第29話 SDGs
「ぐす……ひっく……」
次の日、朝起きて魔王の本拠地の広間に来ると、カルシャキアは一人でテーブルについて、泣いていた。
あの後も夜更けまでカルシャキアとベアリスは粘り強く交渉していたのだが、どうやらカルシャキアの願いは全て突っぱねられてしまったようだった。
俺は彼女の横に立って優しく肩を抱いた。
「大丈夫……女神の力なんて借りなくても何とかなる……いや」
そうだ。そもそもベアリスなんて異世界に対しては『語り掛ける』以外には何もできない。せいぜい自分の息のかかった人間を送り込むくらいしかできないんだ。なら!
「俺が何とかしてやる!!」
『ちょ、ちょっとケンジさん!?』
ようやくベアリスも事態を把握したようだがもう関係ない! 俺は自由だ! 俺は俺の信ずるもののために戦う!!
「え……? でも、ケンジは女神の使徒で……」
目をはらしたカルシャキアが顔をあげる。酷い顔だ。あの美しいダークエルフがこんなになるまで泣きはらすなんて。
「関係ない! 俺の人生は俺の物だ! 俺が正義と信じる者のために戦う! たとえ神に抗うことになろうとも!!」
『ちょっと! 何酔った発言してるんですか、冷静になってください! ムカつきますよ!!』
どうせムカつくくらいしかできないんだろうが。現場にいるのは俺だ。魂のある人間なんだ。女神のコマじゃない。
『チェンジ! チェンジして良いですから! もうこの世界は勇者がいなくても魔王倒せますからチェンジして下さい!!』
「誰がチェンジなんかするもんか! あのレイシスト共をぶちのめして魔族の生存権を認めさせてやる!!」
「本当に……信じていいんだな、ケンジ」
涙を拭いて、立ち上がる彼女の顔は、やはり確かに美しかった。
「宣戦布告だ、ベアリス! 俺はこの、夜闇のプフッ、夜闇の女王カルシャキアを助ける!!」
「ちょっと待て」
「え?」
カルシャキアは俺に正対して問いただして来た。
「なんで今笑った」
「いや笑ってないスけど?」
「嘘つけ、今私の名前で笑っただろう」
名前というか……その二つ名……怒ってるってことは、もしかして自分でつけたのか?
「わ、笑った……今絶対に笑った……」
褐色で分かりづらいが、カルシャキアは顔を真っ赤にしている。恥ずかしいならなんでそんな二つ名つけたんだ。しかし照れてる顔も可愛い。
「魔王様がそんな恥ずかしい二つ名つけるからですよ」
その時、ドアを開けながら声をかけてくる者がいた。
「”漆黒の炎”ヴィリチャド……」
カルシャキアが呟く。また恥ずかしい二つ名だ。入って来たのは額に一本の角が生えた、黒い肌の魔族。
「勇者が味方なら、百人力ッスね」
もう一人、1メートルほどの小さい背のはだしの少女。ホビットか? 本物の。
「”風の魔導師”アーリヤル……」
またカルシャキアが呟く。え? 全員二つ名あんの?
「ニンゲン……信用できルのカ……?」
次に入って来たのはグレーの肌の、硬い皮膚に覆われたリザードマン。身長は2メートル以上ある。
「”穢れたる水”ゲルコ……」
もう驚かないぞ。ていうかこれもしかして四天王か? ってことは最後の一人は……?
「フン、そんな細腕で戦えるのか?」
「”土のかたまり”ドールゲン! ……魔王四天王が揃ったな!」
いや”土のかたまり”はねえだろ。最後絶対思いつかなくて適当につけやがったな。入って来たのは低い身長にはち切れそうな筋肉、そして不釣り合いな巨大なバトルアックスを担いだドワーフだった。
っていうか、アレ? 今回本当にカルアミルクいないの? そういやカルシャキアも知らなかったみたいだし。
「ともかく、これで人間と戦える……」
「戦うことが果たして解決になるんだろうか……人間も生きるためのその版図を広げたいんだろう」
俺の言葉にヴィリチャドが尋ねる。そうだ。これは戦争であるとともに生存競争でもあるのだ。だがそんな時こそ、現代知識でチート無双の時間だ。
「SDGsだ……」
「エス……なんだって?」
「SDGs……」
「え?」
「え?」
俺の言葉に再度カルシャキアが聞き返す。……参ったな、これだからモノを知らない奴は。
「どういう意味だ? そのエスディージーズとは……?」
どういう意味? どういう意味ってのは……どういう意味だ?
