第14話 ナックルウォーク
「うぐぐ……いってて……」
俺はお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がる。ここは……どこだ? 室内か。だが前回みたいな王宮とも違うな。荒削りの丸太で作った、枠の扉のないドアに、土壁。
床には絨毯みたいなものが敷かれている。割と細かい装飾だ。いわゆる民芸品だな。
きょろきょろと辺りを見回すと、俺を中心に数十人の人間が車座になって胡坐をかいて、それぞれ座布団の上に座っている。
服装は割と簡素な織物で、前回みたいな豪華ないかにも『王様!』って感じのものでもないし、鎧を着こんでいる者もいない。
ん~、気温はどうも高温多湿みたいだけど、薄着の中央アジアとか……それともちょっと違うけど顔立ちはそんな感じだ。日本人から見ると『白人』だけどヨーロッパからは『アジア人』と言われる人々。
文化程度は……正直よく分からない。毛織物みたいなのはあるけど、あんまり文明度が高くない……か? 失礼な言い方だけど。
「おお、女神が我らが願いにこたえてくださったぞ!!」
一番奥にいたひげを蓄えた大柄な男性。長老? というには随分年若い。50歳くらいだろうか。リーダーっぽいその男性が立ち上がってそう言った。
すとん。
言い終わると、また座る。
「勇者様、勇者様なのですね? 私達の世界を救いに来てくれたんですか!?」
右隣に座っていた若い女性。少し肌は浅黒いけどもこれまた凄い美少女だ。丸い顔ときらきらした瞳から幼さを感じる。15歳くらいかな。
すとん。
少女もまた言い終わるとすぐに座布団に座った。
なんか……違和感が。
「勇者殿」
さっきのリーダーっぽいおっさんが声をかける。
「そう長い間立っていてはお疲れでしょう。ささ、お座りください」
いや、まだ一分くらいしか経ってないけれども。しかしまあ、ここで『疲れてない』なんて強弁しても仕方ないので後ろにあった座布団に座った。
「いかにも、私は”夜の森と狩りの女神”ベアリスの使徒、ケンジと言います。この世界を救うために使わされました」
我ながら完璧な宣言だ。なんせもう三回目だからな。もうちょっとしたベテランだよ。まあどうせこいつらもベアリスのこと知らないんだけどさ。
「おお! 夜の森と狩りの女神!!」
「我らが守護女神さまだ!!」
「勇者ガチャSSRキタコレ!!」
えっ? 知ってるの? 嘘だろ? 調子合せてんじゃないの?
「いやあこれは心強い。古いシャーマンの口伝から勇者召喚の儀式を行ってみたものの、我らの信仰する女神ベアリス様が直接勇者を遣わして下さるとは。僥倖です」
笑顔満面のリーダーさん。え? なにこれ。マジで当たり異世界なんじゃないの? よりにもよってあのポンコツ女神を信仰するとかちょっと心配ではあるけど。
「それでは勇者様、このカルナーレを襲っている危機についても知っておられるのでしょうか。説明が必要ですか?」
「あ、まあ。一応あの駄女神から概要は聞いていますけど、細かいところは正直分からないんで教えてもらえますか」
俺がそう答えると、リーダーの男は身振り手振りを交えながら説明を始める。
それによると、やはりベアリスの言った通り、この世界では長らく平和な時代が、それこそいつからなのかも分からないほどに続いていたのだが、人間に敵対する魔族という種族が存在する。
それが最近急に力をつけ始め、『魔王』と呼ばれる者を旗頭に、人類に対して組織的に敵対行動をとるようになってきたのだという。
「我らは、長らく続いた平和により、もはや戦うすべを持ちません。それは向こう、魔族側も同じだったのですが、ここ十数年で急激に力をつけ始めたのです。このままではもはや我ら人類は風前の
なるほどね。だいたいベアリスの言っていた通りか。俺は部屋の中を見回す。広い部屋ではあるものの、しかし装飾品としては床の毛織物と、壁に飾ってある木片を削った何かのレリーフのようなものくらい。
貴金属の類も身に着けていないし、身分の高い者なら、俺みたいなどこの馬の骨とも分からない者を招くのに護衛をつけない筈がないのに、帯刀している者もいない。
誰も戦い方を知らないって言うのに、敵対勢力に急に戦力の底上げをする奴が現れた、ってところか。もしかしたら異世界転生者だったりしてな。
「分かりました。わたしにお任せください。きっとあなた達を救って見せましょう」
自分の胸を押さえ、俺は自信満々にそう言い切った。今度こそ、今度こそこの世界を救って見せる。それは俺の『誓い』でもある。サリスとイーリヤには本当にすまないことをした。今度こそは。
「ありがとうございます、勇者様。名乗りが遅れましたが、私は人族、バルスス族の首長、オールムと申します。こちらは私の妻、アルテット。左にいるのは末娘のファーララです」
こちらから見て左が奥さんのアルテット。長い髪がきれいな落ち着いた女性だ。そして右にいるのがさっきから気になってるくりくり目の美少女ファーララか。太陽のような眩しい笑顔に服装はチューブトップのトップスとひざ下くらいのキュロットみたいなズボン。見え隠れしてるおへそがなんともかわいらしい。
「まあ、今日は難しいことは抜きにして、まずは勇者様の歓迎会と行きましょう。おい、料理を運び込んできてくれ!」
オールムさんがそう言うと、控えていた女官(で、いいのかな?)の人達が料理を次々と運び込んでくる。こちらが地べたに座っているから埃を立てないようにとの配慮なのか、中腰で、少ない量ずつ持ってきては引き返しを繰り返す。
なんか、こうやって宴が開かれるとサリスの事を思い出す。ダメだな、俺。過去の女をいつまでも引きずってるなんてな……
『何格好つけてるんですか童貞のくせに』
出たわね駄女神。今回は妙に大人しくしてると思ったのに。
『それに……サリスさんは、あなたの心の中に、強く息づいていますよ。あなたの血となり肉となり……世の中には無駄になる事なんて、何一つないんです』
心の中じゃなくてお腹の中だろうが。そういう冗談本当やめてくれる? 俺割と本気で傷ついてるんだけど。
俺は料理を食いながら女神と話をする。料理はやっぱり野菜が中心で、肉はヤギか何かの物が少しあるくらいで、タンパク源は主に魚みたいだった。高温多湿だし、熱帯か、亜熱帯気候なんだろうか。
女神と雑談をしながらも俺は料理はしっかり吟味する。またなんか変なもん食わされたりしたらたまらないからな。
そんなとき、オールムさんが話しかけてきた。
「勇者様、もしかしたら気付いているかもしれませんが、今日この席で末娘のファーララを……未婚の彼女だけを紹介した意味、解りますでしょうか」
ああ~、そういうことね。仕方ないなあ……ちらりと彼女の方を見ると、女座りで顔をこちらに向けずに座っているものの、少し頬を染め、ちらちらとこちらに視線をやっている。
なんだろう、この、「興味はあるけど直接行くのは恥ずかしい」みたいな、思春期特有のじれじれ感。たまらなく可愛い。まあ俺もまだ思春期だけどさ。
ファーララの隣に行こうかとも思ったけど、彼女の両隣はみっちり人が並んでて座れそうにない。俺は彼女に手招きした。
「ファーララ、こっちに来てお話ししませんか?」
彼女はこちらを見てぱぁっとひまわりのような笑顔をのぞかせて立ち上がり
……そして……
中腰になった。
ん?
そして彼女は俺の隣に近づいてきた。
ナックルウォークで。
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