第34話 十六神将

「いろいろと言いたいことはあるけども」


 少し、いやかなり目の前で繰り広げられた光景に俺は戸惑いつつも、同時に納得もしていた。なぜならここは『ヴェリコイラの地元』なのだから。何があっても不思議じゃない。


 実際カラテが通貨なんだから仕方がない。それでも色々と納得のいかないところもある。


「え? ケンジの国じゃカラテで支払うことはないのか?」


 あるわけないだろう。金を払う代わりにカラテで支払うとか、一般的にはそう言うのは強盗に分類される。


「じゃあケンジはお金がないときにご飯が食べたくなったらどうするんだ?」


 我慢しろ。


「じゃあお金はあるけど払いたくないときはどうするんだ?」


 払えよ。


 っていうか「払いたくない」ってなんだよ。ふざけんな。


 俺の中では大分この世界は『野蛮』世界として認知されつつある。次なんかやべーもんが出てきたら速攻チェンジしてやる。


 とにかく腹を満たして、腹ごなしの運動もした(ヴェリコイラだけ)俺達は王城を目指すことにした。



――――――――――――――――



「王城というか、道場では?」


 たどり着いたのは平屋のやたらと広い建物。総木造で瓦の屋根というところは城下の家々と変わらないが細かな装飾は大分丁寧に作られている。屋根の四方を守っているのが鬼瓦じゃなくてガーゴイルっぽい像なのがなんともミスマッチで面白い。


 中心となっている建物の周りには炊事場や厩、色々あるが城壁の中も建物が所狭しと並んでいる中、中央の建物はやはり道場としか形容の仕方がなかった。


「そうだぞ! 王城の中心は道場だ。これはどこの世界も同じだろう?」


 ……そうなの?


 入り口の上には木の看板が掲げられており、「バラグ流空手 グラッコ本部道場」と書かれている。


 入り口の横に控えている金剛力士像みたいな門番二人に挨拶すると、彼らは笑顔で応えた。


「お帰り姫様! 今日は魔王が来てるぞ!」


 ……魔王?


 聞き間違いか? とにかく俺はヴェリコイラに引率されて道場の中に入っていくと、両側にずらっと人が10人ずつ正座している。


 というか、片側は明らかに魔族だ。


 全員空手着を着て正座しているが、片方の側に座っている人間は皆肌が黒くて大小さまざまな角が生えている。


 そして一番奥にも二人の男が座っている。二人とも筋骨隆々の大男だ。


「パパ! ただいま! ケンジ連れて来たぞ!」


 ヴェリコイラがその二人のうち、に駆け寄っていく。俺もゆっくりと歩いて彼女の後を追うんだが、両側の男たちが舐めまわすように俺を凝視する。正直居心地が悪い。


「ど、どうも。異世界から来たケンジと言います」


「おう~、そうかそうか。まあ座んな!」


 異世界から来たことは軽く流すの?


 だがまあ、ヴェリコイラの親父の事はとりあえず置いておこう。俺が興味があるのはもう一人の方、肌の黒い、頭に角の生えたおっさんの方だ。


「あのぅ……」

「今日はよ!!」


 俺の小さな声はおっさんの大声にかき消された。


「魔王の奴が遊びに来てんだ! ケンジ! せっかくだから俺らのカラテを見て行けよ!」


 そう言っておっさんは魔王の肩をバン、と叩いた。


「あのさあ、ヴェリコイラ? あとベアリスも」


「なんだ?」


『何ですか?』


 何か、聞いていた話と違う。


「あのさ、人間と魔族って争ってんじゃなかったの? それも何千年も昔から」


「そうだぞ!」


『そうですよ?』


 俺は頭を抱える。この二人に俺と同じ価値観を期待しても無駄なのかもしれない。おそらく、必要なのは『知る事』ではなく『理解する事』。


 今まで得られた情報と、ここで得られた情報を総合して考える。


 そう、つまり人間と魔族は確かに争ってはいるが、別に敵対はしてはいない、という事だろう。つまりは好敵手ライバルだ。


「やっぱり俺必要ねえじゃねえかよ……」


 俺は再度頭を抱える。ベアリスの野郎、また適当ぶっこきやがったな。


「今日は新しく段位を取った奴が一人いるからそいつのお披露目だぜ」


 魔王がおっさんにそう話しかけた。俺が蚊帳の外状態で話が進んでいくが、正直どうでもいいわ。俺はもういつチェンジするかしか考えていない。


「カルナ=カルア! 前に出ろ!」


 ん? どこかで聞いたような名前……


 魔族側に並んで正座していた奴らの内の一人が立ち上がる。黒い肌のイケメン細マッチョに胴着を着た男が前に出て、線で囲まれた試合場に入った。


「あっ……」


 そいつは、俺の顔を見て小さく声を上げた。同時に、俺も小さく「あっ」と声を上げたが、お互い気まずそうに視線を逸らすのみ。


「よし、自己紹介だ!」


「押忍!」


 カルアミルクは元気よく返事をしてから自己紹介をする。


「魔王軍十六神将が一人、鉄宝流カラテ、初段、カルナ=カルア!!」


「ちょ、ちょっと待って……カルアミルク?」


 手を挙げて一旦名乗りを止め、俺は奴に歩み寄る。


「お? なんだ? ケンジの知り合いか?」


 おっさんが問いかけるが俺は無視してカルアミルクに近づく。


「え? 十六神将? どういうこと? 今まではずっと四天王だったよね? しかも初段って……」


 カルアミルクは視線を逸らし、苦虫をかみつぶしたような憎々し気な、そして少し悲しそうな表情で答えた。


「その……トップ4に……入れなくって……」


「…………」


 まあ、なるほど。


 戦闘力のインフレについていけなかった者の末路か。


 俺はその言葉を聞くと、無言で戻り、ヴェリコイラの隣に座った。


「お友達とお話はもう終わったのか?」


 友達じゃねーよ。しかしなんとなく寂しい気分になって、ヴェリコイラの問いかけには答えなかった。


 しかしまあこの流れだと、俺とカルアミルクが戦うことになるんだろうな。「異世界から来た奴の実力を見せてみろ」とかなんとか……


「よし! じゃあこいつの相手はヴェリコイラ! お前がやれ!」


「オッケー、パパ!」


 なんだと。

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