、アタシを応援してくれるんじゃ無かったっけ? 」

「 それは……貴女の好きな人に婚約者がいるなんて思わなかったし、それが私の婚約者なら応援なんか出来っこ無いわ 」

レティは少し怒った様に頬っぺを膨らます。


その姿が更に可愛らしくて益々意地悪を言ってみたくなる。


「 そうね……まさかあんたが皇太子の婚約者だとは思わなかったわ、ねぇ……アタシは愛人でも良いのよ? 二人で共有しない? 」

「 嫌! それは絶対に嫌! 殿下は誰にも渡さない! 」

風の魔女の過激な言葉に、真っ赤になりながら必死で止めようとする婚約者は何とも初々しい。


大人ぶってはいるけどまだまだ子供なんだと思った。

確か……この婚約者は16歳だとニュースで聞いた。


風の魔女は大笑いをした。

「 そんなに必死にならなくても、もう諦めたわよ! 第一あの皇太子はあんたにぞっこんじゃないか! 」

えっと……

思わぬ風の魔女の言葉に、レティはどう返したら良いか分からずに口ごもった。



「 アタシも公爵家に生まれて、皇太子の友達の妹だったなら選ばれていたのかなぁ 」

「 違うわ……殿下はそんな理由で私を選んだんじゃ無いわ 」


だって私の3度の人生でも、私は公爵令嬢でラウルの妹だったけど、殿下には1度も選ばれ無かったんだもの。


「 今回は何故殿下に選ばれたのかが分からないわ 」

「 今回? 」

風の魔女は意味がよく分からなかったが、公爵令嬢らしからぬ言葉に驚いた。

あんたがこの国で一番皇太子殿下に相応しい女性だろうが?


「 そう、本当に殿下は何故私をこんなに好きなのかしら? 」

そう言って手を口に当て、頭を傾げ真剣に考えてるレティに、風の魔女は吹いた。


「 きっと貴女のそんな所なのかもね 」


リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢は不思議な雰囲気を持った少女だと風の魔女は思った。

いつの間にか懐に入ってきて……

会えば会う程にどんどん彼女を好きになる……



風の魔女は、今までの無礼をお許し下さいと皇太子殿下の婚約者レティに丁寧に頭を下げた。


レティは風の魔女に「 お母様の為にも生き残りなさい 」と言った。

そう、風の魔女が皇太子殿下の婚約者を攻撃したと正直に話せば、彼女の母親も親戚も皆が処刑になるのであった。



最後にレティは小さな綺麗な小瓶を取り出し、風の魔女に見せた。


「 あっ!……それは…… 」

「 そう、貴女が使っている香水よ 」

「 …………… 」

「 殿下がね、好きな香りだと言ったから私も買ったの 」

「 貴女に殿下を取られると思ったから……でも、もう悔しいから着けないけどね 」


そう言ってショッと香水を風の魔女に吹き掛けて、皇太子殿下の婚約者は、牢を後にした。


風の魔女は嬉しかった。

彼女の様な女性(ひと)でも、恋には不安なんだ……

そして

皇太子殿下がこの香水の香りを好きだと言ってくれたのだ。

もう、それだけで充分だと思ったのであった。




そして…… 風の魔女にもう一人の面会者があった。


虎の穴の錬金術師のシエルだった。

事件の直前まで一緒にいた事で、自分にも何か責任があるのかと気になっていたのだと言う。

風の魔女は自分の勝手な嫉妬だと笑った。


そして最後に気になる事を聞いてみた。

「 シエルさん、もしかして皇太子殿下の婚約者様をお好きなの? 」


彼は掛けている眼鏡の奥で優しく笑いながら

「 ああ……誰よりも……」

そう言って片手を上げて立ち去っていった。


あの時……

─愛する人の幸せを願う愛もあるんだよ─と言ったシエルさんは、自分の事を言ったのだった。


シエルさんも、自分と同じ様に叶わぬ恋をしていたんだ。

だけど……

何て崇高な愛なんだろう……

奪ってでも掴み取る事だけが本当の愛だと思って生きて来た自分の醜い心が、消えて行った。





***





「 月のものが来ると私の魔力が乱れやすくなります、今回は特別に暴走してしまいました、どうかお許し下さい 」


レティの助言通りに風の魔女は、事故だと主張した。

一度は処刑を覚悟したが、母親や親戚を自分勝手な恋路に巻き込む訳にはいかなかった。


その結果……

風の魔女の処分は、1年間の収監と1年の修道院での奉仕のみの軽いものとなった。


風の暴走は事故として扱われ、何より死者が出なかった事が幸いしたのである。

あれだけの暴風でも死者は出なかったのである。


この度のような魔力の持ち主の魔力の暴走は、今までもよくある事故であった。

帝国にとって、魔力の持ち主は特別な存在で、宝であり、庇護する必要のある者達である事から、今回の事件の罪状は考慮された。


一番の問題は準皇族であるレティを襲った事だったのだが、これも事故として扱われ、落下するレティを助けた事が、婚約者を受け止め様とした皇太子殿下をも助けた事になったのであった。


勿論、レティの必死の懇願があった事は間違いない。

ただ、やはりいくら事故であろうとも準皇族への傷害未遂の罪は償わなければならなかったのである。



あの時、一人の女が処刑されていてもおかしくない事件は、皇都広場も整備された事もあり、やがて人々から忘れられていくのであった。






***





そして

レティは風の魔女を諦めない。


勿論近い未来にはガーゴイル討伐の為に、大量の矢に風の魔力を融合して貰わなければならないのだが……

踊り子としての彼女を諦めなかったのである。


帰って来た時に、劇場の舞台に立てる様にとあのニヤケた支配人に進言していたのである。


レティはオペラが苦手だ。

ここに踊り子が踊る演目があれば、苦手な人ももっと劇場に来るだろうと………儲かりまっせ!とニヤケた支配人の耳元で囁いた。


やがて風の魔女イザベラは、劇場のトップスターになって行く。


そして……

レティは、嘗ては同じ男性を愛した者として、彼女の新たな恋話を聞く事になるのであった。



それはもう少し先の話である。








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