知識チート

第13話 やさしい世界

「もう~ッ! なんなんですかケンジさん!!」


 なんなんですかって言われてもなぁ……


「あと一歩で魔王を倒せるところだったじゃないですか! なんであそこでやめちゃうんですか! 全然意味が分からないですよっ!! 舐めプですかっ!!」


 俺だって意味が分からん。俺は下ネタが嫌いなんだ。


「いいですか、ケンジさん!!」


 女神ベアリスは俺のところにつかつかと歩み寄ってきて、トン、と、人差し指で胸をつき上目遣いに睨んでくる。


 正直言って怒った顔も可愛い。かなり身長が低い上にゆるゆるのワンピースを着てるので、上から見ると胸の谷間……というにはかなり清貧ではあるものの、奥の方まで胸が見える。これ、角度を変えたらさきっぽまで見えるんじゃないかな。


 バッ、とベアリスは両腕で胸を抱き隠すようにして逃げた。……まさか。


「女神は心が見透かせるって事、忘れないで下さいよ……」


 しまった、今の心の声を聞かれてたのか。でもまあ仕方ない。可愛いのは事実なんだから。


「……まぁ……可愛いって言われて悪い気はしませんけど……」


「え? なんて?」


 口を尖らせてぼそぼそと喋ったのでよく聞こえなかった。決して俺は難聴ではない。


「とにかくですねぇ!」


 ぼふん、とベアリスは例の柔らかいソファに体を預けるように深く腰掛ける。


「ホントにちゃんと異世界救ってもらわないと困るんですよぉ……」


 またコオロギを頬張りながらベアリスは涙目で呟く。いや、俺だって救ってやりたいとは思うんだけどさ。イーリヤも可愛かったし。サリスも……うっ、また涙が出てきやがる。


「イヤ俺だって助けたいんだよほんとに? でもね、行く異世界行く異世界まともなとこじゃないじゃん!」


「え? どっかおかしかったですか?」


「うせやろ……?」


 俺は驚愕した。食人の習慣がある世界。異常なくっ殺体質の姫騎士に恥ずかしい名前の聖剣と魔王。その全てが何でもないというのか。


「俺……ちょっと自信なくなって来たわ……」


 正直異世界怖い。日本の常識が通じない。当たり前っちゃあ当たり前なんだけども。異世界転生ってこう……もっとイージーでライトでハーレムなもんなんじゃなかったのか?


 いやまあ、女関係だけは異常にチョロかったけど。


「はぁ~、もっとイージーな異世界がいいんですかねぇ……」


 女神はまたパラパラと資料をめくる。


「いや、イージーとかそういうアレじゃないんだよなあ……」


 価値観が違い過ぎるんだよ。特に最初の異世界。


 とはいえだ。実際女神の言う通り俺の元いた世界でも中国とかアステカとかじゃ食人の文化が日常的にあったのは事実。


 もっと……アレかな? 価値観のアップデートが必要なんだろうか。ゼロベース思考で価値観をリニューアルしないといかんのかもしれん。俺、少し甘えすぎてたのかな?


 あ、そう言えば一つ思い出したぞ。俺は資料とにらめっこしてるベアリスに話しかける。


「お前さ、前の異世界の時もやっぱり女神ベアリスのこと知ってる奴全然いなかったんだけど、本当に女神なんだよね? なんかいろいろ怪しい発言するし、俺はまずそこから疑ってるんだけど?」


 ベアリスは相変わらず資料を眺めながら答える。


「だからぁ、言ったじゃないですか。まだ女神になって日が浅いんですよ」


 ううむ。『日が浅い』……確かに前にも同じことを言っていたが、実際どのくらいになるんだろう。神様とか言うとイメージでは数万年とか、数千年やってるイメージなんだけど、まだ数百年しかやってないとか?


