第204話 香水─6
白馬に乗った皇子様と公爵令嬢は、皇都の外れまでやって来て馬を止め、馬を休ませながら話す。
「 レティ……ここの所ずっと様子が変だったのは、香水のせい? 」
レティは、コクリと頷いた。
「 アルは、あの香水の香りが好きなんでしょ? 」
「 違うよ! レティがあの香水を付けてたから好きなんだよ 、僕はレティの匂いが好きなんだよ! 」
「 じゃあ、私が雑巾の絞った水の臭いでも好き?」
「 勿論好きだよ! レティがライナの糞の臭いでも好きだよ
」
「 あら? 馬糞をバカにしてはいけないわ……馬糞は肥料に…… 」
何でそうなったのか……二人で散々馬の上で馬糞の話をする。
白馬のライナが嫌そうにブルブルと頭を振った。
「 アル……大好き 」
突然レティが告白をした。
「 馬糞の話の後に言うかな? 」
アルベルトはクックと笑う。
「 僕も大好きだよ……じゃあ、デートをしてくれる? 」
「 笑ったからしない 」
レティは、勇気を振り絞って告白したのにと、不機嫌になっていた。
「 笑ってごめん……でも、行き先は牧場だよ? 改装が完成したんだけど行きたくない? 」
「 行く! 」
即答だ……絶対に行くと言うと思ったよ。
アルベルトはクスクスと笑いながら馬を走らせる。
レティがデートする場所が欲しいとおねだりをした牧場を、アルベルトが改装し、それがようやく完成したのだった。
牧場を広げ、馬を増やし、皆が乗馬して走らせるコースを作り、皆が寛げるカフェを併設した。
しかしレティの本当は……
デートする場所が欲しかったのでは無く、4年後のガーゴイルの討伐に向けて、弓騎兵を育成したいが為の馬の飼育と、馬に乗る訓練をする為にアルベルトの牧場を利用したのだった。
レティにとっては、アルベルトを騙して増築させたと言う胸が痛む後ろめたい牧場であった。
殿下……有り難う
そして騙してご免なさい。
きっと償いはするから……
レティは久し振りに自分の馬のショコラと対面した。
調教も順調で、春には騎乗できる様になるだろう。
春になったら公爵家に連れて帰れる……
そうすると、本格的に弓騎兵としての訓練に入れるのである。
レティがショコラの世話をしてる間に、牧場の周りの乗馬コースをアルベルトは白馬に乗り、駆けている。
はう~格好いい……
キラキラ光るブロンド髪と赤いマントを靡かせて……
私の婚約者は本当に格好いい。
牧場のスタッフ達も見惚れていた。
私も乗りたい……次は乗馬服を来て来よう!
今日はワンピース姿だから一人では乗れないのだ。
殿下も前もって言ってくれないと困るわ……
二人で牧場を満喫し、カフェでお茶をする。
美味しいケーキを食べながら楽しい一時を過ごす。
「 そうだ! レティ、今日は何処へ行ってたの? 一人で街をうろうろしたら駄目じゃないか! 」
そうだった……
しつこくナンパされてる所を殿下に助けて貰ったのだった。
「 劇場にお友達がいて……婚約者が他の女性と親しくしてるからと相談に行っていたの…… 」
「 レティ……僕と、風の魔力使いは…… 」
「 うん……もう良いの……理由はシエルさんに聞いたから 」
シエルだって!?
