第2話 ピンクの村
「ほら、見えてきた。もうすぐそこよ。ここが私の生まれ故郷、ハーウィートの村よ」
サリスはぐいぐいと俺の腕に抱き着くようにして引っ張る。俺はおっぱいの当たる感触を楽しみながらも務めて冷静な口調で応える。
「おっぱ……サリス、そそ、そんなに引っ張らなくて大丈夫だってへへ……む、村も俺も逃げやしないってぐひひ」
完璧な主人公ムーヴだ。
「ねえ、さっきからケンジが言ってる『おっぱ』ってなんなの?」
「女性の胸に膨らむ母性の象徴であり男たちの帰る波止場じゃなくて、『おっと』みたいな特に意味のない言葉だ。気にしないでくれ。ただの方言だ」
たどり着いたのは小さな村だった。簡単な柵で囲われているがとてもさっきのモンスターの侵入を防げるようには見えないから、おそらく本当に彼女が言った通り普段はモンスターがこの辺りまでくることはないのだろう。
俺が思ったことをそのまま言うと、サリスは少し表情を陰らせて応える。
「うん……確かに前まではモンスターが村の近くにまでくることなんてなかったんだけど、でも、最近は時々来るのよね……そんな時は決まってけが人や死人が出るわ……それを嫌って町の方に引っ越していった人もいる……」
事態は思ったよりも深刻なようだ。そんな中で草原を一人で歩いていたサリスは無謀なのか勇気があるのか。
ここは決めどころだ。
そう感じて俺は、サリスの頬にかかっていたピンク色の髪を優しく指で横に長し、ゆっくりと囁いた。
「大丈夫……これからは俺が守るよ……サリス達をそんな危険な目には合わせない」
サリスはみるみるうちに顔を紅潮させて、髪と同じように頬に桃色が差した。
「あ、ありがとう……ケンジは、きっと……いや、やっぱり勇者様なんだね! 魔王に侵略される運命にあるこの世界を守りに、神様が使わしてくれた勇者なんだよ!」
ああもう! なんちゅう可愛さだ! こんな目で見つめられて落ちない男はいないだろう! もういいな。魔王とかどうでもいいわ。俺はここで一生この村を守って過ごす。今決めた。女神が何か言ってたけどどうでもいいわ。この村を守りながらゆったりスローライフ決め込むわ!
『使命を忘れないで下さいよ? ケンジさんはこの世界を守る。一部ではなく全体への奉仕者なんですから』
ちっ! 直接脳内に語り掛けてきやがった、女神め!! そう言えば助力は出来ないけどアドバイスくらいはするって言ってたな……いつも見られてるのかと思うと気が休まらないぜ。俺がサリスと
「あ! お父さん!! おとうさ~ん」
サリスは立ち止まってしまった俺を置いて、その大きな胸を揺らしながら遠くに駆けていく。
マジか。いきなりお父さんへの御挨拶か。俺は現世では17歳の高校生だった。社会経験なんて無いに等しい。こういう時なんて言えばいいのか……
「むっ、娘さんを、僕に下さい!!」
時が止まる。沈黙の時が流れた……
というか、遠い。まだ、サリスが駆け寄っていった男と俺の間には20メートルほどの距離がある。完全に距離とタイミングを見誤った。俺は慌ててサリスの後について駆けて行った。
サリスが『お父さん』と呼んだ中年男性は目を丸くしていた。どうやら遠くても俺の声は届いたようだ。
「えっ……娘を、下さいって……?」
当然ながら状況を把握できず、目を丸くして立ち尽くす中年男性。
しかしそのビジュアルが凄い。
服装自体は普通だ。ズボンをサスペンダーで吊って、くたびれたシャツを着ている。そこは別にいいんだが、髪がピンクだ。
遺伝だからしゃあないのだが、サリスの父だけあって同じ、薄桃色の髪をしている。そして口ひげを蓄えているのだが、それもピンクだ。きっつい。
なんか、辞め時が見極められなくていつまでもパンクバンドの雰囲気を背負ったままになっている元バンドマンという感じの髪の毛になっている。年の頃は四十代半ばくらいか、もうそう言うのは卒業しようよ。服装が普通だけに余計に目につく。
「ちょ、ちょっと勇者様! い、いきなり何言ってるのぉ!?」
「え? 勇者様?」
顔を真っ赤にしてツッコミを入れるサリスと、彼女のその言葉にさらに驚くお
