第10話 頭の悪いハスキー犬

「ふあぁ……よく寝た……」


 天蓋付きの豪華なベッドで俺は目を覚ました。


 メイドが顔を洗う水を持ってきて、さらに着替えも手伝ってくれる。至れり尽くせりだ。素晴らしい。


 昨日は本当に酷かったからな。一日に二回もカルアミルクを火葬にして、初恋の女の子の肉を食わされて……人生最悪の一日だった。願わくば今日こそは人生最良の日となってほしい。


 なぜなら今日は旅立ちの日、国王から聖剣を受け取って、イーリヤと共に魔王討伐の旅に出立する日だからだ。


 魔王については異世界の出身者という事以外にはまだ名前すら分からないものの、まあ、俺の実力と今日貰う予定の聖剣があれば魔王なんか敵じゃないだろう……問題は……


「おはようございます、勇者様……いい天気で、旅立ちには良い朝ですね」


 この女だ……


 くっ殺姫騎士、イーリヤ王女。


 いや、本当に可愛い女の子なんだけどね。長身にちょっときつい感じの端正な顔立ち、美しい金髪に大きなおっぱい。そしてとにかく……二人きりの時だけに見せる笑顔がかわいい。いじらしい。


 家臣がいる時のピンと張りつめた雰囲気と、二人きりになった時の柔らかい笑顔。このギャップにやられない男はいないと言っても過言ではないだろう。


 だが問題なのは、何かトラブルが起こった時にすぐに真っ直ぐ突っ込んでしまう猪突猛進な性格と、くっ殺シチュエーションを引き寄せる特異体質だ。


 この女を守りながら俺は魔王討伐の旅を続けなければいけないという事だ。正直気が重い。前の異世界のヒロインをあんな亡くし方してるだけに。


 もしかして俺は、このまま異世界を渡り歩く度にヒロインを悲しい喪い方する運命なんだろうか。なんて悲劇だ。


『そんな運命あるわけないでしょう。浸らないでください。キモい』


 女神は相変わらず遠慮なしに脳内に直接語り掛けてくるな。


『チェンジ……しないでくださいよ? 約束だから強制はできないですけど……』


「え~どうかなぁ……? もしまたイーリヤが不幸な目に合うようならチェンジしちゃうかもなぁ……? 女神さまが彼女を守ってくれるといいんだけどなぁ……」


 自分の名前が急に出たことでイーリヤはびくりとする。


『もう、無茶言わないで下さいよ。神族の異世界への干渉は最小限ってマナーがあるんですから』


「ルールじゃなくてマナーかよ。じゃあいけるんじゃねえの?」


『ダメです。神様はそんな黒いことできません。そんなことしたら邪神側も干渉してきて泥沼の争いになります。私達に出来るのはせいぜいが自分の息のかかった人間を派遣して裏で操るくらいです』


 十分黒いわ。しかしやっぱりダメか……イーリヤは俺が守るしかないんだな。


「あの……」


 怪訝な表情でイーリヤが声をかけてきた。そりゃそうだ。俺が急に宙を見つめて独り言を大声で呟いた上に自分の名前が出てきたんだからな。


「ああ、いや、ちょっと女神と話してたんだ。イーリヤを危険から守ってくれないか、ってお願いしたんだけど、ダメだってさ。ケチな奴だよな」


「そうですか……まあ、私も聞いたことも無い様なマイナー女神の加護なんていりませんけど」


 ですよねー。


『あったま来たこのアバズレ! ゴブリンとオークの発情フェロモンを誘発する呪いかけてやります!』


 やめろボケ! 人界に干渉できないんじゃなかったのか!


「でも……うれしいです。そこまで私の事を気にかけてくれるなんて……」


 そう言ってイーリヤは俺の右手を両手で包むように握り、頬を赤らめて柔らかく微笑んだ。や、やめろ……そんな目で見つめられたら……ホレてまうやろがー!!


 というかそんな事より感謝するくらいだったら猪突猛進なその性格をどうにかしてほしい。


 そんなやり取りをしていると何やらドアの外が騒がしくなってきた。


「火急の用にて失礼します!!」


 衛兵がノックもせずに俺の部屋に踏み込んできた。メイドともども全員の表情に緊張が走る。


「魔王軍の、モンスター軍団の襲来です! ただいま外庭の正門が突破されました!!」


 マジかよ、昨日の事といい、この城のセキュリティどうなってんだよ!! せめて城下町に入られた時に言えよ!!


