聖剣の名の下に

第7話 くっ殺姫騎士イーリヤ

「おお! よくぞ来てくれた、勇者よ!!」


 光が収まると俺はキョキョロと辺りを見回す。


 石造りの巨大な建造物の内部、と言ったところだろうか。人が大勢いる場所のようだが……広間?


 というか、この中央にいる人物……こりゃどうも王様っぽいカンジかな……? 中世ヨーロッパ風異世界って奴か。前の世界はどういう世界観だったんだろう。服装としては……特に特徴のないヨーロッパ……近世か? 文化的には……食人以外は分からなかったけど。


「勇者殿?」


「え? ああはい、すいません。なんでしょう?」


 豪華なファー付きのマントに黄金の王冠。俺が王だと思った理由はそれだけだが、中央にいるし、偉そうにしてるし、まあまず間違いないだろう。実際には王じゃなくて諸侯の可能性もあるけど。


 それ以外にも数十人の人間が俺を囲んでいる。今勇者殿、と発言したのは王の隣に立っている人物。全身鎧を着ているから近衛兵か騎士団長か、そんな感じの奴だろう。そしてここで重要な情報が一つ。


「私は、近衛騎士長のイーリヤ・ローネだ。以後お見知りおきを、勇者殿」


 そう言っては髪をかき上げて耳にかけた。右側の目は未だ見事な金髪に隠れている。身長は170センチを超えていて、俺よりも少し高い。


 ピンと伸びた背筋に端正な顔立ち、そして鎧も女性らしいシルエットをもっている上に下半身はドレススカートに鉄板を縫い付けたようなデザインになっている。


「くっ殺(※)要員やんけ……」


 ※くっころ……気高い女騎士が虜囚の辱めを受けるよりは名誉の死を選び「くっ、殺せ」と発言した故事に由来する慣用句。大抵の場合偉そうなこと言う割にすぐに快楽堕ちしてメス顔になる。転じて気の強そうな女性の事を差す。


「貴公を召喚したのは儂だ。バルオルネ王国の君主、ヨールキ・ローネスールという」


 しばらく俺は惚けていたが、ハッと気づいて姿勢を正す。いかんいかん、近衛騎士と王が名乗ったっていうのに俺が名乗っていなかった。


「ああ、えっと、夜の森と狩りの女神ベアリスの使徒、ケンジといいます」


 辺りがざわつく。まあ、さすがに女神の使徒とはっきり宣言したからな。パンピーがビビるのも無理はあるまい。


「ベアリス……聞いたことない神の名だ……」

「夜の森の女神……? 場所限定な上に時間も限定なの?」

「全然御利益なさそう……」

「勇者ガチャ失敗したのでは……?」


 くっそ、ベアリスの野郎ここでも全然知名度ねーじゃねーか。本当に神なんだろうな。


「ヨールキ・ローネスール陛下にイーリヤ・ローネさんか……ん? ローネ?」


 俺が小さい声でブツブツと呟いていると、陛下はにこりと笑みをこぼした。


「気づかれたか」


 何を? 気づいてないよ?


「左様、このイーリヤは我が娘だ」


 マジで? 苗字違うじゃん。全然気づかなかった。『スール』って称号かなんかなのか?  というかこの女、姫騎士かよ、ますますくっ殺やんけ。絶対に敵に捕まらないように見張っとかんと。


「勇者殿を異世界から召喚したのは、現在我らの世界を攻め滅ぼそうとしている魔王の討伐を依頼したいからなのです」


 ああ~、なるほどね。今回は召喚者がはっきりしてるタイプね。と、ここで俺は確認しておかなきゃならないことがある。前回と同じ轍は踏みたくない。


「ええと、魔王が侵略してくる理由とかは分かるんですか? その……こっちの野蛮な文化を止めようとしてるとかじゃなく……?」


「もう我慢ならん。我らが野蛮だと!?」


 んなこと言ってねーよ、なんだこいつ。


 発言をしたのはイーリヤの隣にいた男。彼女と同様フルプレートアーマーに、メットだけはつけていない、大柄な金髪の偉丈夫。コイツも騎士だろうか。なんでこんなに怒ってるんだこいつ。


「名乗りも遅く、礼儀もなっていない。こんなどこの馬の骨とも知らぬ奴に助力を乞うなど私は反対です」


 そのまま男は腰の片手剣を抜いて俺の方に向けた。マジかこいつ。いきなり剣向けちゃうのかよ。早速ファイアボールの出番か?


