第33話 カラテ
とはいうものの。
結局俺はチェンジする決心がつかずにヴェリコイラの地元の町、王都グラッコまで来てしまった。
正直言って一緒にいて疲れるタイプ(物理)だが、あのキスの嵐の魔力には勝てなかった。彼女の笑顔は前回の裏切り裏切られで傷ついた俺の心を癒してくれる。
さて、問題のグラッコの町。
ヴェリコイラがあまりにあんまりな女なので少し心配していたが、外見上は異常なところはない。木造瓦屋根の、低層住宅が多いくらいだろうか。昔の日本の雰囲気に近いかもしれない。
若干町人にマッチョな奴が多いような印象も受けるが、まあ許容範囲だ。それより俺は腹がすいた。なぜなら結局あの休憩のあと、ほとんど休憩もとらずに丸一日歩き通しだったから。
そのことを伝えるとヴェリコイラは笑顔で了承し、近くにあった店に入っていく。今更だけどちゃんと金もってるのかな? この子。
西部劇みたいな小さいドアを開けて入っていくと店内はやっぱり外観と同じく普通だった。ただ、椅子は太い木の幹を輪切りにしたような簡素なものだ。二人掛けのテーブルに着席すると、俺は注文はヴェリコイラに任せて店内を観察する。
俺が一番警戒してたのは食器だ。ヴェリコイラの野生児ぶりからかなり遅れた文化を危惧していたが、ちゃんとナイフとフォークみたいな道具を使って客は食事をしている。フォークの爪は二本しかなかったが。
「お、姫様ついに彼氏ができたかい?」
店主と思しき男が気軽に声をかけながら注文した肉料理とパンを置いて行った。ヴェリコイラは照れ笑いを浮かべながらぽりぽりと頭を掻いている。本当に、黙ってれば……いや、止まってれば可愛いんだよ、この子。
「ところでヴェリコイラ、この世界は魔族と争ってるって聞いたんだけど?」
肉を口に運びながら俺は彼女に尋ねる。もちろん肉質のチェックは忘れない。どうやらマトンのようだ。変な肉食わされるのはもうごめんだからな。
「そうだぞ! 魔族のカラテは凄く強い! ヴェリコイラ達のカラテと互角だからな! もう何千年もライバル関係なんだ!」
格闘技術の事を『カラテ』と総称してるんだろうか? 聖剣ち〇この例もあるから一応彼女に『カラテ』というのは格闘技術の事か、と聞くと彼女は肯定した。こう言っちゃなんだが俺もカラテには少し自信がある。
「すごいな、ケンジ魔法もカラテも使えるのか? かっこいいな!」
本当に裏表のない賞賛が俺の心をくすぐる。なんだか気恥ずかしい。
「ケンジそんなに強いならボクと結婚しよう! きっと強い子が生まれるぞ!」
どストレート過ぎるだろう。付き合ってもないのに子作りの話とか。寄生虫の件のせいか、ヴェリコイラは俺の事を随分気に入ってくれてるみたいだ。彼女が顔を真っ赤にして笑顔を浮かべてるのは料理が美味いからか、それとも自分で言いながらも照れてるのか。
「そ、そういう話はまずはお父さんに挨拶してからな? お互いの事まだよく分からないんだから」
「ボクはケンジの事よく分かってるぞ? 魔法が使えてカラテも上手! ボクの事助けてくれた!」
元気いっぱいに答える彼女に俺は苦笑いしてしまう。その程度で『分かってる』とか。
「身長172センチで体重は71キロ、体脂肪率は19パーセント。歩幅は通常74センチ。右利きだけど、右の攻撃は主に見せ技のフェイントで使って、必殺技は左のレバーブロウ。スタンスは広めにとって古流カラテの構えに近く、でも受けよりは先手必勝を身上とするファイトスタイル。相手の攻撃は捌くよりも躱すことの方が多くて中段蹴りの処理が苦手。現在少し脱水症状気味なのでもう少し水分を取った方がいい」
「なんでそんなことまで分かんだよ!!」
全部当たってんですけど。怖い。
「カラテカなら当然だぞ!」
当然なの? なんなのこの子。この4日間一緒に歩いてただけでそこまで見抜いたの?
カラテの事になると急にIQ上がるなコイツ。
ちょっと怖くなったけど、俺たち二人は食事を終えて店主に勘定をお願いした。
「お二人で530カラテになります」
「ん?」
なんか今、変なことを言ったような……
「530カラテです」
いや……どうやら聞き間違いじゃない。確かに『530カラテ』と言った。
「530カラテかぁ……」
ヴェリコイラがポケットから取り出した財布の中身を確認する。え? どういうこと? 通貨の単位が『カラテ』なの? なんかおかしくない?
「ちょ、ちょっと待ってヴェリコイラ。『カラテ』なの? 格闘技と通貨が同じ名前っておかしくない?」
彼女は怪訝な表情でこちらを見つめる。
「人は『カラテ』で生きるもんだ! なんにもおかしくないぞ!」
……そうなの?
いまいち釈然としないが、俺は言葉を引っ込める。すると、ヴェリコイラが大きな声を上げた。
「あっ、しまった!! 500カラテしかないぞ!」
しかも足りないのかよ。女に奢ってもらっておいてこういうこと言うのもなんだけど、どうすんだよあと30カラテ。
「じゃあ、あと30カラテ足りないですねぇ……」
「そうだな!」
そう言いながらヴェリコイラは店の外に歩き始める。え? いいの? 食い逃げ? しかし店長もゆっくりとエプロンを脱ぎながら彼女についていく。
……これは、いったい?
「残り30……カラテで払うぞ!」
「久しぶりですなあ」
そう言いながら二人は深く腰を落とし、構えを取る。
……え? いったいどういう事?
だがそれを聞く間もなく、店長の前蹴りがとぶ。ヴェリコイラはそれをさばいて肘打ちを店長の顔面に。しかし店長はバク転でその場を離れる。
急にカラテが始まったぞ。いや確かに「カラテで払う」とか言ってたけども!
そうこうしているうちにも二人の戦いは続く。正直目で追うのもやっとの世界だ。
店長の回転裏肘打ち。間合いを広げて躱したヴェリコイラにさらに店長の手が伸びる。ガッ、と凄い音をして彼女はそれを払い落した。
「店長、30カラテで暗器はないぞ!」
笑いながらヴェリコイラが言うと店長がそれに応える。
「気づきましたか……」
そう言って店長はにやりと笑み、長袖の中から武器を見せる。三つ又の十手みたいな武器。あれは、確か沖縄空手で使う暗器、『サイ』だ。
「姫の相手をするんならこれくらいのハンデは貰わないと……しかし、確かに今のは50カラテくらいはありますな」
二人は笑顔で構えを解いて直立する。終わったんだろうか。
店長はごそごそとズボンのポケットから何かを取り出した。
「はい、姫様。お釣りの20カラテです」
そう言ってヴェリコイラの手の中に銅貨を握らせた。
……全然ついていけないんですけど。何だったの今のやり取りは。
今の戦いが、50カラテの支払いになったって事? 通貨とは?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます