第43話 声優少女は眠れない④

 「あの、すみません、言っている意味が分からないのですが」

 

 嫌がるスミレを連れて両親が待つスミレ宅を訪れたハレオは、まず謝罪した。

 天気の所為とはいえ、大事な娘さんを泊めてしまったこと、やましいことは一切していないこと、誠心誠意心を込めてスミレと一緒に深く頭を下げた。


 それからスミレが本気で声優を目指していること、学校での素行の良さとカリスマ性、声優としての素質。

 他人である自分が言いうのは烏滸がましいのは分かってはいたが、スミレの夢に対する想いを無下に扱って欲しくない一心で、スミレの良い所を余すことなく称え説得を試みる。


 そんなもの、ただの友達の戯言と吐き捨てられるのは百も承知だった。


 それなのに返ってきた言葉は「晴間さん家で頑張ってみなさい」だ。

 「俺、ただの友達ですよ?」

 両親がスミレの夢に前向きになってくれたのは喜ばしいが、どうやったら友達、しかも男の家で頑張ってみろという言葉が出てくるのだとハレオは必死に抵抗した。


 「スミレはどうなんだ?」

 「頑張るっ」

 父親の問いに即答するスミレ。

 両親含め6人家族4人兄弟、しかもスミレ以外は全員男、一軒家だが自分専用の部屋など無く、歳を重ねる毎に居心地は悪くなる一方。

 通学時間も1時間近く掛かるし、なによりハレオの家に住み込みなんて夢のような話、迷うハズがない。


 「いやいやスミレの意見じゃなくって、俺の意見を聞いて下さい」

 「なんだ、あんなに応援しておいて、手のひら返しか?」

 ずっと温和だったスミレの父親が急に凄んできた。


 「応援するのと、俺の家で頑張るというのは、ちょっと……」

 「ハレオくんだっけ?ちょっとこっちに来なさい」

 動揺するハレオの肩に腕を回し、誰も居ない庭の方へ連れて行くスミレの父親。


 「舘雄さん、いや、お父さんによく似ているな。そっくりだ」

 「あ、あの親父と知り合いだったんですか?」

 「ほんとうに惜しい人を亡くしてしまった、残念だよ」

 「惜しい?あんな最悪な人間のどこが……」

 「ハレオくんっ、大人にはな言いたくても言えないことがある。それだけは知っていてくれ」

 「知りたくありませんよ、もしかして貴方も親父と同じ人間ですか?」

 ハレオの父親嫌悪が一気に加速する。


 「同じ人間か……同じ男としてそうありたいと願うばかりだよ、尊敬すべき漢だった」

 なんだか遠い目をし始めるスミレの父親。ハレオはその腕を力強く振り解いた。


 「最悪ですね、分かりましたよ、スミレは俺が面倒見ます。貴方の元へは置いておけないっ」

 「ハレオくん……分かってくれたか、ありがとう。怪我は治ったが以前の様には走れなくなったみたいでな、それに家では肩身の狭い思いをさせてしまっていた様だ、親に気を遣うのが上手くなってしまってな申し訳ない。ハレオくんの家は学校からも近いようだし、シェアするのにも十分な広さ、プライベートも保たれる所なんだろう?可能な限りの支援はさせてもらうから、どうか娘を置いてやってくれ」

 「なんでそこまで俺ん家の事知ってるんですか?」

 「私も妻も妹さんのメールの内容で手に取る様にハレオくんの住居の状況が分かったよ、良くできた妹さんだ、なおさら安心して娘を任せられる」

 ハレオは振り向き、先程まで居た玄関先を見る。そこにはドヤ顔で親指を立てるトウカが居た。


 「お金は要りませんからっ」

 怒りを露わにし、スミレらが待つ場所へ向かうハレオ。

 スミレの父親はハレオの怒りを理解できずにいたが、それを芯の強さと勘違いして優しい眼差しで見送ったのだった。


 「スミレっ、俺の親父を擁護する人間は、例え親でも信用するな、お前の居場所は俺が作ってやる、だからこんな家は直ぐに出ろ、いいな?待ってるぞ」

 「う、うん……」

 なになに、この展開っ、どうしよ、私、今顔が真っ赤だと思う、顔を上げられないよ。と俯くスミレの頭をポンポンと撫でたハレオは、スミレの母親に頭を下げて、その場を去った。


 居心地は悪かったが、別に仲が悪いわけでもないスミレの家庭。ハレオに「こんな家」と言われる筋合いは無かったが、夢にまで見たハレオ宅での生活が待っている。そう思うと、迷う理由など皆無。スミレはすぐに家を出る準備を始めたのだった。


 そしてハレオの家に引っ越してから数日間、興奮と感動で眠れない日々を過ごすスミレであった。

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