第11話 東京外為市場
「もうホント……勘弁してください……」
ぽろぽろと涙をこぼす。俺はとうとう両膝をついてしまった。もう我慢の限界だ。
「あ~あ、泣かしちゃった……」
この声は……ヨールキ陛下か……ここにいたのね。
「す……すみません、勇者様……なぜ、涙を?」
イーリヤが問いかけてくる。まあ、そうだよね。わけわかんないよね。実際俺も心の中で思うばっかりで何にも言ってなかったからね。そうだ……言ってなかった俺も悪かったんだ。俺は涙を拭いて立ち上がった。
顔を上げてイーリヤを見る。
よかった。まだいる。
これで顔を上げてイーリヤがまたいなくなってたら俺、もう心が折れてたところだったよ。
「あのですね……姫が一人であっちこっち走り回るたびにですね? 俺が追いかけて助けて回ってるわけですよ」
イーリヤは両手で口を押えて「まあ」と言った。この女全然気づいてなかったのか。
「姫はこの国で大切な人間なわけじゃないですか……もちろん俺にとっても、大切な人なわけです」
今度は顔を真っ赤にして恍惚の表情をする。忙しい女だが、コロコロと変わる表情は少女らしくてとても可愛い。これでくっ殺体質でさえなければ。
「ですから、決して一人で突っ込んで、危険な目にあってほしくないんです。俺はもう……大切な人を失いたくないんです」
「そうですか……勇者様、きっと悲しい経験をしてこられたんですね……知らぬこととはいえ、すみませんでした」
「ふふ、イーリヤはこれほど勇者様に思っていただいて幸せ者だな。この国も安泰じゃろう。魔王討伐の暁には、ぜひイーリヤと、婚礼の儀を……」
陛下が何かぶつぶつ言ってるが、俺はその間もちらちらと後方を確認する。
よし、大丈夫だ。俺がモンスターの数を大分減らしたおかげで兵士達でもなんとか対処できてる。こちらが優勢のようだ。
そうだ。女神との約束の一つ。異世界の問題を解決出来たら、俺はその世界で穏やかに暮らしていいと言われているんだ。
魔王を倒しさえすればイーリヤ姫と結婚して逆玉幸せ生活が保障されている。
この世界は前の世界と違って俺が許容できないような忌まわしい習慣などない。イーリヤのくっ殺体質さえ何とかなれば幸せに暮らせるんだ。魔王を倒すまでの辛抱だ。
「勇者様……」
気付くと、イーリヤは片手剣を手に持っていた。これは、確か昨日パイドットが持ってた聖剣。
「先ほど私は勇者様に渡すために宝物庫に聖剣を取りに行こうと思っていたんですが、同じく勇者様に聖剣を渡そうとする陛下と鉢合わせしまして……」
なるほど、この剣で魔王を倒せばいいんだな。
「まずはこの剣の力を知ってもらうため、私が露払いしてきます! いざ!!」
イーリヤは剣を鞘から抜いて敵軍の方に駆けだそうとする。
「待てやてめええぇぇぇぇぇ!!」
俺は必死で姫の奥襟をひっ掴んで彼女を止める。何にも分かってねえじゃねえかこの女ァ!!
「イーリヤ! 今の勇者殿の話を聞いていなかったのか、一人で突っ込むな!!」
さすが陛下、分かってらっしゃる! それに引き換えこの女は。
「す、すいません、いつものクセで。すぐには無理ですけど、少しずつ変えていきますので!」
すぐに変えろやボケ。人間一度死んだらお終いやぞ。
陛下が前に出て、イーリヤから聖剣を取り上げた。そうそう。危ないオモチャは取り上げないとね。この王様はなかなか話が分かる。娘があんなだけにちょっと心配だったけど、そこだけは安心だ。
「さあ勇者殿、ち〇こを手に取るのです……」
「…………」
……ん?
俺は思わず自分の股間を見つめてから陛下の方を見直す。
「ち〇こを手に取るのです……」
なんて?
「ち〇こ」
…………
おいおいおい
ここに来ていきなり下ネタかよ。
と、思ったが、陛下は真面目な顔のままだ。……これはいったい?
