楠木さんとの出逢い

 シャワーを浴びてからコップに水をくむ。 朝のランニングから帰ってきた後に浴びるとだいぶ目が覚めてくる。

 昨日の夜から残っている洗い物の不快な臭いに顔をしかめつつ、サプリメントの箱から粒を取り出して飲む。

 箱をしまう時に曇り空の淡い日光で裏側の成分をぼーっと見てしまう。

 サプリメントを買う際は一応、消費者庁やらレビューやらを見ることにしている。成分を確かめて、聞きなれない成分だったら名前を英名で検索してみたりもする。レビューが偽装されていないかも気を付けないといけない。その人が他の商品にどんなレビューをしているのかも確認する。その商品だけしかレビューしていないとかだと業者のコメントを疑う。また、好意的レビューの時期が類似していたりする場合、企業が一定期間だけキャンペーンをやって好意的レビューを書かせた可能性もある。

 と、そこまで考えたところで

 そんなに健康になって一体何ができるんだ? 身体は資本だと言うけど、その資本で何をするんだ?

 そんな疑問が湧き出る。でも健康じゃないよりはマシだ、と思う。

 健康であれば働きやすいし、家事もしやすい。何より自分も少しは有用な人間なんだと思える。そうやって「よりはマシ」を選ぶしかない。

 気が付けば、すーんと大きなため息をついていた。

 仕事で疲れているのか、人生そのものに疲れたのかは分からない。

 惨めだ。

 自分は生きているのではない。死ぬまでの期限を先延ばしにしているだけなのだ。

 あくびをかみ殺しながら、水が入った電子ケトルのスイッチを入れた。 インスタントコーヒーの入れ物を開けて、コップに粉を入れる。

 コーヒーを飲む準備をしながら、スマートフォンを開いてメッセージを確認する。

 見ると、SNSで新規の通知が追加されていた。

「一斉にお伝えすることとなり申し訳ありません、まだお知らせできていない方もたくさんいらっしゃいますが、この度六月一一日に入籍いたしました。これからもよろしくお願いします」

 大学時代の知り合いが結婚したようだった。友人でもなんでもなかったが、たまたまSNSで彼を見つけたのでフォローしていた。とはいえ、やり取りはしていなかった。大学時代彼とは同じボランティアサークルに所属していたが、ボランティアをする理由については「就活のため」というものだった。今は福祉事業で起業してそちらも上手くいっているらしい。俺は周囲の人間を利用価値で測ろうとする彼の人間性が好きではなかったので、ひそかに効率厨めと思っていた。

 大学で彼が「正直女なんてハタチ超えたら全員ババアだよババア」などと笑って言っていたことを思い出す。こいつムカつくな、どんな人だって歳は取るのに、なんてことを思った。結婚とかどうするんだと聞いたら「適当なところで妥協かな」なんて言っていたような気もする。

 そんな彼は運命の相手にでも出会ったのか、それとも「適当なところで妥協」したのか。俺には分からない。

 どちらにせよ、孤独と退屈を独りで生きるよりはいいのだろう。

 退屈な孤独は終わりにしたいと、俺も考えていた。

 楠木さんと会う約束をしたのも、それが理由だった。

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