第15話 チート技術披露
「よく見ていてくれ」
広間に人を集めて、俺はゆっくりと口を開く。俺は両足で床に立っており、他の者達はみなしゃがんで手をついている状態だ。
「まず右足を出す……」
「おお……!!」
「一瞬片足だけで立ったぞ……!!」
「さすがは勇者」
周りから感嘆の声が漏れる。
「そして今度は後ろにある左足を上げ……」
「見ろ! やっぱり片足だ……ッ!!」
「これが秘訣か……」
男どもが動揺する。
「前に出す!」
俺の一挙一動に周りは驚愕の声をあげる。
「これを休むことなく繰り返す。これが二足歩行だ」
男も女も、皆の顔が驚嘆に染まる。
「早い……そして安定している」
「見ろ、まだ足だけで立っているぞ……!!」
もう……チェンジしていいかな、この世界……
『ダメですよ。まだ何もしてないじゃないですか』
女神の声も俺には響かない。
だってそうだろう。
確かに女神は言っていた。
「イージーで無双できる世界」だと。
……まあ、その通りなんだけどさ。
だからってこれはないだろう。
まさか二足歩行も覚束ない世界だなんて普通思うか? もうちょっとホモサピエンスらしくしてくれよ。きっとこの世界にはネアンデルタール人とかデニソワ人とか存在しなかったんだろうな。
いたら絶対生存競争に勝てなかったわ。
一つ言い訳させてもらうなら、彼らの外見ははっきり言って現生人類と何ら変わることはない。前回も言ったように中央アジア系の端正な顔立ち。なんかやたらと国名にスタンとかつく辺りだ。
そして重要なことが一つ。
体形も実はそんなに変わらないのだ。通常ナックルウォークで歩行する類人猿は腕が長く、脚が短い。だが彼らはそんなことはない。むしろ日本人と比べると若干脚の比率は長いくらいだ。
ということは何らかの理由があって進化の途中で二足歩行から四足歩行に戻ったのだろう。それも、そう遠くない過去に。
「申し訳ない、勇者様。壁画を見ると我らの祖先も二足歩行で暮らしていた時期があったのだが……」
首長のオールムは申し訳なさそうにそう言った。そう、壁画だ。なんとなく想像ついたが、こいつら文字すら持たない文明だった。
「だが、今では二足歩行の技術は失われ……ロストテクノロジーとなってしまったのだ」
二足歩行がロストテクノロジーになるとか新しすぎるだろう。そこだけ聞くと文明が発達しすぎたサイバーパンクみたいだ。
そして俺達がいたバルスス族の王宮……と言っていいのか? まあ、でかいだけのあばら家なんだが。家畜の糞と土を混ぜて焼いた壁の原紙的な家は巨大な木の上に建てられていた。周りも木、木、木。この町……いや、村は森の上に建てられている。
といっても俺達が想像するような直立した木ではない。凄まじい大きさの巨木がいくつも絡み合ってヘビの交尾のようにうねり、曲がり、縦横無尽に走る。
もはやどこが地面でどこが木なのかも分からない。
なるほど、確かにこれだけアップダウンが激しい上に木の肌の上には苔も生えていて滑りやすいとなると、二足歩行よりもナックルウォークの方が安全というのもうなずける。
「魔族とは以前から小競り合いはありましたが、大規模な戦争になることはありませんでした。しかし最近急に組織だった敵対行動をとるようになり……しかも……これはとても信じがたいことなのですが……」
首長のオールムは眉間に皺をよせ、恐怖と憎しみのない交ぜになった表情になって話を続ける。
「奴ら、なんと……全員が、二足歩行の使い手なのです……ッ!!」
……そんな顔で言われてもな。
ちらりとみんなの方を見ると、それぞれが二足歩行の練習をしている。首長の娘のファーララもだ。しかし2,3歩歩くとすぐにバランスを崩して手をついてしまう。危なっかしい。