「どうしました? 勇者殿、さあ、聖剣ち〇こを受け取ってください」
あちゃ~……
俺は思わず眉間をつまんで顔を俯かせる。
そうくる?
俺は鞘から抜かれている聖剣を見つめる。
見た目は普通の片手剣だ。
別に先端の方に返しがついてるわけでもないし、血管が走ってるわけでも包皮に包まれてるわけでもない。
なるほどね?
固有名詞だから仕方ないね?
俺は渋々陛下から片手剣を受け取る。
「さあ勇者様! そのち〇こで魔王をひぃひぃ言わせてやりましょう!」
「ちょ、ちょっとイーリヤ! ダメだって! 女の子がそんな事言っちゃ!」
イーリヤは小首をかしげて疑問符を浮かべる。いや……そんな可愛い顔されてもさア……いかんでしょ? 女の子がそんな事言っちゃあ……
「勇者様……不安なのですね?」
いや……まあ……不安だけどさあ……
「大丈夫……ち〇この力を信じてください……」
ええええ……
なんなのこれ……セクハラ?
「勇者殿、そのち〇こは王家に代々伝わる秘宝。必ずや魔王を撃ち滅ぼしましょう」
すげーな、このち〇こ……陛下の太鼓判つきだ。
「勇者様、そのち〇こは先っちょから魔力をどぴゅっと出して雷で攻撃することができます。魔王など一撃でイッちゃいますよ!」
「ちょっとイーリヤさァ!!」
再びイーリヤは小首を傾げる。俺の顔は耳まで真っ赤だ。鏡で見てないが、顔が火照ってくるのでわかる。
「ええ? ……なんなのこれ? わざとやってない? ……絶対わざとやってるでしょう」
「え……? 何がですか?」
「何がって……ええ~?」
俺はイリーヤに近寄って行って小さい声で尋ねる。
「あのさぁ……こういう事聞くのはアレだけど……男性器の事は、この世界じゃなんて言うの?」
イーリヤは「えっ」と小さい悲鳴をあげ、顔を真っ赤にしてぼそぼそと呟くように答える。
「その……東京……
「とう……なに?」
「どゆこと? 正式名称は東京外国為替市場とでもいうの?」
「ちょ、ちょっと勇者様!!」
イーリヤは真っ赤になって慌てて俺の口を両手で押さえる。なんやこれ。
あのさあベアリス?
『なんですか?』
なんか翻訳おかしくなってない?
『なにがですか?』
なに、が……って……ええ? いやおかしいでしょ。なんで東京外為市場が男性器の名称なんだよ。
『ちょっと! 女神に対してセクハラとかやめてくださいよ!!』
お前もかよ。
『まあ、ちょっと難しいところはありますけど、ケンジさんの言語と一部固有名詞が被ったところがあったんで、その……東京……ゴニョゴニョ……は現地語そのままで発音させてますけど』
え? じゃあなに? この世界の発音で実際にち〇このことを「東京外為市場」って発音するってこと? どんな偶然だよ。
俺はイーリヤの方に振り向いて再度尋ねる。
「えっ、じゃあ……たとえば東京外為市場にてキャピタルゲインが上田ハーローによりダウ平均株価の取引とともに、なんて言ったら……」
「ちょっと!!」
イーリヤは両手で自分の頬を押さえてあわあわしている。
「だ、ダメですって勇者様!! そっ、その! いずれはそういうことになるかもしれないですけど、私、まだ嫁入り前の乙女なんですよ!! キャピタルゲインの話なんてまだ早いですって!!」
ええ?
「ゆ、勇者殿、確かにイーリヤをそなたの嫁に、とは考えていますが、いくら何でもナスダック総合指数はまだTOPIXが上昇してからでも……」
なんなんこいつら。
何言ってんのか全然分かんねーよ。
いくら何でもこんなに固有名詞と被るなんてことあるか? 聖剣何本あるんだよ。
そんな時だった。
城門の方から爆発音がして、ざわめきが聞こえた。
「マ〇コーーーー!!」
ええ……?
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