第177話 公爵令嬢、皇太子宮に行く




長期休暇が終わり、講堂に全校生徒が集められ、学園長からの挨拶があった。


「 本日は、皆も存じておるかと思われますが……我が国のアルベルト・フォン・ラ・シルフィード皇太子殿下とリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢のご婚約が正式に決まった事をお知らせ致します 」


講堂が拍手と歓声に包まれた。

2年B組で並んで立っているレティの周りがざっと円形になり、おめでとうございますと拍手が贈られた。

レティは、丁寧にお辞儀をする。

「 有り難うございます 」


アルベルトは4年A組の一番後ろで嬉しそうに軽く手を上げた。

背の高い金髪碧眼の皇子様の笑顔に、キャアキャアと黄色い声が飛び交った。


「 お二人は、我が学園の生徒でもある事から、特にウォリウォール公爵令嬢のお姿は表に出してはならないとのお触れがあり、学生諸君もその様な対応をしてくれる様に切にお願いする! 先ずは学業優先であります! 諸君もくれぐれもその事を忘れない様に………」


喜んだ者、落胆した者、悲しみに包まれた者、その思いは様々だったが……

元々、皇子様と公爵令嬢の恋物語を間近で見てきた学園の学生達には、すんなり受け入れられたのだった。




しかし……

受け入れられない人物がいた。

リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢、皇太子殿下の婚約者、その人だった。



こんなにオオゴトになるとは思わなかったわ。

ましてや、建国祭に婚約式なんてあり得ない。

他国の王族や貴族の前で婚約式をするなんて……

結婚式ならともかく……

こんなに派手にやって、後に殿下に婚約破棄されたら……

その時は私はどうなるの?

婚約なんて、ただの約束事に過ぎないのに。

( 貴族は、生まれて間もなく親達が婚約を決めたりする事もあり、大人になって婚約破棄する事は多々あったのである。なので、婚約式をする事は本当に稀な事であった。)


アルベルトから婚約式の日を聞かされたレティは、父親に抗議をしたが、クラウドの説明通りに、王女を払拭するにはやむ負えないと言われ、撃沈していたのである。


王女を払拭するとかは……もうどうでも良くない?



斯くなる上はクラウド様だわ。

クラウド様が計画してるとか……

クラウド様に会うにはどうしたら良いのかしら?



レティは宮殿の正面玄関に居た。

周りには沢山の警備の人や宮殿に入る貴族達が行き交っている。

クラウド様に面会をしたいと伝えると、左の方に進む様に言われた。

そこはどうやら宮殿の裏口の様だった。


宮殿に続く通路に面して小さな建物があり、そこで、誰が誰に何の為に会いに来たのかを用紙に書き、それを、各秘書官達が検分して、その先に進めるのか否かを判断するらしい。


皇帝陛下や皇后陛下、皇太子殿下にお会いするには、更に秘書官との面談があるらしい。

なる程……そう簡単にはお会い出来ない人達なんだわ。

まあ、当然よね。


この部屋には、色んな格好をした人達が沢山いて、順番を待ちながらガヤガヤと喋っていた。

税金が高すぎるとか、橋を掛けて欲しいとか、中には蜂を退治してくれと言う人もいた。


おお……お父様の名前を書いた用紙を持った人までいるわ……

この親父は……お父様に何をお願いするのかしら?


一際騒いでる人達をみると、皇太子殿下にお会いしたいと言う女性軍団で、私というものがありながら婚約をしたなんてあんまりだわ……としくしく泣いていた。


そうよね……皆の皇子様だものね。

分かるわ……その気持ち……

私も、皇太子殿下が王女と婚約した時には泣いたわ。


3度の辛い経験が、自分は当事者なのに他人事の様に感じてしまうレティなのであった。



クラウド様に面会を希望します。

理由は……婚約式が気に入らない。

うーん……会ってくれなかったらどうしょう……


暫く待っていると、女性がレティの側に現れ

「 こちらへお越し下さい 」……と、耳打ちした。


彼女は帰国時に、クラウドと一緒に皇宮の馬車に乗って来た女官のジルだった。





***





ブッ………

クラウドは吹き出した。

殿下ならともかく、自分への面会希望は珍しかった。

名前はリティエラ・ラ・ウォリウォール

用件は、婚約式が気に入らない……

可笑しくて笑いが止まらなくなった。


そこへ、アルベルトが学園から帰城したと連絡が入る。

今日は、執務が沢山あると侍女長に伝えてあったので、直に執務室まで来るだろう。

殿下はこれを見てなんと言うかな?