だがそれでも彼女は諦めない。周りの大の男たちが「こんなの無理だ」とか「転生チートずりぃよな」とかあきらめ顔で座っているのに、彼女は何度も何度も、諦めることなく練習を続ける。なんと気高くも強い魂なのか。あと、二足歩行はチートでもなんでもねぇよ。
それと、女神はこの世界の住人を「戦争の苦手な人達」と言っていたが、確かにそうだ。
なにしろ移動時に両手が使えないもんだから手に持つ武器はまるで発達していない。主な攻撃手段は噛みつき、ひっかき。たまに武器を使う時はせいぜい石で殴りつけるくらいだ。
そんなだから武器どころか生活の道具もお粗末なもんだ。打製石器と磨製石器はあるものの、金属の類はない。
地球の昔の時代に似てるって言ってもせいぜいが古くても古代ローマとかかなぁ? って思ってたらまさかの新石器時代とは。加減てもんを知らねぇのかあの女神は。
というか俺は石器を使ってるのに人間が四足歩行をしてた時代なんて知らないんだが? あいつ「俺の世界の昔の時代をなぞってる」とか言ってたけどどんななぞり方してんだよ。なぞり方間違ってるだろ絶対。
「ふむ……しかし、勇者様なら我らに伝わる、我々には使えなかった、あの『伝説の聖剣』を使えるかもしれませぬな……」
オールムが不穏なワードを呟く。
『聖剣』……正直嫌な思い出しかない。変な名前じゃないだろうな。というかこいつらの文明から考えても絶対ろくな武器じゃないぞ。せいぜいが黒曜石の剣くらいだろう。
オールムはナックルウォークで部屋から出ていく。結構スピード出るんだな、ナックルウォークって。
しばらくすると右手に剣を抱えて、左手だけでナックルウォークをしてオールムが戻って来た。意外と器用だな。
俺は彼の持ってきた武器に驚いた。
「これは……まさか!!」
「ふふ……さすが、勇者様にはこれの凄さが分かりますか」
正直予想以上のものだった。
「これはまさか……青銅器の剣!!」
ターコイズブルーの古びた剣。新石器時代だと思ったのに、なぜこんなものが?
「もはや我らには作り方も、使い方も分からなくなったオーパーツではありますが……」
まあ確かにな。四足歩行のお前らには聖剣でも普通の剣でも使えないわな。
「過去、二足歩行していた時代には、祖先はこの武器を使っていたのです。
なんとなく分かって来た。ベアリスが「過去をなぞっている」と言った意味が。
カナリア諸島。アフリカ大陸、モロッコの西に浮かぶスペイン領の島。
人間の文明や知能が人種によるものではなく環境によるものであるということを教えてくれた地。
そこに住むのは白人ではあったが、15世紀、ヨーロッパの人間が彼らに接触した時、彼らの文明程度は新石器時代相当だったという。
しかし古代遺跡からは青銅器が発掘されており、これは長い歴史の中で製法が失われたと言われている。
っていうか俺はたまたま知ってたけど普通の奴はこんなの知らねえぞ。歴史をなぞってるってこういうことか。ピンポイント過ぎるだろう。それでも四足歩行なんて絶対してなかったと思うけど。
バルスス族は争いを好まない、というかこれだけしょぼい文明だとまず争いが起こるほど人間の数が揃わないんだろうけど、その中でさらに樹上生活を続けるうちに武器や金属の製法が失われていったんだろう。
対して、生活に必要な毛織物の技術だけは残ったということか。俺が一人納得しているとオールムは自慢げに鼻を鳴らす。
「この聖剣があれば、勇者様なら魔王など一ひねりでしょう。どうか、お納めください」
いらねーよ。
驚きはしたけど、なんで俺が『どうのつるぎ』で魔王と戦わなきゃいけねーんだよ。ドラクエの初期装備かよ。
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