第176話 各々の不安



アルベルトは固まった。


いつの間にかアルベルトの膝の上に乗せられていたレティは、その隙にと、もぞもぞと下りた。



「 俺は……もしかしたら聞き間違えた? 」

「 聞き間違えでは無いわ、結婚は私が21歳の誕生日にならないとしないわ……絶対に! 」

「 何故? 君が卒業するのを待って結婚するんだよね? いや、卒業まで待たなくても良い位なのに…… 」



出来るわけ無いわ。

私は21歳を迎えられないかも知れないのに……

20歳で死んじゃうかも知れないのよ。

また、あの入学式にループして、違う人生を歩む事になるかも知れない。


そうね……

5度目の人生は……もう、入学式に即退学して他国に行く事にする。

この学園も、この国も、皇太子殿下も……

もう十分ね……

今の4度目の人生が一番幸せだもの……

これ以上を望むとバチが当たるかも。


ローランド国よりもっともっと遠い国に行く。

ただ……今、稼いでいる自分のお金を持っていけないのが残念だわ。

ぼんやりとそんな事を考えていた……



「 レティ……理由を言って 」

ハッとして、殿下を見つめる。


本当の理由なんて言えない……


「 やりたい事があるから……うん……必ずやり遂げるわ 」

「 皇太子妃になってくれるって……」

「 だから、無事に21歳になってからね 」

「 いや、この事はもっとゆっくりと話し合おう 」


アルベルトはショックで、ちょっと頭を冷やしてくると、レティの部屋から出ていった。


何度話し合っても答えは同じだけどね……




それよりも……

私の記憶では、皇太子殿下と王女が婚約したのは、どの人生でも、私が18歳、4年生の時で、20歳になった時でもまだ結婚はしてなかった。


王女のウェディングドレスを一度目の人生で、デザイナーである20歳の時の私に依頼をされたから、結婚の準備は進んでいたんだろうけど………

結構遅かったのよね。


でも……今は……

こんなに早く婚約しても良いのかしら?

今、殿下は18歳だから、2年も早く婚約する事になる。

殿下も私もまだ学生なのに……

こんなに早く婚約発表した理由はクラウド様に聞いて、理解はしてるんだけれども……



その時……

何かを思い出しかけた……

私の心にずっと警鐘が鳴り続けているのだ。

何だろう?

私は何かを忘れている……?





***






「 結婚は私が21歳になるまでしないから! 」


ショックだった。

俺は今直ぐにでもレティと結婚したかった。

彼女と一緒にいたかった。

独り過ごす皇太子宮に彼女が来たらどんなに楽しいかを夢見ていた。


独りは苦じゃない。

ずっと独りだったのだから……

だけど、彼女といる時の幸せを知った今は、彼女が恋しい夜を過ごす毎日だった。


だけど……

彼女は学生だ。

それも、並大抵の学生では無い凄い能力を持っているのだ。

レティは天才なんだろう………

ルーピンに『彼女の可能性』を潰すなと、釘をさされた事はずっと考えていた事だった。


だから

せめて彼女が学園を卒業するまでは、彼女の自由にして欲しいと思ったし、それにできる限りの協力をしようと思っていた。




そして……

昨日の彼女の涙の理由。


ルーカスは自分が悪いと言い、母君殿は疲れているのだろうと言い、ラウルはあの王子のせいだ……とか言ってくれていたが、全ての元凶は俺にあるのだと思う。


王女の来国が何を意味しているのかは分かっていた。

分かっていたが、王女を避ける事で俺の気持ちが伝わるだろうと思い、取り敢えずは両国の為にも穏便に済ますのが一番だと考えた。

王女の滞在期間の1ヶ月をやり過ごし、王女が帰国すれば、16歳になったレティに結婚を申し込めば良いと思っていたのである。


その、曖昧な対応がこんな事態を引き起こしてしまったのだ。

王女の俺に対する気持ちが分かっていたなら、最初にはっきりと自分の気持ちを伝えるべきだったのだ。

海を超え、遥々俺との婚姻を成し遂げる為にやって来た王女も傷付けてしまった。




そして

俺は帰国してから父上に呼び出された。

てっきり、単独での渡航のお叱りを受けるのかと思っていたら、父上の話は以外なものだった。


あの、学生食堂で王女とレティに起こった事であった。

「 お前達の話を聞いて、余は背筋が凍ったぞ 」


あの時、お前は王女と平民生徒のどちらの肩を持つつもりだったのかと聞かれ、俺は……王女を皆の前で戒める事は出来ないと思い、平民生徒を戒めるつもりだったと正直に答えた。


「 リティエラ嬢に助けられたな 」

「 はい…… 」

「 彼女を手放すでないぞ 」


父上は、余も良い教訓になったと笑った。





そして……

そんなレティに俺はどれ程の傷を負わせたのだろうか。

あれ程泣きじゃくる程に……

レティは俺との未来に不安に思っているのだと思う。

側室と言う言葉が出て来た程なのだから……


だから……

自分のやりたい道に進もうとしているのかも知れない。

皇太子妃と言う道の他に……





***





「 レティ……」

アルベルトはレティの部屋に戻り、ソファーに座るレティの後ろ姿を見ていた。

髪も……切ってしまって………


「 レティ……」

アルベルトは膝を付き、レティの肩越しに後ろから両腕を回した。


考え事をしていたのか、レティはビクッとしてアルベルトを振り返る。

レティの頬に自分の頬を付け

「 レティの言うとおりにする……他には? 何かある? 」

「 婚約式はしないと駄目? 」

「 うーん……それはもうしないと駄目かも……クラウドが盛大にすると張り切っちゃって……」

「 クラウド様の気持ちも分かるけど……それで、何時に決まったの? 」

「 ………建国祭と同じ日に…… 」

「 !? 」

「 もう、議会でも決まって……ごめん…… 」


驚きのあまり、レティは口をパクパクさせて、やっとの事で叫んだ。


「 そんな大事な日に……どうして!? 」



建国祭

シルフィード帝国がまだ小さな国であった頃、独立を果たした初代国王が即位した日を祝う日である。


シルフィード帝国で行われる4つの皇帝主催の行事の中でも、各国から王族や皇族などの招待客を招いて行う、最も大きな行事であった。







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