 ベアリスは俺の考えていることが分かったのか、それとも心を読んだのか、資料をめくる手を止めて、ニヤニヤ笑いながら訊ねてきた。


「うふふ、私、何歳に見えますか?」


 うぜえ、場末のキャバ嬢かよ。知らんけど。


「そう言われると……うう~ん……見た感じ、14歳くらいにしか見えないけど」


「えへへ……やっぱり、人間から見ると神族って若く見えちゃうんですねぇ」


 そう言いながらベアリスは頭をポリポリと掻いて微笑む。くっそムカつく。可愛い。可愛くてムカつく。


「実は私、こう見えても16歳なんですよ! そんなに若く見えちゃうんですね! えへへ……」

「大して変わんねーよ!! 誤差だよ!!」


 しかし神様はじめて16年ってことか、どうりでみんな知らねーわけだ。スパゲティモンスター教より歴史浅いじゃねーか。


「あ……」


 ベアリスが一枚の紙に目を止め、他の資料をテーブルの上に戻した。


「もしかして、探してるのはこれかな~?」


 にやにや笑いながら紙の向こうに隠れるように顔を隠し、目だけをのぞかせてくる。くそっ、イラっとくる。イラ可愛い。


「ああ~、これ私凄いの見つけちゃったかも! 私やっぱり女神の才能ありますね! 女神に転生する前は人間の王族やってたんですけど、私王族の才能無くて大変だったんですよ。三回も追放されちゃいましたから」


 マジかよ相当向いてねーな。追放のスペシャリストじゃねーか。ナポレオンもびっくりだわ。それにしても神族って人間から転生できるもんなのか。新事実だ。


「で、どんな世界なのよ?」


「ええっとぉ、世界の名前は……やっぱりありませんね。現地住民は『カルナーレ』って言ってます。現地語で『世界』って意味ですね」


 前回と同じじゃねえか。まあ仕方ないか。現代日本みたいに自分達の住んでる場所以外にも惑星があるって知らなければ、わざわざ唯一無二の自分の世界に名前なんか付ける必要ないわな。


 もう現地語で『東京外為市場』とかじゃなければなんでもいいわ。問題はそこじゃない。


「まともな……世界なんだろうな……」


「まとも、とは?」


 『まとも』とは、何か。


 何か哲学的な問いにも思える。確かに捉えどころのない質問だけど、まあ、住民が異常に野蛮だったり、奔放で他人の権利を侵害することを屁とも思ってなかったり、そういうのが無ければ贅沢は言わない。


 究極的に言うと『やさしい世界』なら最高だ。


「ん~、どうでしょうね? 表現がふわふわしすぎてて……ちょっと世界の事前情報出すのは好きじゃないんですけど。世界を探索する楽しみが減っちゃうじゃないですか」


「そう言わずに。事前情報なしに行ってまたチェンジなんかされたらベアリスも嫌だろう?」


 俺が説得するとベアリスはようやっと情報を教えてくれた。


「えっと、文明的には、ケンジさんが元いた世界ですでに通過した昔の時代に似てますね。そこをなぞってるような感じです」


 なるほどなるほど。中世ヨーロッパか、近世か。変わったところで古代ローマ世界とかもアリだよなあ。それなら想像しやすい。


「人々の性格は穏やかで、共助の考え方が強く、皆で助け合って幸せに暮らしてる世界ですね。一応王族とかもいますけど、身分や貧富の差はそんなに大きくないです」


 マジかよ、かなりいい世界じゃん。


「あんまり戦争が得意じゃなくて、魔法も武器も発達はしてないです。ここならきっとケンジさんも無双できますよ!」


 ん~、その情報はあまり重要じゃないかな。今までの世界でも俺結構無双してたからな。


「ですが、最近急に力をつけてきた魔族に押されて、侵略されつつある可哀そうな世界なんですよ。みんなで穏やかに暮らしてたのに……ぐすん」


 わざとらしくベアリスが涙ぐんで鼻をすする。わざとらしいけど可愛い。


「よお~し、やったろうじゃねえか! 俺が善なる人々を導いてやるぜ!!」


「えらいっ! それでこそ勇者です!! じゃあいきますよ!!」


 ベアリスがガッツポーズをして喜ぶ。我ながら、俺も結構チョロい奴だな。


「おりゃあ!」


 俺は、光に包まれた。

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