第88話 忍者が恋なんてするわけない⑦

 「モッカが誘拐って、どういうことだ」

 「くっ私の所為だ」

 セバスチャンは、膝から崩れ落ち、右耳から手を離すと、そのままハレオに向ける。

 「盗聴していた音声だ、聞いてくれ」

 「と……」

 やっぱり盗聴って認識してたんじゃん、と言いかけたハレオだったが、セバスチャンの落ち込む姿に思い留まり、エアーポッドを耳にあてた。


 

 『なんですかあなたは』

 まず聞こえてきたのは慌てるモッカの声。

 『我が名はイエライシャン、甲賀の者アル』

 不思議な名前と不自然な語尾、そして声色から幼さを感じ取るハレオ。

 『甲賀?セバスチャンの知り合いですか?』

 『セバスチャン……今はそんな名前で通しているアルか、愚かな下忍アル』

 『セバスチャンは忍なんかじゃありません、私の良き理解者で執事……だった守銭奴です』

 『執事……西洋かぶれめ。まぁいいアル、お前に恨みは無いアルが、一緒に来てもらうアル』

 『……分給はお幾らですか?』

 『ふんきゅう?何を言っているアルか』

 『私に動いて欲しいのならそれなりの対価が必要です』

 『給料を出せってことアルか?』

 『ええ、最低でも1分100円から受け付けます』

 『バカアルか、今からお前は我に誘拐されるアル』

 『誘拐……それは無理です』

 『なんでアルか』

 『私のこと誘拐しても、お父様が破産して今は一文無しなので』

 『それはお前の父親が付いた嘘だという裏は取っているアル』

 『嘘?なんでお父様がそんな嘘を』

 『そんなの知らんアルよ、だから安心して誘拐されるアル』

 『……なるほど、ではお父様から身代金を巻き上げれば目的達成ということですね』

 『……なんの目的か知らんアルけど、我の目的は金じゃないから、ちょっとくらい分けてやってもいいアル。だから大人しく付いてくるヨ』

 『分かりました。その話し乗りましょう、今お父様の連絡先をお教えしますね』

 『要らないアル、連絡する相手はセバスチャンにして欲しいアル』

 『セバスチャンに?』

 『そうアル、金はセバスチャンに用意させるアル』


 そこで音声の再生は止まった。

 

 「相手は知り合いか?」

 「ああ、我が伊賀一族の大敵、甲賀者だ」

 「伊賀と甲賀……」

 エセ執事とエセ中国人じゃん、と思ったハレオだったが、セバスチャンの真剣な表情に堪える。


 「でもこれって誘拐じゃないよね?モッカもノリノリだし」

 「ああ、それがまた話をややこしくしている」

 「ハレオ殿が盗聴記録を再生している間に、甲賀の奴から早速連絡が来た」

 「なんだって言ってるの?」


 「まずは、10億用意して証拠を提示しろ、そうすればモッカお嬢様に会わせてやるアル、とのことだ」

 「10億っ、そんな大金どうやって……ってモッカの家は大富豪なんだっけ?じゃあちょっと相談して写真だけ撮らせてもらえば?そんで居場所が分かったら、あとはセバスチャンの忍術でなんとかなるでしょ」

 実際に誘拐された訳ではないモッカと身内のいざこざに安堵したハレオは、軽い口調でセバスチャンの肩を叩いた。


 「ダメだ、それだけは絶対にダメ」

 「なんでさ」

 「私はお前の誘拐で一度失敗している。危険が無いとはいえ、モッカお嬢様が連れ去られた事を御屋形様が知ったら……私はお終いだ。くそっあの中国かぶれめ、狙いはソレか」

 

 絶望に打ちひしがれるセバスチャンの背を見るハレオは「10億か……」と呟いた。

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