第206話 香水─8
レティは風に飛ばされ、空に舞い上がって行く。
アルベルトがレティの手を掴もうとしたが、何故か彼女は万歳をして楽しそうに飛んで行った……様にアルベルトは思った。
こいつ……
「 レティ! 木の枝を掴め! 」
レティは木のてっぺん近くまで飛ばされていた。
アルベルトの声で、万歳してる手で横にある木の枝を掴んだ。
この木は皇都の広場のシンボルとなっている樹齢百年もの大木であった。
「 クッ!! 」
枝を掴んだ反動で身体が持っていかれる……腕が千切れそう……
ゴーっと言う音と緑の風が通り過ぎた。
レティがダラリとなる。
「 レティ! 」
アルベルトが下から両手を広げ、レティをキャッチする体勢になっている。
木の枝が折れて落ちたら他の枝に絡まり大変な事になる。
「 レティ!俺の所へ来い! 」
「 アル大好き 」
……ってこんな時に何を言う……
「 僕も大好きだよ、レティ! 枝が折れる!早く飛べ!! 」
レティは両手で細い枝を持ち、身体を前後に大きく揺すり、太い木をトンと足で蹴り、アルベルト目掛けて両手を伸ばし頭から落下する。
レティは笑っていた。
こいつ……
その時………
緑の風が優しくレティを包んだ。
あの、香水の香りと共に……
スローモーションの様にふわりと浮くレティ。
スカートが捲れ上がる。
そしてレティはアルベルトの腕の中にトンと下り、ギュッと抱きしめられた。
「 キャーッ!! 私、空を飛んじゃったわ! 」
「 助かった…… 」
アルベルトの心配を余所に、レティはご満悦だった。
「 見た? 」
「 ……見てない 」
「 うそ!見たでしょ? 」
「 ちょっとだけ 」
「 キャアーっ!!もうお嫁にいけないわ! 」
「 はあ? 君は僕のお嫁さんになるんだろ? 」
「 あっそうか……でも忘れて! 忘れなさい! 」
そう言うと、レティはアルベルトの頭をわしゃわしゃとした。
皇太子殿下にこんな事をするのはレティだけである。
良かった……間に合った!婚約者も皇太子殿下も無事だ。
ホッと胸を撫で下ろしながら……
呑気にそんな会話をしてる二人が可笑しくて……
風の魔女はクックと笑ってしまった。
もう、二人への醜い感情は、綺麗さっぱりと消えて無くなってしまっていた。
次の瞬間……
駆け付けてきたアルベルトの護衛騎士達が、風の魔女の喉元に剣先を突き付けた。
アルベルトも左手でレティを抱き、右手は直ぐにでも雷の魔力を出せる体勢をとった。
「 殿下、処刑します! ご命令を! 」
アルベルトの護衛騎士2人が、今にも風の魔女の首を刎ねそうだった。
皇族への謀反や反逆行為は重罪で、どんな形であろうとも一族諸とも処刑される事になる。
レティはまだアルベルトと結婚はしていないが、婚約者である事から準皇族扱いとなり、レティを攻撃した風の魔女は今直ぐにでも処刑され、彼女の母親も親戚も捕らえられ、勿論全てが処刑される事になる。
「 駄目! 突風は事故で、彼女は私が落ちる時に風で助けてくれたのよ! 」
レティは必死でアルベルトに訴える。
風の魔女がレティに攻撃したのは事実だが、確かに落ちるレティを助けたのも風の魔女だった。
あの高さでの落下はレティだけでなく、下で受け止め様としているアルベルトを押し潰し、二人とも大怪我をするかもしれなかったのである。
アルベルトは、抱えた腕から下りようともがくレティを離さずに抱き抱えたまま、まだ風の魔女からの攻撃を警戒して、雷の魔力を直ぐにでも発動出来る体勢を取っていた。
「 ねぇ……アル……お願い 」
「 駄目だ! 君は死んでいたかも知れないんだ 」
そう、普通の令嬢ならば、遠くに飛ばされ地面や建物に叩きつけられて即死だったろう。
騎士クラブで鍛え、並々ならぬ運動神経の持ち主であるレティだから、咄嗟にも木の枝にしがみ付く事が出来て、飛ばされる事を回避出来たのである。
風の魔女は目を瞑り、覚悟を決めてる様だった。
アルベルトが護衛騎手に合図を送るまさにその時……
「 嫌ーっ!!彼女は私の友達なの!アル止めて! 私を助けてくれたのよ! アル……お願い……」
レティはポロポロと涙を流し、アルベルトの首に手を回し、しがみついて懇願した。
周りが事の成り行きを見ようと、水を打ったように静まり返っている。
「 友達? 」
風の魔女が目を開け、レティを見つめる。
涙をポロポロと流す彼女は……
何時も舞台を見に来ていた少女……リティーシャだった。
「 えっ!?……うそ? 何故…… 」
「 私の婚約者の前で血生臭い事は出来ない、捕らえて牢に入れておけ! 処分は後に下す 」
風の魔女の手は後ろに拘束され、身体に縄を巻かれた。
風の魔女は二人を見つめる……
どうしてこんな事になったんだろう……
皇太子殿下が大事そうに婚約者を片手で抱き抱えている。
この高貴な二人を前にしたら、嫉妬と言う言葉が無意味な言葉だと思い知る。
私は……なんと言う勘違いをしてしまったのか……
それに……
彼女は、この広場で恋話をした男に変装をしていた訳有り少女で、虎の穴で見た可愛らしい小さな少女だったのである。
私を友達と言ってくれた……
フフ……もし聞けるなら……
皇太子殿下の婚約者様に、何故男の格好をして名前を偽っていたのかを聞きたいもんだわ……
少し笑みを浮かべながら、風の魔女は自警団に静かに連行されて行った。
「 アル……有り難う 」
取り敢えずは、目の前の処刑は回避された……
後は……頑張ろう!
彼女を死なせるものか!
レティはフーっと息を吐いた。
それと同時に
アルベルトもフーっと長い息を吐く……
風の魔女が連行されて行った事で最大級の警戒を解いた。
「 レティ……怪我は無い? 」
「 ちょっと掌が痛いかも…… 」
見ると、レティの両手の掌が切れて血が出ていた。
木の枝にしがみついた時に切ったのだろう……
アルベルトは、レティを守りきれなかった事に胸を痛めた。
本当にあのまま飛ばされていたらどうなっていたか……
「 病院に急ごう 」
「 私は医師だけど……自分の手は治療出来ないわね 」
呑気なことを言うレティに呆れたが、これがレティなんだとクスリと笑った。
アルベルトは残っている自警団員に詳細を聞き、その後にテキパキと指示を出した。
勿論この間もレティを下ろす事は無かった。
レティは恥ずかしがり下ろすように言っていたが、全く取り合わずに、このままレティを馬に乗せ皇宮病院に向かった。
レティを離せば飛んで行ってしまう様で怖かったのである。
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