第89話 忍者が恋なんてするわけない⑧

 「すぐに用意できるか?」

 

 ついさっき知り合ったばかりの関係、なんなら1度誘拐された忌むべき相手。

 しかし嘘とはいえ父親に振り回されているという似た境遇で、吊り橋効果かもしれないが惹かれる物があるのも確か。

 そのモッカの為なら、所持している約40億のうちの10億くらい貸してやってもいい……そう思い巡らせていた矢先のセバスチャンの先制口撃にハレオは思わず聞き返した。


 「えっと、それって俺が立て替えろってこと?」

 「残念だが、お前に拒否権は無い」

 「いや、よく考えろよ10億円だぞ」

 「心配するな、絶対に返す」

 「絶対に信用できない」

 「用意した証拠を見せるだけだ。それともアレか?持ち合わせていないのか?それではモッカお嬢様の靴も舐められんぞ」

 「持ってるから、舐めないから」

 「じゃあ直ぐに銀行に向かえ」

 「嫌だ。自分で招いたんだから処分を承知でそっちの御屋形様に頼めばいいじゃないか」

 「嫌だ。私が路頭に迷ってしまう。優先順位はモッカお嬢様、私は2番目、そしてその他だ、まずはお前が犠牲になれ」

 「はぁ?もう怒った、絶対に貸さない」

 工面する気になっていた気持ちは、とうに消え失せていた。


 「これをツイッターでばら撒くぞ」

 セバスチャンは徐にスマホを取り出す。


 「ちょっ……」

 スマホの画面に表示された写真を見たハレオは絶句する。

 そこには、亀甲縛りされ天井から吊り下げられている自分の姿、しかも若干微笑んでいる様にも見える顔。


 「拒否権は無いと言ったはずだ」

 「最低だな」

 「忍者にとって最高の誉め言葉だ、私は執事だがな」

 「どうでもいいわそんなの、金を用意したらソレは絶対に消せよ?絶対だぞ」

 ハレオは、その足で銀行へ向かった。


 トウカ、スミレ、ボタン、ユウの4人が不思議そうに詰め寄るが「大切な女性陣を身内のいざこざに巻き込む訳にはいかない」と断言するセバスチャン。「大切な」の言葉に違和感を覚えたハレオだが反対する理由は無く、それっぽい嘘を付いて家を後にする。


 自分の所持する金とはいえ、10億の大金。しかも未成年のハレオが銀行から下ろせるハズも無かったが、そんな考えを巡らせる事もなく、手続きを開始する。

 書類を提出し、銀行内が騒然とする中、ハレオとセバスチャンがVIPルームへと通される。

 その途中で「晴間様のご子息だ、丁重にな」との会話があちらこちらでなされていたが、ハレオの耳に入ることは無かった。

 もちろん銀行側は、詐欺の疑いや、小切手での対応を提案するが「またすぐに預け入れるから、用意して欲しい」とのハレオの無理難題を受け入れ、シャッターを下ろした行内のほぼ全ての行員を使い、手際よく用意した。


 紙幣とはいえ、10億円の重量は約100㎏、そんなこと想像もしていなかったハレオは、セバスチャンに「どうすんだよ」と訴えかけると、銀行の外を親指で指差す。

 そこにはハレオを誘拐した時に使用した黒いワンボックスカーが停車していた。

 

 ジェラルミンケースに入った金の証拠写真をイエライシャンに送ると、すぐに返信があり、近くの港、コンテナ倉庫が並ぶ場所に金を積んで来る様に指示された。

 ハレオは「一応警察にも連らくを」とセバスチャンに相談するが「身内の計画的誘拐だぞ、それにモッカお嬢様も共犯だ」と返し、そういえばそうだったと納得。


 だったら写真を撮ったから金は銀行に戻そうとハレオは提案するが、金が本物だと分かって油断した隙を付くとのスバスチャンの言葉を信用し、2人は、モッカが待つ港へと車を走らせたのだった。

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