第31話 間違えたよね?

『間違えてません』


「いや絶対間違えたろ」


『絶対間違えてません。この世界が助けを必要としてるんです』


「どうした? 一人でぶつぶつと」


 さっきの超強い少女が笑顔で話しかけてきた。身長は160cmくらいで黒髪のショートカット。胸は少し小さいが、広背筋が発達してるためか、腰の括れが凄く強調されている。下半身はホットパンツで、布を巻いただけのようなかろうじて胸だけ隠している上半身。正直、凄く健康的でエロい。


「いや、ちょっと俺をこの世界に送り込んだポンコツ女神と話してて……あ、そうだ」


 一つ思いついた。少女はまだ何か話したそうにしてるが、俺はベアリスに問いかける。


「おいベアリス、この世界の名前は? 狙って送り込んだんなら世界なり国なりの名前は分かるだろう!」


『え? 世界の名前? いや分かりますよ……、もちろん分かりますけどもぉ……ちょっとこう……漢字が難しくて読めないって言うか……』


「漢字のわけねーだろーが!!」


「ワールスロだぞ!」


 あ、しまった。


「この世界の名前はワールスロだぞ!」


 にこにこと笑顔で少女がそう言う。しまった、「女神と話してる最中だから黙ってて」とか言っておくべきだった。


『ワールスロです! この世界の名はワールスロ!!』


 くっそ、やっぱり漢字じゃねーじゃねーか。


「凄いなお前。他の世界から女神に送られてきたのか? ボクの名前はヴェリコイラだ。お前は?」


 屈託ない笑顔でヴェリコイラは話しかけてくる。なんかこう、癒し系だな、この子。俺はヴェリコイラに自分の名前と、ちょっとした不手際でこの世界に送り込まれたことを話した。ベアリスは小声で『ワールスロ、ワールスロ……』と、呟いている。多分今必死で資料を探してるんだろう。


『あっ、分かりましたよ、ケンジさん』


 『分かりましたよ』ってなんだよ。表面上最初っからこの世界に送り込んだって設定じゃなかったのかよ。しかしこの女神と口論をしても正直なんの実りもないので俺はおとなしく話を聞く。


『この世界の名は、ワールスロ』


 だからそれは知ってるって。


『文明的には中世くらいですね。火薬もないみたいです』


「ああ、中世ヨーロッパみたいな?」


『ヨーロッパ?』


 なんだそのリアクション。


 というか、なるほど。俺は目の前にいるヴェリコイラの姿を見る。こりゃ確かにヨーロッパじゃないわ。というかこれだけ人間の戦闘能力が違い過ぎると地球と同じ歴史はなぞらないだろうな。とりあえず四足歩行じゃなければ俺はいいわ。


『で、まあ魔族と争ってるわけですわ』


 お決まりのね。


『もう何千年も、互角の争いが続いてる状態らしいです』


 まあだいたい状況は分かった。


「ケンジ、行くところ無いならヴェリコイラの家に来るか?」


 え? いいの? こんなエっロい子と、一つ屋根の下生活するなんて、許されるの?


「ヴェリコイラの家はワールスロの一番大きい町、グラッコの王様だ。王城だから部屋いっぱいあるぞ!」


ああ、同じ部屋じゃないのね。って言うかこの子姫なの? それにしちゃ随分と頭の悪……おっと、元気のよさそうな子だよね。


俺は結局身寄りもないし、ここで出来ることもないのでヴェリコイラについていくことにした。裏表のないいい子だ。でもな、こういう発言すると多分後でとんでもない裏の性格が出てくるんだろうな。もうだいたい分かってんだよ、パターンが。


彼女の後ろについて歩く。しかし改めて見ても健康的できれいな体だ。歩き、手を振るたびに筋肉が収縮する。強い体って言うのはこんなに美しいものなんだな。強くて美しくてセクシー。こんなきれいな背中ならいつまででも見ていられる。


 三日後


「ぜぇ、ぜぇ……あの……ヴェリコイラさん?」


 もうこの背中見飽きたわ。この三日間、数十分程度の短い休みしかとらずにひたすら歩き続けている。腹が減ると、ヴェリコイラの持っている保存食を分けてもらって口に放り込む。


「いつまで、歩き続ければ……?」


 この女、一体どういう体力してるんだ? こちとら女神から転生チート貰って人並外れた体力と魔力を得たはずなんですけど。魔力で体の補強しながらついて来なかったら多分とっくの昔に衰弱死してたぞ。


「あと、一日くらい歩けばつくぞ!」


 マジか……さらにこの女の言う『一日歩く』は半分くらいは食って、寝て、休憩して、じゃない。文字通り一日歩くってことだ。


 この三日間一緒に暮らして……っていうか歩いて分かったけど、この女、ほとんど寝ない。長く寝ても三十分くらいで、すぐに元気いっぱい跳び起きてまた歩き出す。これホントに人間だよね?