それにしてもサリスのリアクションが可愛い。これは、まんざらでもない感じだ。どさくさに紛れて好感度調査を敢行した自分自身に拍手を送りたい。
「そうよ! ケンジは凄いんだから! 『オンデアの獣』、白銀のオオカミを無詠唱の魔法一撃で倒しちゃったんだから!」
「なんだって? 白銀のオオカミを!? それも無詠唱の魔法で?」
サリスとお義父さんが盛り上がっていると「なんだなんだ」と他の村人たちも集まって来た。
全員ピンク。
まあ……
しゃあないけどさ。
色の濃淡の差はあるものの、全員見事なピンク髪だ。おっさんもおばはんも、じじいもばばあも。みんな桜色。季節外れのサクラサク。
驚きの声を口々に呟く村人にサリスが事情を説明し始めると、急に辺りが薄暗くなってきた。俺が周囲に気を払うと、その中の一カ所に黒いもやが集まって、次第にそれは人の形を持ち始めた。
「ふん……勇者だと? 不穏な気配を感じ取ってきてみれば……笑わせる」
その黒いもやはゆっくりと人間に似た姿を現してきた。整った顔立ちのイケメン。黒い肌に赤い瞳。頭には水牛のように見事な一対の角が生えている。
「俺は魔王軍四天王の一人、カル……」
「ファイアボール!」
「グワーッ!!」
重厚な鉄同士の衝突音のような音を上げて俺のファイアボールが四天王のカルの胸に直撃した。
カルは吹き飛んで尻餅をついたが、オオカミのように爆発四散はしなかった。さすがは四天王だ。
「ちょっ……おまっ……なんなん? どこの子なん!? まだ途中やろがい!!」
「ファイアボール!!」
「グワーッ!!」
さすがに四天王は一撃では死なない。俺が追撃をかますと四天王カルはもんどりうって再度吹っ飛んだ。しかしまだ生きている。四天王の名は伊達じゃない。
「ちょっ、タンマ! タンマ!! いったん止まれ!! まだ名乗りの途中だろうが!!」
カルはかなりブチ切れているようだ。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙の時が流れる。
「いいな……?」
何がだ。
「ホンマお前……どこの子なん? 最近の子ってみんなこうなん?」
ぶつぶつと小さい声で呟きながら四天王カルはゆっくりとこちらの動きを注視しながら立ち上がる。二発のファイアボールを喰らって胸は真っ黒に焦げている。どうやらダメージは通っているようだ。
「俺の名は、四天王の一人、
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
とうとう俺は無詠唱どころか「ファイアボール」って言わなくてもファイアボールを出せるようになった。四天王カルナカルは
「おま……ホンッッットさあ!! どこの子なん!? どういう育てられ方したん!?」
もはや四天王、黒鉄のカルナカルは怒り心頭といった感じである。しかしゆっくりと立ち上がるその膝は笑っている。どうやらかなり効いているようだ。やはり喧嘩は先手必勝。
「あのさぁ……」
カルナカルは立ち上がるのを諦め、その場に座り込んでとうとう泣き出した。俺のグラスハートが少し痛む。
「ちゃうやん? こんなん……? 普通もっとさあ……四天王よ? もっとこう……厳かにさア……せめて名乗りくらいはさァ……」
泣きながら独り言ちるカルナカルを前に、俺は右手の手のひらを出して魔力を集中させる。
「あ~ハイハイ、そう言う感じね? もういいよお前には何も期待しねーよ。この包茎スケベネクラスポンジ脳みそが」
「イヤーッ!!」
「サヨナラーッ!!」
とうとう許容量を超えたのか、四天王カルナカルの体は四度目のファイアボールを喰らうと盛大に燃え始めた。辺りに火葬場みたいな匂いが充満する。
「す……凄い……あの、四天王のひとり、カルナ=カルアを苦も無く倒すなんて……」
村人の一人がそう呟いた。敵の体はまだ炎を上げて燃え続けている。
「……そんな名前だったのか……あいつ」
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