 と思ったところで一陣の風が抜けるように影が横切る。そのまま騎士の腕にまとわりつくように絡む。


「むおっ!?」


 騎士の男は腕に引っ張られ、裏返され、仰向けに引き倒された。早すぎてよく分からなかったが、多分四方投げだ。そして、男が倒れると同時に剣が抜かれて、その喉元に突き付けられた。イーリヤの剣が。


「この程度の腕でえらそうな口をきくな、パイドット。言ったはずだ。力を示せとな。

 ……とはいえ、お前ごときにこの私が屈することなど天地がひっくり返ってもあり得ないがな」


 すぐに屈しそう。そして「くっ、殺せ」とか言いそう。


 イーリヤはこちらを見て、少し火照った顔で語り掛ける。


「私の伴侶となるのは……勇者殿のように強い男だけだ……」


 いや、非常に嬉しいですし、安定のチョロインなんですが、私まだ何の力も見せてませんけど? その勇者に対する絶大の信頼は一体何なの? なんかもう都合のいい展開になると『ネタフリ』だな、って思うようになってきちゃってるんだけど毒されすぎかな。


『斜に構えすぎですよ。なんか嫌なことでもあったんですか?』


「おめーのせいだよこの駄女神」


「え? なんと?」


 イーリヤが聞き返す。しまった、女神の声は俺にしか聞こえないんだった。慌てて俺は女神が直接脳内に語り掛けてきたこととそれに対する反論だったことを弁解する。


「おお、女神さまと直接会話を……さすが勇者様……」


 もうなんかアレだな。箸が転がっても『さすが勇者様』とか言ってきそうな雰囲気だ。


 まあ、確かに前回の四天王との戦いで異世界から来た人間の異常な強さは分かってるつもりだけど。


「実を言いますとな……魔王軍の長、魔王は異世界から来た人間のようなのです。勇者殿と同じく」


 王様からの突然の爆弾発言。マジか。じゃあ俺のアドバンテージねえじゃん!


「以前の世界ではタワンティンスーユという帝国を打ち立てた初代皇帝だったとか……」


 問題なのは魔王が俺と同じようにチート能力が使えるようになっているのかどうかだ。俺がそんなことを考えながら独り言をぶつぶつと呟いていると急に騒がしくなってきた。衛兵と思しき連中が血相を変えて走ってくる。


「陛下、陛下! 魔王軍が!!」


「なんじゃ騒がしい。何が起きた?」


「魔王軍の四天王と名乗る男が、正門前に……衛兵たちが対応し、留め置こうとしましたが、四天王の圧倒的な力の前に全く歯が立たず……」


 早えーよ、また四天王かよ……まだ状況整理もできてねーっていうのに。


 そして皆の視線が俺に集まる。


 まあ……当然か。俺にどうにかしろってことだよな。せっかく召喚したんだから。とはいえ俺、魔法が使えるけど武器の一つも持ってないんだが。助けを求めようとイーリヤの方に視線を送ろうとしたが、彼女の姿が見つからない。


「あれ? イーリヤは?」


 どうも俺の事を憎からず思っているようだし力になってくれるんじゃないかなぁ? と、思ったんだけど……俺がキョロキョロしていると衛兵の一人が声をかけてくれた。


「イーリヤ様なら、『魔王軍の四天王など剣の錆にしてくれる』と言って先に一人で行ってしまいましたが……」


 マジかあの女……くっ殺する気まんまんやんけ……

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