第4話 カーニバルの村
「おおお……凄い」
日も落ちて暗くなった村。俺はお義父さんに案内されて村の集会所に通された。普段は王都からの役人を接待するときや、もめ事が起こって解決しなきゃならない時に使う場所らしい。
広いスペースには巨大なテーブルと沢山の椅子、そしてテーブルの上にはこの短時間の内にどうやって用意したのかと思われるほどの御馳走が所狭しと並んでいた。
正直言ってこのハーウィートの村は寒村と言っても差し支えのないさびれた村に見えた。テーブルから落ちそうな量の御馳走と、そしておそらく並べられているタンブラーに入っているのは酒。これだけのものをそろえるのはなかなかに難しいはずだ。
促されて席に着いた俺はある違和感に気付いた。
「……あれ? そういえば、サリスは?」
俺がそう尋ねると、お父さんは笑顔を引っ込めて、そして少し寂しそうな表情を浮かべてから言った。
「娘は……体を清めています。この後のために……」
ああ~、そういうことね? 宴の後のためにね? なるほどね、そりゃ寂しそうな表情も浮かべるわな。大切に育てた娘が今日初めて会ったばっかりの勇者とね! チョメチョメね!
いや~、俺は全然いいのにね? 身なんて清めなくってさ! その……なんていうか、そのままの、彼女の体臭に、興奮したりね! ちょっと変態臭いけども!
『かなり変態臭いです』
女神のツッコミが入る。正直脳内直接会話も止めて欲しいし、心を読み取るのもやめて欲しい。
まあ、正直言うと、そう言う『体と体のふれあい』はもうちょっと先でもよかった気もするけども。今はとにかくサリスとこの楽しい時間を満喫したかった、という気持ちもある。
でも、まあせっかくだからね。据え膳食わぬは男の恥って言うしね。
しかしまあとりあえずは目の前の『据え膳』だ。正直言って朝から何も食べてなかった俺は目の前の御馳走によだれが止まらない。
「それでは、勇者様の降臨を祝って、乾杯!!」
全員でタンブラーをもってそれを天に掲げる。サリスがいないので、お義父さん以外は知らない人ばっかりだ。多分お義父さんの隣に座っている人はサリスのお母さんだろうけども、それ以外はみんな知らない村の人達。ピンク髪の。
正直燭台の緩やかな光で助かった。これが昼日中、太陽の下でとかだったら目が痛くてとても食事どころじゃなかっただろう。
タンブラーに入っていたのは葡萄酒だった。飲み下すと胸の奥がくわーっとなる。これがアルコールの味か。うん。ちょっと控えておこう。俺未成年だし。
村人たちは俺の方を期待に満ちた目で見ているが、俺はまずは話よりも飯。パンを頬張り、キノコのソテーを頬張る。味付けはウスターソースに近い感じか。昼間運動したから塩分が嬉しい。
お義父さんに言って酒以外の飲み物も用意してもらった。これはどうやらヤギの乳のようだ。少し臭みがあるけど、優しい糖分が脳に嬉しい。
しかし料理には肉が少ない。少し魚はあるけど、こういう宴なんかには豚の丸焼きみたいなのがデーン、と中央にありそうなもんだけど、さすがにそれはなかった。まあ、さすがにこんな寒村だと肉はめったに食えるもんじゃないんだろう。
「それにしても、勇者様はいったいどちらからいらしたんですか?」
お義父さんがそう尋ねると、村人みんなが食事の手を止めて俺の方に注視した。みんなさすがに勇者の事が気になるんだろう。俺はさっきサリスに話したことを。異世界から来た事、女神ベアリスの使徒であることを話すと、村人たちが感嘆の声を上げた。
「おお、やはり……」
「まれびとだ……」
「この世界を救うために……」
まれびと?
村人の言葉が気になって俺はお義父さんに聞いてみた。
「『まれびと』とは、他の世界から来たる、神の使いです」
ああ、なるほど。女神の使徒の俺なんかはまさにそれそのものなんだな。
「我々の世界には『まれびと信仰』と呼ばれるものがあります。元々は予言にある世界を救う神の使いの事を指しますが、外の世界、外の国から来る客人は、私達に新しい技術や考え方を授けてくれる貴重な存在なのです」
この『まれびと』とは『稀人』や『客人』とも書き、それを歓待することは世界各地で見られる風習である。
サリスの父が言ったように、『まれびと』は外の世界の未だ知らぬ技術を知らせてくれたり、外つ国の情勢を教えてくれたり、または霊感を与えてくれる貴重な存在とされ、重宝される。
それを、この村では信仰にまで高めているのである。
「ですから、私達は『まれびと』を全力で歓待するのです」
お義父さんがそう言うと、追加の料理が運ばれてきた。
肉だ!!
なんだ、あるじゃないの!! 肉肉!! これが食いたかったのよ俺は! 次々と女房衆が大量の肉を運んでくる。やっぱりメインディッシュは後で持ってくるのね。肉も出さないケチな村と思ってすみませんでした。
客人の特権、俺は運ばれてきた肉に一番にフォークを突き刺して口に運んだ。あまじょっぱいソースは、ハチミツと混ぜたものだろうか。とろける脂が俺の体に潤滑油を差してくれるようだ。
村人たちも俺が肉を口に運んだのを確認してから次々と皿に肉を取り始める。
宴が始まった時はみんながっつくように食事を始めていたが(俺もそうだが)、腹も落ち着いてきたのか、それとも滅多に食えない肉を味わっているのか、皆静かに、ゆっくりと肉を口に運んでいる。
「ああ……美味い。よくぞこんなに育ってくれたものだ……」
お義父さんは肉を一口食ってほろりと涙をこぼした。大袈裟な。
しかし見れば他の村人もやはり感涙しながら静々と肉を食べている。
え? そこまでなの? そこまで普段肉食わないの? なんかホントに俺の歓迎会のために無理させちゃったのかな、と、俺は少し申し訳ないような気持になって来た。
「大げさではありませんよ。肉を食うということは命をもらうということです。ただの食事とは違います。神聖なことなんです」
いいこと言うなア、このお義父ちゃん。
でも俺はやっぱり少し不安になる。こんなに肉が貴重な世界なのか。日本にいたころなんて俺、毎日肉食ってたのに、こんな世界でやっていけんのかな? 普段そんなに肉食わないの? ここの人達は。
「さすがに毎日は食べませんが、しかしそれでも肉を食べないということはありませんよ。ただ、宴のこの肉は、特別なのです」
「ふ~ん」
まあ、教会で聖別された肉とか、そう言う特別な物なんだろうか。はあ、しかし特別な物か……
俺は少し残念そうな表情を浮かべて肉をもう一切れ取って口の中に入れた。
ああ、やっぱり美味い。そんな特別な物だったら、やっぱりサリスと一緒に食べたかったなぁ。サリスが美味さに感激するところ、見たかったなあ。
しかし実際、宴が始まってもう一時間ほどが経っている。家を出てからは二時間弱ってところだ。『身を清める』って言っても、いくら何でも長すぎないだろうか。
そんなもんちゃちゃっと済ませて、一緒に宴に出ればよかったんじゃないのかなあ、と俺は考えた。なんたって美味さに感激して泣いちゃうほどの料理が出る宴なんだから。
「サリス、どこ行っちゃったんだろう……」
俺がそう呟くと、お義父さんは目を丸くして驚き、そして、静かに口を開いた。
「サリスなら……ここにいますよ……」
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