「あの、ちょっと……いや、たくさん休みません? 俺ちょっと体力の限界で……お腹もすいたし」


 『ちょっと』って言うと多分この女ホントにちょっとしか休まないからな。はっきり言わないと。あと、この三日間ヴェリコイラのくれた丸薬みたいなのしか食ってないから本当に腹が減った。何か食わないと死ぬ。


「わかった! 最近丸薬しか食ってなかったからな! 狩りをしてくるから待っててくれ!」


 この疲労困憊の状態からさらに狩りをしてくるだと? ほんまこの女の体力どないなっとんねん。


 ヴェリコイラはすぐに走ってどこかへ行ってしまった。草原に一人残された俺は仕方がないのでかまどを作るべく石を積み上げ、近くに落ちてた枯れ枝を集め始める。


 あの女調理器具なんて何も持ってなかったからきっと丸焼きくらいしかできないだろうけど、しかしこの際カロリーを得られるなら何でもいい。


 30分ほどしてかまどの準備ができるとヴェリコイラが3メートルほどもあるトカゲ……違うな、竜だ。とにかく爬虫類みたいなものを肩に担いで戻って来た。早えーよ。初期の悟空みたいな奴だな。


 俺はすぐに魔法で枯れ木に火をつける。するとヴェリコイラが驚いた。


「すごいな、お前火を起こせるのか! 魔法みたいだ!」


 魔法だよ。っていうか君見たところ荷物何にもないんだけどどうやって火を起こすつもりだったの? 火打石とかもなさそうだけど。


 と思ったらいきなり竜をドサッと地面におろして、その硬い皮膚に噛みつき、千切り、もしゃもしゃと食いだした。


 いろいろとやべーわ、この世界の人間。こいつだけ特別ならいいんだけど。俺の驚いた顔を見て、ヴェリコイラは血まみれの顔でにっこり笑う。


「知らないのか? 生肉でしか取れない栄養があるんだぞ! 今日は野菜がないから生肉を食った方がいいぞ!」


「知ってるよ、ビタミンとかだろう? でもいいのか? 生肉なんて寄生虫とか危ないんじゃないのか?」


「虫なんかにやられるのは気合の足りない証拠だ! ケンジも食べろ!」


 そう言うとヴェリコイラは竜の目玉をえぐって俺の方に差し出した。


「目玉は狩った奴だけが食べられるご褒美だ! ケンジにあげる!」


 狩ったのはお前だろうが。アシリパさんかお前は。


 俺は丁重に断ると、魔法で竜の肉を適当な大きさに切って、枯れ枝に刺して炙る。うん。脂の焼ける匂いが食欲を誘う。竜の肉は美味い、とか……なんか、中日ドラゴンズ? そんなアニメでやってた気がする。


 一口食ってみる。


 ああああ臭っせぇし硬てぇ! だいたい予想できてたけど! よくコイツこんなもん生で食えるな。


 しかし腹の減ってた俺は1キロほども肉を食って満腹になった。ふと隣を見るとヴェリコイラはもう竜の肉を全体の三分の一ほども食って、血まみれになった顔をぞうきんで拭いていた。


 どんだけ食うんだよホントに。こう……なんか、ホントに初期の悟空だな、お前は。俺が呆れた顔で見ていると、それに気づいたヴェリコイラはにこっと微笑んだ。笑顔は可愛いんだよ。


「ケンジ……」


 急にしなだれかかってくる。え? なに? この雰囲気? まさか食欲を満たしたら次は性欲とか? 野生児過ぎるだろう。ウェルカムバッチ来い!


 ヴェリコイラは俺の首に抱き着くように腕を回すと、ほっぺたにチュッ、とキスをした。


「えへへ……ほっぺたについてたぞ? 肉!」


「な、なんだよ、もう……」


 俺がそう呟くと、ヴェリコイラも頬を真っ赤にして「にへへ」と照れ笑いしている。あれ? 野生児属性一辺倒かと思ったけど、もしかして……何だこのリアクション。


「ご、ごめん、俺……ちょっと、いや、たくさん寝たいから、起こさないでくれ!!」


 そう言って俺は背中を向けて寝ころんだ。


 最初の内はドキドキして眠れなかったが、しかしやはり三日三晩歩き続けた疲れからか、すぐに泥のように眠りこけた。

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