「 随分と楽しそうだな? 」

アルベルトが着替えを済ませやって来た。


「 今日は、私への面会を希望する方がいらっしゃいまして……」

「 へえ、珍しい……」

アルベルトは執務机に座り、早速書類に目を通している。


「 誰だか気になりませんか? 」

「 別に…… 何だ? 何が言いたい? 」

「 お可愛らしい女性が、私に会いたいと……」

そう言いながら、クラウドは面会用紙をアルベルトに見せた。


用紙を見ると、アルベルトもブッと吹き出した。

「 レティが? ……婚約式が気に入らないからクラウドに面会を希望して来たの? 」


可愛い……

アルベルトは腹を抱えて笑いだし、直ぐに連れて来てよと嬉しそうに言った。


「 リティエラ様のお顔を知っている女官を使いにやらせましたので、もう来られますよ 」





***





コンコン

女官はドアをノックした。

「 入れ 」



「 ここは何処ですか? 」

「 皇太子殿下の執務室でございます 」

「 今の声は殿下ですよね? 私はクラウド様にお会いしたいのだけれども……」

「クラウド様もここにおられます 」

「 でも…… 」



ガチャリ

ドアの前で揉めていて、中々入って来ないのでクラウドが笑いを堪えながらドアを開けた。


「 リティエラ様、ようこそお越し下さいました 」

「 ご機嫌よう、クラウド様 」

「 殿下がお待ちしておりますよ 」

スカートの裾を持ち、可愛らしく挨拶をするレティに、まだ笑いがとまらないクラウド。


「 ご機嫌よう殿下、今日はクラウド様に用があるんですの 」

ドアに半分隠れ、身体の半分だけ見せて部屋に入らないレティに

「 いいから、こっちにおいで 」

アルベルトもクックッと笑っている。


「 今日、レティのクラスに行ったら、もう帰ったと言われて、ガッカリしていたんだ、ここに来るつもりなら、一緒に僕の馬車に乗れば良かったのに 」

「 私のクラスに行ったの? 大騒ぎになるからもう、クラスには来ないで欲しいわ! 」

「 どうして? じゃあ、君に会いたい時はどうすれば良いのさ? 」

「 昨日も会ったのよ、そんなに会う必要は無いわ 」

「 えーっ!! 信じられない……君は僕に会いたく無いの? 」



二人でギャアギャアと賑やかだ。

何より殿下が嬉そうで……

これは……

もう公務は無理だなとクラウドは思った。


それにしても……

殿下も18歳になり、すっかり大人びたと思っていたが、こうしてみると、まだ学生の顔でお可愛らしい表情もするのだなぁ……

本当に……

リティエラ様の前では、口調が極端に優しくなられる。



「 レティ、おいで、皇太子宮を案内するよ 」

「 だから、今日はクラウド様にお話があるの 」

「 婚約式の事はもう無理だよ、それとも大臣1人1人に直談判するつもり? ルーカスは何て言ったの? 」

「 ……お父様は……無理だって……」

「 だろ? もう諦めなさい、君は何も考えずに僕と一緒にいればいいんだから……クラウドもそう思うだろ? 」


「 はい、もうこれは皇族と王族の問題です、リティエラ様を巻き込んで申し訳ない所ですが……」

クラウドは、招待状をイニエスタ王国にも送り付けてやる!……と意気込んでいる。


レティは溜め息を付き

「 ………じゃあ、もう帰ります 」

「 駄目だよ、これからも打ち合わせで、ここに来る事になるんだからね 、さあ行こう! 案内するよ 」

アルベルトのテンションは高い。

レティが皇太子宮に来てる事が嬉しくて仕方ないのだ。



レティはクラウドに目を向け、助けを求めたが……

クラウドは首を横に振ったのだった。


こんなテンションの高い殿下は見たこともありませんので、どう対処したら良いか分かりかねます。







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