第28話 ネゴシエーション
『ケンジさん』
「はい?」
『私今、めっちゃムカついてます』
「はい……」
『一人の人間が、神に逆らったからです』
「はい……すいません」
「また女神と話をしているのか?」
独り言をぶつぶつと言っている俺にカルシャキアが顔を覗き込んで訪ねてきた。ああっ、やっぱ綺麗、この人。神々しさすら感じる。
結局俺は魔王カルシャキアに連れられて魔王軍の本拠地にお邪魔することになった。魔王の本拠地と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけただのログハウスだ。この周辺が今、人間に住処を奪われた、非人間種族の寄り合い所になっている。
『にしても、ちょっと美女に微笑まれたら簡単に転んじゃって……チョロいですね、ケンジさんは』
ぶっちゃけて言って返す言葉もない。でも、人間も悪いと思うよ?
「ところでさっき女神と話しているとき『ベアリス』と言っていたか?」
「え? そうだけど、カルシャキア、ベアリスの事知ってんの?」
「ああ、もちろんだ。夜の森と狩りの女神ベアリスだろう。我らの信ずる神のうちの一つだ」
……ベアリスさん?
『…………』
ベアリスさんを信仰してるらしいっすよ?
『いい人ですよね、カルシャキアさんって。美人だし』
チョロいなこの女神。
『いやダメ! でもダメです! ダークエルフは邪神に連なる種族!』
くっそぅ、意外と頑なだな、この女神。
「で、どうなんだ? 女神の御助力は得られそうなのか?」
カルシャキアは半笑いでもじもじしながら俺に尋ねてくる。この人こんな表情もするんだな。美人なだけじゃなくて可愛い。
「そこなんだよなぁ……なあベアリス、コ・シュー王国はメタル神シグサゲアルとか言うの信じてるんだぜ? こいつ邪神じゃないの? メタル神とかいかにも邪神っぽいじゃん」
話の途中で失礼かとも思ったが、俺はベアリスに話しかける。もうどうせ女神と話してるのは知られてるし。
『メタル神は人間に冶金の技術を教えた善神です。メタルとサウナの神として知られています。私達の味方ですよ?』
それは違うメタルなのでは……フィンランドの守護女神なの?
「人間はエルフの森を焼き払う。自然を破壊するのだ。このままでは世界は滅びてしまう」
「そうなんだよ、ベアリス! 人間は自然の環境を破壊してるんだよ! これは『悪』だろう?」
『自然って何ですか?』
何、って……
え? 自然だよ?
「その……人間が、自然を破壊して、自分達の……都合の、いいように……」
『なるほど、つまり人間は自然ではないと』
ええええ?
『確かに人間は森を焼き、他種族を攻撃し、版図を広げています。でもそれはただの生存競争でしょう? それが何か問題でも?』
そう言われると、そうだけど……でもいいのか? 自然が……破壊……自然って? このままじゃ、いずれは惑星が破壊されちゃうよ?
「ち、地球がもたん時が来ているのだ! このままでは星が病んで……」
『はぁ……』
ため息をついた後、何やらゴソゴソと物音が聞こえた。少し時間をおいてベアリスは話し出す。
『いいですか? これをよく見てください』
「見えねーよ」
女神との通話は音声しか伝えない。
『これがあなた達が今いる星だとします。あなた達が住んでいるのは、この木の球のほんの表面、ニスの塗っている範囲くらいなんですよ?』
何をやっているのかは見えないが、しかしなんとなくは分かる。これは多分、ゴア元副大統領の『不都合な真実』の冒頭だ。しかしあれは環境保全を訴える内容だったはず。
『このニス程度の部分がちょっと雰囲気が変わるだけで星が病むぅ? 笑わせますねッ!! ガシャン! フギャーー!!』
なんだ今の音。猫の鳴き声?
『結局あなた達人間が言ってる”環境がもたない”は、人間にとって都合のいい環境がもたない、ってことです。地球がもたん時がきている、んじゃなくて、人間がもたん時がきているんです。この程度、星にとっては屁でもありません』
俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
……口では勝てない……
「だ、大丈夫か? ダメだったのか?」
心配そうな表情でカルシャキアが俺の肩を抱いてくれる。本当にこの人の印象は180°変わった。いい人だなあ。コートの鋲がちくちくするのが玉に瑕だけど。
「何とかならないだろうか。人間は私達と話し合いの場すら持とうとしてくれない。このままでは我ら魔族は滅んでしまう」
カルシャキアの言葉を受けて俺は粘り強く交渉する。
「ねえ、滅んじゃうんだよ? そんなの可哀そうじゃん。この世界に人間以外の種族がいなくなっちゃうよ? 寂しくない?」
『森がなくなるなら平地で生きればいいんです。ケンジさんの世界でも町に適応した種族はたくましく生きてるでしょう? カラスとかゴキブリとか、たぬきとかハクビシンとか。適者生存の原則ですよ』
「ひ……人の世界に適応しろって……」
俺がベアリスの言葉を端的に伝えるとカルシャキアは泣きそうな顔を見せる。そんな表情も儚げで美しい。
「そんな! 人間は我らを敵視しているのだ。共存などできない。駆逐されてしまう!」
「ねえなんとかならない? ベアリス。人間はもう魔族を敵として見てるんだよ。誰かが仲介してやらないと」
ベアリスはまた小さくため息をついてから答えた。
『ツバメって知ってます? 彼らは人の家に巣をつくります。なんでか分かりますか?』
「な、なんで?」
『人間の住宅はヘビやカラスなど他の害獣に襲われにくいからです。ツバメにとって人間は”益獣”なんです。ツバメ程度に出来る適応が魔族には出来ないんですか? ならもう生存競争の敗者でしょう』
俺は再びベアリスの言葉をカルシャキアに伝える。
「て、適応しろの一点張りで……」
なんだか俺も泣きそうになってきた。
というか、俺を挟んで議論するのやめて欲しい。なんで俺は異世界まで来て通訳なんてやってんだ。この伝言ゲームいつまで続くんだよ。
「そんな……滅びるしかないの……?」
カルシャキアは床にぺたん座りして泣き出してしまった。俺も罪悪感に泣き出しそうだ。
『別に滅びろとは言ってませんよ、カルシャキアさん。適応しろ、と言ってるんです』
「私に街娼にでもなれというのか!?」
「イヤお前ら直接会話できるなら最初っからしろよ!!」
なんだよ、普通に会話できるじゃないか、カルシャキアとベアリス。とにかく二人は直接交渉に入った。というかベアリスが一方的に攻撃してるだけのようにも聞こえるが。
『街娼も奴隷も立派なお仕事です。職業に貴賎なし、ですよ』
「私には、魔族の誇りがある……人間相手に春をひさぐなど!」
『それにですね。もう魔族の中にも人間に取り入って仕えてる方もいますよ?』
ベアリスの言葉は爆弾発言だった。あのレイシストのコ・シュー王国に、魔族が仕えているだと?
国民でないものには一切の容赦がない冷酷な国。そこに取り入った、裏切り者がいるだなんて……
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