第16話 俺TUEEEEE!!

「勇者様、その棒はいったい……?」


「……これか」


 バルスス族の青年の言葉に俺は応える。右手に持つ2メートルほどの長さの細い木の棒。それを片手に、俺は立ち上がった。


「おお……」

「なんと見事な『立ち』……」

「見ろ、正中線のブレが全くない」


 こいつらの賞賛、だんだん腹立ってきたわ。


 しかし俺はそれを気にすることなく、立ったまま棒で地面をついて支えとする。


「まだ『立ち』が未熟でバランスが上手く保てないものは、これを使って体を支えてくれ。人数分作らせてある。これを……」


 キッとまっすぐ前を見て俺は言う。


「『杖』という……ッ!!」


 何を言ってるんだ俺は。


「おお!!」

「凄い!」

「Tueッ!!」

「これなら確かに立てるぞ!!」


 相次ぐ賞賛の嵐。もうこれが盛大なドッキリだったらどんなにいいか。俺はここ最近そればっかり考えている。


 召喚から1週間ほどが経ったが、結局バルスス族の人達の二足歩行の鍛錬は遅々として進まなかった。


 そこで考案したのがこの『杖』だ。


 なんか言ってて自分で恥ずかしくなってくるのは何故だろう。スフィンクスの謎かけもここでは通用しない。朝も昼も夜もずっと四本足だからな。


だが俺の講義はここで終わらない。俺の杖だけは先端に切れ込みが入れてあり、物が挟めるようになっている。俺はそこに尖らせた打製石器を挟み込み、そして事前に茹でて柔らかくしてあった竹ひごでそれをきつく結んだ。


「これが何か分かるか?」


「なんだろう?」

「分からない……」

「分からない。分からないぞッ!!」


 ちょっとは頭を使えこのおポンチどもが。


「ま、待て! あれは確か……壁画で似た物の絵を見たことがあるぞ!」


 どうやら少しは頭の回る者もいるようだ。俺は足だけで立って、杖を水平に持ち、石器を前に向けて構える。


「これは……『槍』だ……!!」


 やっぱり言ってて恥ずかしい。


 俺は槍を前方に突き、払い、叩き、架空の敵を打ちのめす。


「これを使えば、自分は安全な場所にいながら、離れた敵を攻撃することができる」


「なんだって!」

「そんな卑怯な……いや、しかし合理的だ……」

「悪魔の兵器だ……」


 槍が悪魔の兵器とかお前らぬるま湯に漬かりすぎだろ。俺は極めつけの技を見せる。


「そしてこれは手に持って戦うだけが能じゃない。こうやって……」


 俺は槍を右手で逆手に持ち、左足を前に大きく出して勢いをつけ、そのまま槍を投げて土壁に突き刺した。投げ槍だ。


「お……恐ろしい……」

「これが使えれば相当有利に戦えるぞ……」

「こんな非道な兵器が……許されていいのか……!?」


 こいつら四足歩行がデフォだから投擲も今までろくに使ってこなかったらしい。どうやって狩りとかしてたんだよ。ホントによく今まで生き延びてこれたな。


 本当は弓矢を作りたかったんだけど、こいつらのぶきっちょさだと作るのも使うのも難しそうだし、何よりちょうどいいしなりと硬さの木が見つからなかった。自殺島でも相当苦労して作ってたしな。


「そして、もう一つお前たちにやってほしいことがある。これは俺にはできないことだ」


 俺はみんなの元に歩いていく。みんなもう杖で立つのも止めて地べたに座り込んでいる。お前らちょっとは努力しようと思わないの?