「さ、さすてなぶる……持続可能な……」
ぶっちゃけ俺もよく知らん。だが最近NHKが連呼してるし、きっと素晴らしい思想なんだ。内容よく分からんけど。この……環境と、開発を……いいカンジに両立する……魔法の言葉のはずなんだ。
その時、外から叫び声が聞こえた。
「大変だ!! 人間が攻めてきたぞ!! アジトを知られちまったみたいだ!!」
「なんだと!!」
助かった! サーチを唱えると、確かにこの集落が無数の赤い光点に囲まれているのが見えた。俺達はSDGsの事はとりあえず棚上げして外に飛び出した。
「クハハハハ! コ・シュー王国に歯向かう愚かな魔族どもめ! 我が力の前にひれ伏すがいい!!」
人間達の先頭には誰か強力な兵士か将軍がいるようで、こちらの戦士が次々と薙ぎ飛ばされていく。
「やっぱり俺は天才だぜ! 毎回勇者に倒されるなら、今回は最初っから人間側に寝返っておけば敵対することもない! 知将ここにあり!」
人間の先頭に立っているのはどうやら魔族だ。黒い肌に一対の立派な角を持ったイケメン戦士の前に、魔族の戦士たちはなすすべもなく倒されていく。
「遠き者は音にも聞け! 我こそはコ・シュー王国四天王、一撃絶命鉄宝流空手最高指導者、黒鉄のカルナ=カルアフース特別相談役補佐代理心得……」
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
名乗りが長そうだったのでとりあえず俺はファイアボールを撃った。なんか黒い奴が吹っ飛んだ。
「てめえか、魔族の裏切り者ってのは……」
「アイエエエエ! ユウシャ? ユウシャナンデ!?」
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
再度ファイアボールを放ち、カルアミルクはまた吹っ飛ぶ。
『ケンジさん! 本当に人間と神をを裏切るつもりですか! 戦ってしまったら後には引けませんよ!?』
もう戦ってるんだが? ていうかカルアミルクとの戦いは戦いの内にカウントされないのか?
『カルナ=カルアさんはケンジさんのお友達ですから、まだじゃれ合いでごまかせます!』
友達じゃねーわ!
「な、なんで今回は魔族側にいるんだ!? どういうこと? せっかく裏切ったのに!」
なんかカルアミルクがほざいてるが知ったことか。こっちにはこっちの事情があるんだ。そっちの事情は知らん。そこにあるのはただ一つの事実だけ。裏切り者は始末する。
『ブーメラン!』
うるさい!
「ケンジ!」
「うわっぷ!」
後ろから誰かが急に抱き着いてきた。カルシャキアだ。
「すまない、私はここに来てもまだお前を疑っていた。どうせ口だけで、いざ人間の前に立ったら向こうに味方するんだろうと。私を許してくれ!」
カルシャキアは俺に抱き着いたままカルアミルクを睨む。
「カルナ=カルア、裏切り者はお前か、地獄に落ちろ!」
だんだん可哀想になって来たわ。この裏切りが、こいつにとってのSDGsだったんだろう。みんな生きることに必死なんだ。『生きること』それ自身は、きっと、『悪』でも『善』でもないんだ。
「それはそれとしてファイアボール!!」
「グワーッ!!」
三度吹っ飛ぶカルアミルクの体。一緒に攻めてきた人間の兵士達は四天王が弄ばれるように攻撃されていることでどうしたらいいか分からず、呆然としている。
「ゴホッ、うう……なんでだよ……なんで今回そっち側なんだよ。俺がどんな選択しても結局俺を殺しに来る運命なのかよ……? お前はタクティクスオウガのヴァイスかよ」
「メタ発言やめろーッ!!」
「サヨナラーッ!!」
今回かなり粘ったが、カルアミルクの体は四度目のファイアボールを食らわせるとごうごうと音を立てて燃え始めた。
しかし人間の兵士達が、四天王の仇を取ろうと、じりじりと間合いを詰めてくる。
『ダメですよ! ケンジさん!』
いいや、やる! 誰が相手だろうと俺の意思は変わらん。人間とだって戦ってやる。俺は両手に魔力を込める。
『ダメです! 強制チェンジ!!』
俺の体は、光に包まれた。
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