 俺はハッとして辺りを見回し、そして頭を抱えた。


 予想通りの事が起こっていた。


 イーリヤが……いない……


「はっ、近衛騎士長なら一足先に現場に向かわれましたが……」


 足早すぎんだろがあの女!! ってか近衛騎士の仕事って王を守る事じゃねえのかよ! いの一番に前線に行ってどうすんだよ!!


 昨日に続いて俺は全力疾走した。結局聖剣貰ってないけど、もうそれどころじゃない。剣はいつでも貰えるし、最悪無くてもいいけど、人の命はそうじゃない。俺が行くことでイーリヤが助かるなら!


 さすがに正門には迷わずに行けた。たどり着いた俺を待っていたのは魔王軍の尖兵、ゴブリンの集団と……それに囲まれてすでにボロボロのくっ殺姫騎士イーリヤ。言わんこっちゃねえ!!


 ゴブリンたちは下卑た笑いを浮かべてイーリヤを取り囲んでいる。


「グ……グヒ……女……苗床……」


「くっ……生き恥をさらすくらいなら……殺せ!」


 もはやお約束のセリフだ。生き恥ならとっくの昔に晒してるわ! 俺は掛け声一番、全力で跳躍した。


「ファイアウォール!!」


 初挑戦の範囲攻撃。イーリヤの前に炎の壁が立ち上がり、ゴブリン共を消し炭に変える。


「勇者様! 助けに来てくれたのですね!!」


 後ろからイーリヤが声をかけるが俺はそれに応える余裕はない。


「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」

「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」


 目につく範囲の敵に対してファイアボールを発して敵を焼き払う。近辺のモンスターを焼き払ったところで俺は振り返る。


「大丈夫か、イーリヤ!」


 だが振り返るとイーリヤはそこにはいなかった。あんのクソアマ……


「近衛騎士長なら向こうにいるオークの集団と戦ってる兵士たちの助太刀に向かいました!」


『私は何もしてませんからね』


 女神が脳内に語り掛けてくるがもうどうでもいいわ! 問題があるのはイーリヤの方だ。もう十分わかってる! 俺は身体強化魔法をかけて一瞬でイーリヤの元に向かい、既にオークに取り囲まれて「くっこ」まで言いかけている彼女の全身鎧の奥襟を掴む。


「勇者様、三度ならず四度までも……」

「もういいからそういうの!! アイスジャベリン!!」


 俺の魔法によってオーク共が氷の槍によって串刺しになっていく。左手は鎧の奥襟を離さない。これならさすがにくっ殺できまい。


「イーリヤ! 一旦体勢を立て直し……いない!!」


 なんと彼女は上半身の鎧だけを残して消えていた。ニンジャかこの女!!


「近衛騎士長は宝物庫に聖剣を取りに……」


 遠くに上半身が鎧下だけになって駆けているイーリヤが見えた。あの女の機動力いったいどうなってんだ。チート能力でも持ってんのか!!


『私は何もしてませんよ』


 うるせー黙ってろ女神!!


 城の中に聖剣を取りに行ったんなら外庭よりは安全かもしれないが油断はできない。なんせあの生まれながらのくっ殺騎士の事だ。その辺のメイドにくっ殺かますかもしれないし、バナナの皮で滑って転んだ拍子にくっ殺するかもしれない。ピクミンよりひでーじゃねーか!


 俺はまたも一瞬でイーリヤのところに駆け寄り、彼女の前面に回り込んで両肩を掴んだ。


「勇者様!? 聖剣を……」


「ハァ……ちょっ……ハァ、ハァ……」


 さすがの俺も少しスタミナ切れだ。なんせ城内に入り込んだモンスターの大多数をぶっ殺して、その間頭の悪いハスキー犬の如く自由に駆け回るイーリヤを追い回してるんだから。


 対してこの女のスタミナはいったい何なの? こちとら転生チート持ちなんですけど?


「もう……ホント……勘弁してください……」


 俺はとうとう膝をついて涙を流してしまった。

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