 適当な石で床に「い」「ろ」「は」と書く。


「これはそれぞれ『い』『ろ』『は』と読む」


「? それは……どういう?」

「意味が分かりませんが……」

「絵……ですか?」


「これは……」


 俺は十分に溜めをつくり、そして力強く言った。


「『文字』だ……ッ!!」


「Moji……?」

「聞いたことがない」

「我々の知識にない存在だ……『読む』とは……?」


 こいつらホント全部わかってて俺をからかってるんじゃねえのかな。だとしたら相当恥ずかしいんだけど。


 しかしそんなことを邪推しても詮無き事。こいつらが「知らない」と言うんだから今はそれを信じるしかない。俺は『文字』の説明を始める。


 文字が使えれば自分の得た知識、経験を後世の人々に寸分違わず残せるという事。絵と違って解釈の違いが発生しない。『言葉』を半永久的に残せるのだということを。


 これができれば俺がいなくても歩き方や槍の使い方を他の人にも伝えられる。それこそバルスス族以外の部族や、後世の人々にも。


「なんと素晴らしい……」

「勇者様は溢れる知の泉だ」

「知識チートじゃん」


 だんだん俺はイラついてきた。褒められるのってもっと嬉しいことだと思ってたんだけどなあ。


 だがこれは実際女神の力で言葉が翻訳されてる俺には出来ない事だ。どんな文字を作って、どんな運用をするのかは彼ら自身に考えてもらうしかない。男どもは主に戦いの準備をしなきゃいけないから、俺はこれを女房衆のリーダーに依頼した。


 途中確認しないとかなり不安だが、ここは彼女を信じて任せるしかないだろう。


 ああ、それにしても。


 チェンジしたい。


『何でですか! こんなイージーな異世界、これを逃したらもう二度と来ませんよ! この世界を平和にして、末永くみんなと穏やかに暮らしたいと思わないんですか!?』


 思わねえよ。


 何が悲しゅうて新石器時代で二足歩行も覚束ない奴らと末永く暮らさにゃならんのだ。正直今すぐにでもチェンジしたいんだが。女神の言葉なんて無視だ。無視。


『そっ、そんなひどいこと言わないで下さいよぉ……可愛いファーララちゃんが泣いちゃいますよぉ? 私も泣きますし』


 ベアリスはどうでもいいが……俺はちらりと首長の娘、ファーララの方を見る。どうやら文字の方は他の女衆に任せるつもりのようだ。杖を支えにして必死に二足歩行の練習をしている。


 本当にいじらしい。


 男どもはもう休憩してるって言うのに、彼女は首長の娘という立場でありながら誰よりも努力している。いい子はいい子なんだよなぁ。


 というか他の人達も俺を温かく迎えてくれたし、女神の使徒として厚遇してくれるし、何より人間がみんな親切で穏やかだ。理想の優しい世界なんだよなぁ……二足歩行さえできてれば。


『でしょ? いいところじゃないですか。それにほら、最近のラノベでも流行ってるでしょう。現代日本の知識をつかって現代無双! 知識チート!』


「違うだろう!!」


「えっ?」


 俺が急に大きな声を出したのでみんなが振り向いた。


「あっ、すいません。今ちょっと女神の奴と話してて。気にしないで下さい」


「女神ベアリス様とお話を……」

「シャーマンでもないのに、凄い」

「さすが女神の使徒だ……」


 箸が転がっても賞賛。


「もう嫌だ。たくさんだ」


 俺は、もう限界だった。


「こんなの知識チートじゃねえわ!!

 知識チートって、こう……違うだろう! もっとさあ、マヨネーズ作ったり、シャンプーとコンディショナー作ったり……いや俺どっちも作り方知らないけどさあ!!」


 誰に向かって叫んでるのか。女神か、それともバルスス族の人達なのか。それが分からなくても俺はぶちまけずにはいられなかった。そうしなければ、俺の心が壊れてしまいそうだったから。


「どこの世界に異世界人に二足歩行教えてホルホルする知識チートがあんだよ! ここにあんだよバカヤロウ!!」


 俺は地面に持っていた槍を叩きつけた。


 辺りは静寂に包まれる。


 バルスス族の青年の一人が、恐る恐る、俺をなだめようと声をかけてきた。


「勇者様……その……いろいろあるとは思いますが、落ち着いてください。その、なんといったらいいか……冷静に……もっと、文明的になられては?」


 お前らにだけは言われたくねーわ。

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