「 レティ! 何故俺に聞かないでシエルに聞くんだよ? 俺がいくら聞いても……いや、直接俺に聞いてくれないと、君が何故怒っているのかが分からないじゃないか! 」
「 怒ってたんじゃ無いわ! 」
「 じゃあ、何なんだ? ずっと俺を避けてたじゃないか! 嫌な事はちゃんと言ってくれないと…… 」
「 ごめんなさい…… 」
ああ……違う……レティを謝らせたい訳じゃないんだ。
レティは何も悪く無い……
「 レティ……声を荒げてごめん…… 」
アルベルトはテーブルの上でレティの手を握った。
「 初めはアルを疑ってたわ……でも取られたく無くて……だけど、どうしたら良いか分からなかったの…… 」
レティの取られたく無いと言う言葉に、嬉しさを隠せない。
「 だって相手はあんなに綺麗な大人の女性で、アルと同じ凄い魔力の持ち主で……それでね、恋愛の達人に聞きに行ったら…… 」
「 うん……聞きに行ったら? 」
アルベルトは焼きもちを妬いてくれてるレティに胸が高鳴る。
「 ……お姉さん達が教えてくれたの……」
「 何て? 」
「 ベッドに裸で入って待つとか……プレゼントの箱の中に、裸で入る……とかをしたら恋人が喜ぶんだって……」
そう言うとレティは真っ赤になり、両手で顔を覆ってしまった。
「 ……… 」
レティの思わぬ過激な発言にアルベルトも真っ赤になり黙る。
「 でも……それは私にはハードルが高いから無理だと言ったら……大好きをいっぱい言いなさいって…… 」
顔を覆ったままでレティが言った。
成る程……
それで馬糞の話の後に、いきなり大好きと言ったんだな……
可愛い……
「 それで……? その取られそうな婚約者に、大好きをいっぱい言えた? 僕はまだ1度しか言って貰えて無いよ 」
アルベルトが目を細めて嬉しそうに言う。
「 ………言わない……… 」
「 何で? 」
「 恥ずかしいから…… 」
馬糞の話の後は恥ずかしく無かったんだ……
アルベルトは可笑しくてケラケラ笑った。
レティは何がそんなに可笑しいのかと、可愛い顔で不思議そうに見つめてくる。
「 レティ、勿論大好きはいっぱい言って欲しいけど……どんなに綺麗な人が来たとしても取られる事は無いから、僕はレティだけを大好きだからね ……と、言うか……レティより綺麗な人は見たこと無いしね 」
赤くなるレティが可愛くて、愛しくて……
思わず抱き締めたくなる。
まだオープン前なので、客がいないからかこちらを凝視しているスタッフが邪魔だった。
「 そろそろ帰ろうか…… 」
レティを馬に乗せ、アルベルトも騎乗する。
寒くなって来たからと、アルベルトのマントでレティをスッポリと包んだ。
「 寒いから、風が入らない様にマントの前をしっかり掴んでいるんだよ 」
レティはコクリと頷いた。
馬を走らせる……
レティの体温でマントの中は暖かかった。
暫く走ると、レティがアルベルトの胸にもぞもぞと頭を刷り寄せて来た。
そして……小さな声で
「 アル大好き 」と言った。
可愛い……
アルベルトは、レティの頭に唇を落とした。
***
殿下のマントは、魔道具で作られた虎の穴のローブと同じ素材だった。
ローブは衝撃を避ける為に作られていて、殿下のマントも殿下を守る為に作られていたのだ。
だから、そのマントと殿下の体温で、マントの中はかなり暖かい。
私が一番安心出来る殿下の広くて逞しい胸は、私と抱き付き爺ちゃんだけのもの……(←爺はオッケーらしい)
絶対に誰にも譲りはしない。
そう思いながら、レティは頭を殿下の胸にスリスリとした。
そして……
「 アル大好き 」と、小さく呟いたそれは、自然に出てきた言葉であった。
暫く走ると、アルベルトが口を開いた。
「 ねぇ……レティ 」
レティがアルベルトを見上げる。
「 劇場のお姉さん達が言ってたあれ……ベッドとプレゼントの話……あれ……結婚したらやってね 」
「 !? 」
やっぱりあれは嬉しいのか……
じゃあ、私が生き残れて21歳になったら……やらせて貰うわ……
レティはコクリと頷いた。
「 約束だよ……楽しみにしてるから…… 」
アルベルトは心を踊らせた。
レティの4度目の人生の最大の目標は、20歳での死を回避し、生き残って21歳の誕生日を祝う事である。
そこに何故か妙な目標が加わったのであった。
そして、それはアルベルトも同じだった。
レティとの未来が何故か見えてこないアルベルトだったが、『 結婚したら 』と言うレティとの約束で、少し未来が見えた気がして嬉しくなったのだった。
別の意味でも……
あれをレティがしてくれるのである。
多分レティの可愛いおねだりを教えたのも彼女達なんだろう……
アルベルトはレティの恋のバイブルであるお姉さん達に感謝した。
勿論……
恥ずかしくて誰にも言えない二人だけの約束である。
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