第6話 チェンジ!

「まさか本当にチェンジするなんて……」


「う、うるさい……当然の権利を行使したまでだ」


 14歳くらいに見える小柄で細身の銀髪の少女、彼女こそが『夜の森と狩りの女神』ベアリスその人であり、俺を日本からさっきの異世界に送った張本人でもある。


「もう一度言いますけど、ケンジさんは類稀なる力を持った魂なんです。ちゃんと女神の使徒としての使命を果たしてもらいませんと……」


「『まれびと』だってんだろ……? 十分に実感したよ」


 女神はふぅ、と小さいため息をついて後ろにあったソファに腰かけた。体が小さすぎるせいでソファに飲み込まれたように沈んで座る姿がなんとも愛らしいが、しかし騙されてはいけない、俺をあんなホラーな習慣のある世界におくりこんだやつなんだから。食人の習慣があるなんて聞いてなかったぞ!


 女神はソファに座ったまま、隣のローテーブルに置いてあった菓子をつまんで口に放り込む。


「ケンジさん、使徒としての使命、ちゃんと覚えてますか? なんかずっとデレデレし通しでしたけど……」


 もちろん忘れているわけじゃない。女神は自分達『神の勢力』を信望する善なる魂である人類を助け、敵対する勢力(今回は魔王だったが)と戦ってほしい、というのが要旨だ。


 女神は菓子を頬張りながら言葉を続ける。


「いいですか? ケンジさんは数十億人に一人の才能を持った『選ばれし者』なんです」


 数十億人に一人って言うとかなりレアな感じはするんだけど、現状の地球上に数人いるんだよな。そう考えるとそこまでレアじゃない。『十年に一人の逸材』の方が巷ではよく言われるけど、レア度としては上だ。もしくは『令和の怪物』でもいい……いや、ダメだな。イチローに『深いところで舐めてる』とか言われそう。


 そして『チェンジ』の事について……早速その権利を行使させて貰ったわけだが……


「今回、ほんっとラッキーでそのケンジさんがトラックに撥ねられて死んだわけでですね……」


「ラッキーとかやめてくれないかなぁ……」


 とにかく、そのたぐいまれな能力を持つ俺の魂を使って女神の使徒とする。だが俺には使われるばかりで何のメリットもない。そこで俺がギリギリの譲歩案として提案したのが『チェンジ』だ。


 女神は深いため息をついて、また菓子を口の中に放り込んでから言った。


「はぁ~、確かに異世界の環境が気に入らなかったらチェンジしていいって言いましたけどぉ……ただ歓迎会やってるだけでチェンジとか……」


「お前っ!! 見てなかったのかよ!! 俺は人間の肉を食わされたんだぞ!? サリスが……サリスが殺されて……ッ!!」


 俺は思わず涙ぐんでしまった。……サリス、もう、会えないのか……


「見てましたよ……でもですね、相手の文化を尊重してこそのダイバージェンスですよ?」


 ダイバーシティ多様性だろ。


「郷に入れば郷に従え。他者を理解しないとどの世界に行ったって成功なんてできませんよ……」


 ふざけんな、食人の文化に理解なんて示せるか。あんな野蛮な連中本当に助ける必要あんのか。


「あ~あ、これであの人たちは独力で魔王と戦わなくっちゃいけなくなっちゃいましたよ。可哀そうに……魔族は理不尽なんですよ? すっごく」


 まあ、それは確かに分かる。俺が倒した四天王も問答無用で敵対的な態度を取って来たし……まあ向こう以上に問答無用で俺が対応したけど。


「あの世界もですねぇ、特に迷惑もかけてないのに魔王が急に人類に対して『食人の習慣をやめろ、力づくでもやめさせてやる』って侵略行為を働いてきたんですよ……」


「魔王が正しいよっ!!」


「利害関係もないのに気に食わないってだけで他人の文化にケチつける奴が正しいわけないじゃないですか……」


 ぶつぶつと小声で言いながらまた女神は菓子を頬張る。


 段々イライラしてきた。なんなんだこの女神のやる気のない態度は。俺は危うく殺されそうになった上に、愛する恋人(?)の肉を食わされたっていうのに、自分は座ってるだけで、菓子を頬張りながら! 映画でも見てるつもりか!


「人がまじめに話してんのにお前さっきから何食ってんだよ!」


「あ、ケンジさんも欲しかったですか?  ハイ、あ~ん」


 ベアリスは菓子を手に取って俺に口を開けるように促す。


 ……まあ、正直、女神ベアリスはかなりかわいい。こういうことされて悪い気はしない。俺は目を閉じて口を開けると、ベアリスはポイッと口の中に菓子を入れてくれた。


 一瞬彼女の指先が俺の唇に触れる。もう……俺、そういうのに弱いのに。いかんいかん、味に集中しよう。


 ん……なかなか美味しい。香ばしくて。油で揚げた……スナック菓子か。


「なかなか美味しいじゃん……なにこれ?」


「コオロギの素揚げです」


「オベェエェェェ……ぺっ、ぺっ、ぺっ……」


 なんちゅうもん食わせんだこの駄女神!


「ちょっと……ケンジさん。人があげたものを吐き出して……失礼だと思わないんですか? 常識ないですよ」


「いきなり人にコオロギ食わせる奴に常識語られたくないわ!!」


「そういうとこですよ」


 ベアリスは少し表情を硬くして言った。


「そういうとこって……なにが?」


「分からないんですか? 昆虫は単位重量当たりのタンパク質含有量が哺乳類よりも高く、優秀なタンパク源なんです。それを自分が気に食わないからって否定する。そういう頑なな態度じゃどんな世界に行ったって適応できないって言ってるんですよ……まさに同じようなことして村長に殺されそうになったばっかりじゃないですか」


「ぐ……」


 確かに……確かに言いたいことは分かる。だが……だからって食人の習慣は許容できないだろう。


「まあ、そこまで言うんなら仕方ないですね……ケンジさんには別の世界に行ってもらうことにしましょうか……」


 そう言いながらベアリスはテーブルの上に乗っていた資料の紙をパラパラとめくる。そう言えばもう一つ言いたいことがあった。


「あとな、お前の事向こうの世界の人間誰も知らんかったぞ。お前本当に女神なんだろうな。邪神とかじゃないよな?」


「まあ、まだ女神始めてそんなに時間が経ってないですからね……新米女神ってところなんです……だからこそ、ケンジさんの力を借りて実績を上げたいんですよ。私が宿直の時にケンジさんが死んでホントラッキーでしたよ」


「だから人が死んでラッキーとかやめてよ……一応聞くけど俺が死んだのって偶然だよね? そこにベアリスは絡んでないよね?」


「あ! あったあった! これなんかいいんじゃないかな?」


「答えろよぉッ!!」


 女神は俺の質問を無視して資料の束から一枚の紙を取り出した。というかあの紙の束全部問題を抱えてる異世界なんだろうか……めちゃめちゃ多いな。


「ええっとぉ……世界の名前は……特にありませんね。現地語でチッコ……『世界』の意味ですね……こっちもやっぱり突如現れた魔王を倒すって内容です」


「あのさぁ……もうちょっと事前情報貰えないかなあ? 今度の世界は食人の習慣なんてないよね?」


「事前情報なんかあったらつまらないじゃないですか……それに食人の習慣なんてケンジさんが元居た世界でもありましたけど?」


 くっそ……ああ言えばこう言う……このクソ女神は……


「おりゃあっ!」


 ベアリスが両手を突き出すと、俺の身体は光に包まれた。

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