第9話 裏切りのパイドット

 カチャ


 鍵を差し込んで回した時、イーリヤは違和感を覚えた。


「あれ……? 宝物庫に鍵がかかっていない……なぜ?」


 部屋の中からは人の息遣いが聞こえる。一瞬その不気味な雰囲気に恐怖を覚えたが、イーリヤは勇気をもって中に入った。四天王に後れを取ったとはいえ、彼女こそがこの王国一の剣の使い手、近衛騎士団長、イーリヤ・ローネなのだから。


「ハァ、ハァ、よく……ハァ、きまし、ハァ……来ましたね……ハァハァ、待ちくたびれましたよ……ハァ」


 全然待ちくたびれたという感じではない。むしろ「もうちょっとゆっくり来てくれればいいのに」とでも言わんばかりの荒い息である。


 イーリヤはその人物の顔を見て驚嘆の声を上げる。


「パイドット……なぜここに」



――――――――――――――――



 俺は疾風のように城内を駆け巡り、地下に向かって階段を下りる。途中間違って地下牢の方に行ってしまったが、今度は間違いない。ここが宝物庫だ。


 ドアの上に表札がある。文字は読めないが、表札の上にGoogle翻訳のリアルタイムカメラ入力みたいに文字が浮き上がる。視界をハッキングされてるみたいで気持ち悪いんだよなアレ。


 『宝物庫』……間違いない。女神の奴、こういう所は意外ときめ細かいんだよな。


 俺がドアに近づくと中から声が聞こえてきた。俺は耳をそばだてる。


「ふふふ……これが、おれのち〇こだ……」

「このような屈辱……くっ、殺せ!」


 !?


 俺は思わず息をのむ。まずい。思った以上に切迫した事態になっていた。声の主はおそらく騎士パイドット、姫に懸想していた人物だ。まさかこの事態に思い余って勝負を仕掛けるとは。


 そしてイーリヤの方はイーリヤの方で簡単にくっ殺してんじゃねーよ、威勢だけはいいな、このピーチ姫体質くっ殺姫騎士が。あっちでくっ殺、こっちでくっ殺しやがって、休む間もねーっての。


「オラァ!!」


 俺は派手にドアを蹴り飛ばして粉々にして室内に入る。もしイーリヤとパイドットが密着して人質に取られてるような状態だったらこの一撃で驚かせて一瞬のスキをついて彼女を助け出すか、パイドットに攻撃するつもりだったが……


 あれ?


 なんか思ってたのと違う状況……


 イーリヤとパイドットの距離は4メートルほど。二人とも剣を構えていて、そしてパイドットはち〇こは出していない……おかしいな。さっき「これが俺のち〇こだ」とか言ってたからてっきりもう末期的状況かと思ってたんだが……これならまだR-15で言い訳も立つ。


「来たな勇者、この聖剣……」

「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」


 パイドットの身体はファイアボールの直撃を受けて爆発四散した。


 うっぷ……ちょっとグロい。


 多分さっきのカルアミルクとの戦いを見てたから一撃くらいなら耐えられると思ったんだろうな。実際にはあいつすげー耐久力高いから、同じ攻撃を普通の人間が喰らったら一撃で死ぬのに気づかなかったんだろう。


「一体何だったんだこいつ……」


「この、聖剣です……」


 俺が独り言ちるとイーリヤが奴の持っていた剣を拾い上げて言った。


「我が王家に伝わる聖剣……電を操り、魔を払うと言われる強力な古代剣エンシエントソード、これを手に入れれば勇者殿の力を上回れると思ったんでしょう」


 ああ、なんかさっき王様が言ってた奴ね。それで混乱に乗じてイーリヤよりも先回りして聖剣を手に入れて、勇者である俺を倒し、姫を手籠めにしようとしてたんだな……浅はかな奴だ。


 イーリヤ姫は潤んだ瞳で俺を見上げ……う~ん、見栄張るのはやめるか、見下ろし……いや、卑下するのも良くないな。同じ身長くらいだから。俺を見つめながら、熱っぽく語ってくる。


「ありがとうございます……勇者様……一度ならず二度までも助けてもらえるなんて」


 お前はもうちょっと気を付けて行動しような。なんなの? くっ殺シチュに引き寄せられる体質なの? わざと突っ込んでってるようにしか見えないんだけど。


 というか、はは~ん。読めたぞ。


 今回は『そういう世界』ってわけだな?


『何ですかそういう世界って』


 わざとらしいな、分かってるんだぞ女神ベアリス。異世界に変なアクセントつけて俺に嫌がらせしようってんだろう? 前回は食人、今回はこのくっ殺姫騎士ってわけだ。


『意味分からないです。異世界にアクセントって。ケンジさんへの嫌がらせのためだけに? 神様でもあるまいしそんな事出来るわけないじゃないですか』


 ふざけんな女神じゃねーのか。


『言葉の綾です』


 とにかくだ。


 おそらくは、この女がキモになるのは間違いない。


 俺の召喚主である国王の娘という立場でありながら、姫騎士というキャッチーな職種クラス。おまけに王国最強の騎士で、美人で、さっきカルアミルクにやられて破損した鎧から覗くおっぱいは……すごく大きいです。


 そして極めつけはあのポンコツな性格。いくら強いとはいえ、彼我の能力の差と、自分の立場というものを全く考えることなく猪突猛進に突っ込んでいって簡単に敵に捕まる。


 おそらく俺はあの女を枷として、レミングスやピクミンのように行く先々であいつを助けながら魔王の討伐を実現しなければならないんだ。こいつぁなかなかにハードモードだぜ。


「勇者様?」


 イーリヤの声に俺は現実に引き戻された。


「フフ……もしかしてまた女神さまとお話ししてたんですか?」


 そう言ってイーリヤは小首を傾げ、にこりと微笑む。


 トゥンク……


 え? 何この子……こんなに可愛かったっけ? 俺より身長高いくせに。笑顔めちゃめちゃ可愛いやんけ。


「勇者様……」


 そう言ってイーリヤは俺の右手を両手で包むように握った。


「貴方に、二度も命を助けられました……わたくしの命は、貴方の物です……」


 ぞくりと悪寒が走る。


 俺は思わず、彼女の両肩を力いっぱい掴んでしまった。


「いいか、俺の前で、二度とそんなことを言うな! 人の命は、誰のものでもない。自分自身のものだ!! 命を大切にしない奴なんてぶち殺してやる!!」


 いかん、サリスのことがあったから思わず熱くなってしまった。イーリヤは俺のテンションが急に変わったことで目を丸くして驚いている。


 だが、それでも、二度とあんな思いはしたくない。俺はそのまま彼女の目を睨み続けると、イーリヤは表情を柔らかくして、再度笑みを見せた。


「勇者様は……命の大切さを知っておられるのですね……」


 おう。命の味もな。


「真に強き者は、優しさを兼ね備えたものだと聞きます。それはきっと……勇者様のような方なんでしょうね」


 イーリヤは頬を赤らめて、まだ肩を掴んでいる俺の手にそっと触れた。


 よく分からんが、好感度が爆上がりしたみたいだ。

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