第3話 お前のことは忘れない
辺りに立ち込めていた黒いもや……瘴気はすでに消え失せ、心地よく吹く風が火葬場の匂いを吹き飛ばしていった。
「それにしても凄い……魔王軍の中でも最強と名高い、一撃絶命鉄宝流空手最高指導者、”
畏怖の目を向けながらお義父さんがそう呟いた。そんななげー名前だったのかアイツ……やっぱり全部聞かずに倒しておいて正解だったな。全然覚えられる気がしない。
しかし、最初に現れた四天王だからてっきり『四天王の中でも一番の小物』かとおもってたが、そんなすごい奴だったとは……こりゃ魔王も大したことないかもな。
だが油断は禁物。一方的なワンサイドゲームだったとはいえ、奴は俺のファイアボールに3度も耐えた。間違いなく強敵だった。例えばあいつが100人くらい同時にかかってきたら俺も危ないかもしれない。
「恐ろしい敵だった……カルアミルク……俺はお前の事を決して忘れないだろう……」
「忘れないどころか間違えて覚えてますよ勇者様」
あ、あれ?
なんかサリスの俺の呼び名が『ケンジ』から『勇者様』に変わってしまった。他の奴はともかくサリスにだけは名前で呼んでほしかったんだけど……
「だって……今の戦いではっきりとわかったんだもん。ケンジは、やっぱり神様が使わしてくれた『勇者様』なんだよ……私が独り占めして良い人じゃないんだよ……」
サリスはそう言って少し悲しそうな表情を見せる。……これは、あれか……ハーレムフラグか。まいったな、俺まだ童貞なのに。
四天王のカルアミルクを倒した俺は村人たちに温かく迎えられた。何しろモンスターが村に現れるだけで大勢の犠牲者を出していたっていうのにその大元締めの側近である四天王を軽くのしてやったわけだからな。話はトントン拍子に進んでいき、今夜俺の歓迎会が開かれることになった。
準備ができるまで俺はとりあえずサリスの家に招かれて待つことになった。
村の中でもひと際大きな家。サリスのおとうさんは、まだ若いがこの村の村長らしい。ピンク髪のくせに。
サリスはお義父さんが家に案内する間ずっと俺の腕に抱き着いていた。おっぱいの感触が素晴らしいが、少し歩きづらい。しかも父親の目の前で……少し複雑な気持ちだが。
「だって! 今は少しでも勇者様と一緒にいたいんだもん」
もう……なんなんだよこのチョロイン。『可愛い』が通貨だったら俺は今頃大金持ちだぜ。
「だから……今だけは、私だけの勇者様でいてください」
そう言ってサリスはまた俺の腕を強く抱きしめた。やれやれ、そんなこと言わなくたって今も未来も、俺はずっとお前の勇者様だぜ? とはさすがに口から出せなかった。
サリスの家には書物や、内容は分からないが書類がいっぱいあった。
事情を聴くと、この村では字の読み書きができるものがほとんどおらず、村長としてこの村を管理しているこの家に本が集まってくるらしい。おそらく書類の関係は租税とか、戸籍とか、そう言った類の物なんだろう。
家に着くと、お義父さんはサリスに正対して、それまで笑顔だった顔を落ち着けさせ、静かな口調で語り掛けた。
「本当に……勇者様が現れたんだな……サリス……覚悟はいいんだね?」
「うん……私は、そのつもりだよ……今までありがとう、お父さん」
二人ともすごく真剣な表情をしている。ああああ……これは、あれか? もしかして一緒に冒険に出る流れか? まあ、危険な旅になるかもしれないけど、でも大丈夫。俺はどんな時でもサリスを守ってやるぜ! 回復魔法とかも使えるのかその内確認しとかないとな。
「宴の準備はまだしばらくかかりますから、それまで二人で待っていてください」
お義父さんにそう言われて俺はサリスの部屋に案内された。いくら村長宅と言えども余分な部屋があるわけじゃないのでここでしばらく待っていてほしいとのことだ。
ああ……もうなんか、夜が待ち遠しい。宴のその後……そんな展開もきっとあるんだろうな。女神に感謝。
「勇者様、さっき遠いところから来たって言ってたけど、いったいどこから来たの?」
椅子もあったが、サリスがベッドに腰かけたので、『これはチャンス』と思って俺は彼女の隣に密着して腰かける。
「遠い……まあ、サリスには全部言うけど、実は俺、別の世界から飛ばされてきたんだ……女神に、この世界を魔王の手から救ってほしいって依頼されて」
「す……凄い。女神さまに会ったの? もしかして、私も知ってる神様なのかなぁ?」
「ああ、確か、『夜の森と狩りの女神』ベアリス、とか言ってたかな?」
俺の言葉を聞いてサリスは微妙な表情になって首を傾げる。
「ん……ちょっと……聞いたことない神様かな……」
マジか……あの女神全然知名度ねーじゃねーか。まあ仕方ないか『夜の森』とかもう誰とも出会わないこと前提の枕詞だもんな。
『まだ浸透してないだけです! これからの女神なんだから、長い目で見てください』
呼んでもいないのに脳内に直接語り掛けてくる女神を俺は無視してサリスとの会話を続ける。女神もすげー可愛かったけど、それより今は目の前のサリスがプライオリティの高いタスクだ。確実に彼女の未来にサクセスストーリーをコミットして魅力あるマニフェストをサジェストしなければならない。
「たとえマイナーでも、俺は女神の使徒だ。かならず、この世界を……そしてサリスを守ってみせる。二人の愛の前には魔王なんてふりかけみたいなもんだ」
『女神の使徒』……これは決まった。我ながらいい表現だ。しもべだとへりくだりすぎだし、『勇者』だけでもいまいち。やっぱり「俺のバックには女神がいんだぞゴルァ」ってのはハクがつく。
しかしサリスは少し悲しそうな表情を見せた。
「ありがとう、ケンジ……でもね、やっぱり『勇者様』は私だけの物じゃなくて、皆を守るものだから……私も力の限り協力させてもらうわ」
優しい、しかし力強い笑みだった。
やっぱりサリスは俺と共に魔王討伐の旅に出るつもりみたいだ。俺としてはあんまり危険なことはしてほしくはないけど。まあ、旅先でどんなロマンスが待ち受けてるか分からないし、束縛とかされるといやだしな……
『へぇ、中々できた娘さんじゃないですか』
「うるさい黙ってろ」
「えっ!?」
「あっ、いや……」
急に脳内に語り掛けてきた女神への暴言を、どうやらサリスは自分への物だと勘違いしてしまったみたいだった。言葉を濁す俺は、強硬手段に出た。
「んっ……」
優しく、俺の唇で、彼女の口を塞ぐ。
そう、女の子を黙らせるのは昔から
口を放すとサリスは顔を紅潮させて恍惚の表情を浮かべていた。どうやらミッションコンプリート。ここで嫌悪の表情とか浮かべられたら女神の元に逃げ帰るところだったぜ。
コンコン、というノックの音に俺はビクッと驚いて背筋を伸ばす。
サリスが入室を促すと、入ってきたのはお義父さんだった。あんたが大切に育てた娘さんのファーストキスは今俺が貰ったぜ。いや、彼女の方がファーストだったかどうかは知らんけども、俺は信じてる。サリスを。
「準備が整いました、勇者様」
「ああはい! 準備! 準備ね!! じゅ……何の準備でしたっけ?」
「宴の準備ですよ、勇者様」
部屋の中で何が行われていたのか知らないお父さんは笑顔で応える。
そうだ……宴……歓迎会? それとも壮行会? まあとにかく女神の使徒である俺は歓迎されてるんだ。
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