第203話 香水─5
「 殿下……この香水は、リティエラ様のものじゃ無いですよね? 」
「 えっ!? 香水? レティは香水をつけてないよ 」
「 だったら、一体何処で何をして来たのですか? 」
執務室に入るなり、クラウドが顔をしかめている。
アルベルトは腕をクンクンと嗅ぐ。
「 婚約したばかりなのに……もう、他の女ですか? 」
「 ちょっ!……待てよ!……俺がレティ以外の女(ひと)を相手にする筈無いだろ? 」
「 今日は、虎の穴に行った以外に何処へ出向いたのですか? 」
「 虎の穴にしか行ってないよ! 一体何なんだ? 」
一体俺は何の疑いを掛けられているのかと訝しげに思っていたら……
「 皇子様、お口を挟む事をお許し下さい……先週も、先々週も香水の香りがしておりました、リティエラ様だと思い、何も申さなかったのですが……他の女性だったのですね 」
お茶を運んで来たモニカから静かな怒りを感じる。
「 違う! 他の女なんかいない! 俺が、レティをどれだけ好きかお前達も知ってるだろ? 」
「 だったら尚更です! 皇子様……わたくし達の様な薹が立った夫婦でも、百回好きだと言われたとしても、たった1度でも、主人が他の女の香水をプンプン匂わせて帰ってきたら離縁しますよ 」 (モニカの旦那は、皇帝陛下の侍従をしている)
「 ご婚約をしたばかりなのに…… リティエラ様は、こんなに香水をつけた殿下をどう思ったでしょうね! 」
お可哀想だとモニカは嘆く。
何時もは口数の少ないモニカの激しい叱責に、アルベルトはたじたじであった。
それを見ていたクラウドも追い討ちを掛ける様に言う。
「 私も、これは妻から離縁されますね、殿下……まさか今日、こんなに香水をプンプンさせながら、リティエラ様にお会いになられたんじゃ無いでしょうね? 」
「 ……今日も……送ると言ったら……拒絶された……もう、ずっとレティから避けられているんだ 」
そうか……
先週の虎の穴でのレティは明らかにおかしかった。
だけど、いくら聞いても何でも無いとしか言わないが、ずっと何だか分からない距離感を出して来ていた。
料理クラブの後も何時もみたいに手を繋いでくれたし、騎士クラブでも何時もの通りだったのだが……
でも……何か違うのだ。
何時ものように「 好きだ 」(←レティを好き過ぎる気持ちを押さえきれずに何時も言ってしまうらしい )と言ってもレティは曖昧に笑うだけだったし……
そして、学園から帰る時も、俺の馬車に乗ることを頑なに拒否した。
香水か……
あの風の魔力使いの香水だな……
「 殿下、早くリティエラ様の……」
クラウドが言い終わらないうちに、アルベルトは急いで執務室を出ていった。
「 皇子様! 先ずは湯浴みをして、その香水を落として下さいまし! 」
モニカが慌ててアルベルトを追い掛けた。
そんな香水を匂わせて、リティエラ様にお会いしないで下さいませ! 分かったよ。と言うアルベルトとモニカの声が遠ざかって行く。
「 最近、殿下の元気が無かった原因はこれか…… 」
やれやれ……青春真っ盛りだな……クラウドが肩をすくめて笑った。
***
今日は午前中に、レティが虎の穴に行くとラウルから聞いていたので、レティに会う為に虎の穴に行った。
レティはもう薬学研究室に入室していた。
最近は何を調べているのか……レティを含め、薬学研究員達は熱心に集まっているのが気になる所だ。
風の魔力の持ち主が来ていて、また馬車に風の魔力を融合させると言うので、レティを待ってる間に部屋に行くが……結局はまた失敗に終わり、もう馬車の事なんてどうでも良くなっていた。
アルベルトにとっての乗合馬車は、レティの希望だから興味を持っただけで、完成してレティの喜ぶ顔が見たいだけの物でしかなかった。
アルベルトは、レティとのこの気持ち悪いギクシャクした関係を何とかしたいが為に、今日は帰りにレティをデートに誘う予定だったのである。
だけどやっぱりレティはアルベルトとは距離を取り、送ると言っても公爵家の馬車に飛び乗って帰って行ったのだった。
愛馬のライナに乗って公爵邸に行くと、レティは街に出掛けたと言う。
当てもなくレティを探して街を彷徨う……
白馬に乗ってるから、民衆には勿論俺だと分かってしまうが、もうそんな事はどうでも良かった。
劇場付近に来ると……
いた……ああ……レティだ……
何で一人でとぼとぼと歩いているんだ?
何時もの侍女は?
あっ!やっぱり声を掛けられている……
***
あっ!しまった今日は男に変装していないんだった。
レティは帰宅してそのまま次の行き先を家の者に告げると、また直ぐに馬車に乗り、劇場のお姉様達に会いに行ったのだった。
馬車と侍女のマーサは一旦自宅に帰していた。
声を掛けてきた男に、丁寧にお断りを言う。
「 そんな事を言わずに……ちょっとお茶をするだけだよ 」
「 行きま…… 」
男が私の腕を掴もうとして手を伸ばして来た時に、黄色の光が飛んで来た。
「 うわーっ!? 何だ? 痛い…… 」
男は叫びながらお尻を押さえ、キョロキョロと辺りを見回しながら慌てて走り去って行った。
殿下?
何処にいるの?
振り返ると、白馬に乗った殿下が指を上げ、悪そうな顔をしてこっちに向かって駆けてくる。
周りがざわざわとしてくる。
帝国で、白馬に乗れるのは皇帝陛下と皇太子殿下だけである。
「 レティ、乗って…… 」
殿下は、私の腕を引き上げながら腰を引き上げ、ひょいと馬に乗せた。
「 取りあえず話は後から…… 」
周りがキャアキャアと騒ぎ出しているからか、殿下は急いで馬を走らせた。
皇都の行き交う人混みの中
白馬に乗った皇子様と公爵令嬢は秋の青空の下、赤いマントを翻しながら颯爽と駆けていった。
一部始終を見ていた民衆は、皇太子殿下がこんなにも堂々と馬に乗せたのだから、あの女性は勿論公爵令嬢だろうと言うことになり、人々は喜び大いに盛り上がった。
悪党に絡まれてる婚約者を、皇太子殿下が雷の魔力でやっつけ、婚約者を白馬に乗せ、皇太子殿下は赤いマントを翻し、二人は青空に向けて駆けて行く……
白馬に乗った二人の姿絵が後に出回る事になる。
今やアイドルの様に、皇太子殿下と公爵令嬢の人気は凄かった。
皆が二人の恋物語に憧れ、酔いしれているのだった。
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