第12話 皇帝

 足取りが重い。


 この城の外庭で行われている魔王軍とバルオルネ王国軍の戦い。イーリヤを助け出すついでに俺が大分敵の数を減らしたこともあって、戦いは王国軍に有利に進んでいた。少なくとも城内の敵は完全に排除し終わるだろうか、というころ、あの奇声が聞こえたのだ。


 俺は右手にち〇こ(聖剣)を握って、声のする方向にゆっくりと歩いていく。


 今聞こえた奇声が気のせいであることを祈りながら。


 衛兵たちの人込みはモーセの十戒の海割りの如く割れ、そして羨望とも期待ともつかない表情を浮かべた衛兵や騎士達が俺に熱い視線を送ってくる。


 そう、俺は魔王を倒すべく召喚された勇者なのだ。やがて後世の人々は語るだろう。勇者ケンジの名を。


 その立派なち〇こで魔王を逝かせた英雄として。


 いやだ。


 なんでだよ。ふざけんなよ。俺がナニしたっていうんだよ。なんで俺だけそんな恥ずかしい思いしなきゃいけねーんだよ。


 しかし愚痴を言っても始まらない。


 まあ最悪聖剣はどっかに捨てちゃえばいいや。


 それでもほかにもいろいろと考えることはたくさんあるけど。キャピタルゲインとかダウ平均株価とかナスダック総合指数とか。


 そんなことを考えながら俺は城門をくぐる。城外にはモンスターたちが鬼気迫る表情で取り囲んでいる。そして、奥の方には数匹のオークが神輿のように担いでいる玉座の上に座る浅黒い肌の男。


 魔王だろうか、それともカルアミルク以外の四天王の誰か? もし魔王だとしたら、噂のタワンティンスーユ初代皇帝とかいう異世界から召喚された人間のはずだ。


 その男は俺と目が合うとマントを羽織ったまま玉座から立ち上がった。周りのモンスター共が一斉に声をあげる。


「マ〇コ! マ〇コ! マ〇コ! マ〇コ!」

「マ〇コ! マ〇コ! マ〇コ! マ〇コ!」

「マ〇コ! マ〇コ! マ〇コ! マ〇コ!」


 ええええ……? 嘘やろ……? どセクハラやんけ。


 魔王と思しき男がスッと右手を上げるとモンスター共は一斉に静かになった。男はゆったりと、風に舞うように玉座から飛び降り、俺と同じ高さの地面に立つ。


「我が名は、初代タワンティンスーユ皇帝にしてこの世界のあらゆる魔に属する者共の希望の光、魔王マ〇コ・カパックである!!」


 あちゃ~……


 いたね、そういや。世界史の授業で習ったわ。インカ帝国の初代皇帝マ〇コ・カパックと最終皇帝マ〇コ・インカ。いたわいたわ。


 ※タワンティンスーユ……インカ帝国の現地ケチュア語での名称


「ちょっとベアリスさん?」


『なんですか? 今日は呼び出し多いですね』


 そりゃ多くもなるわ。


「これはいかんでしょう」


『何がですか?』


 俺はモンスター共の方に視線をやる。魔王の名乗りが終わるとモンスター共は一斉に歓声を上げ、またもマ〇ココールの大合唱だ。


「いや何がってさぁ……マ……コの大合唱だよ?」


『マ……何です? 周りがうるさくてよく聞こえないんですけど! もうちょっと受話器に近づいてください!』


 受話器なんてねーよ。こいつ俺に羞恥プレイ仕掛けるつもりか。俺は顔を赤くしながらも力いっぱい叫ぶ。


「マ〇コだよ!!」


タイミング悪く、魔王がまたスッと手を上げて静かにさせたところだった。城下町に俺の「マ〇コ」という叫びが響く。


「マン……え? 勇者様?」


 怪訝な顔つきで後ろからイーリヤが問いかけてくる。やめて……ホントやめて。俺のハートが粉々になっちゃう。どうせこの世界だと女性器はまた違う名称なんだろうけども。俺の予想ではダウ平均株価辺りが怪しいと思うけど。


『マ〇コがどうかしたんですか?』


 ベアリスも何でもないことのように言わないで。恥じらいをもって。


「いやあのさぁ……ダメでしょ。マ〇コとか大声で言っちゃあ……」


『私から言わせると人の名前を勝手に伏字にする方がよっぽどダメだと思いますけど? 失礼じゃないですか? マ〇コさんに』


 メタ発言はやめてくれ。


 とはいうものの……まあ実際名前なんだから仕方ない。伏字はぎりぎりの妥協案だ。俺もこんなところでBANされるのは嫌だからな。


 魔王マン……魔王は余裕の笑みでこちらを見つめ、腕組みしている。剣を持っていないということは、魔法使いなんだろうか。俺は聖剣のチン先を魔王の方に向けて構えた。


「魔王がここへ来たのならチャンスです勇者様!!」


 後ろからイーリヤが俺に声援を飛ばす。そうだ。これはチャンスなんだ。異世界を救うなんて長い冒険になるだろうと思っていたが、マン……魔王の方からのこのこと姿を現してくれたんだ。こいつを倒せばイーリヤと結婚できる。


「今です勇者様!! ち〇こをマ〇コに突っ込んでください!!」


「!?」


 俺はバッと振り返る。


 いかんいかんいかん。なんか空気に飲まれそうになってた。今のイーリヤの一言で自分が何をしようとしてるのかを客観的に見ることができた。


 こいつぁヤバイ。


「どうしたんです勇者様!? 早くマ〇コにち〇こをれてください!!」


 もうホントこの女分かってて言ってるんじゃないのかって気がするんだが。俺は真っ赤になりながらも、深く思考を巡らせる。


 そうだ。この戦いは世界を救う一戦。後々まで伝説として語られる戦い。神話となる戦いなんだ。その神話の最後はこう締めくくられる。


『勇者はち〇こをマ〇コに挿入し、魔王は果てました』


 あかんあかんあかん。


 そして例えば千年後、魔王が復活したとする。


 きっと王城の地下迷宮に眠る伝説の武器を新たな勇者が宝箱から見つけて言うんだ。


「これが……千年前の、伝説の勇者のち〇こ……」


 干からびてそう。


「早く勇者様! ち〇こをマ〇コの奥深くまで……ッ!!」


「ちょっと黙ってろイーリヤ!!」


 ゆっくりと。


 そう、ゆっくりと。


 俺は深く深呼吸をする。


 この世界を救うのと。


 俺が末代まで『ち〇この勇者』とか呼ばれて恥ずかしい思いをするのと。


 どちらを選ぶべきなのか、分かるはずだ。命の大切さを知っている俺ならば。


これは、俺にしかできない選択なんだ。


 俺は静かに目を開き、そして天に向かって宣言した。


「チェンジで」

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