第44話 幼馴染は納得しない

 スミレがハレオの家に引っ越してから5日後の金曜日。


 「酷いっ酷い、ひどいひどいひどいひどいひどいぃーーーー」

 ボタンは怒っていた。


 「ちょっと落ち着いてよボタンちゃん」

 「そうだぞボタン、何をそんなに怒っているんだ」

 スミレとハレオは、息を揃えてボタンを宥める。


 「きぃぃぃぃぃぃーーーー」

 その息の合った姿が、ボタンの怒りを増長させる。


 「スミレちゃん、ちょっと来てくれる?」

 丁寧な言葉を使ったが、そのビキビキに脈打ったこめかみの血管から放たれる怒りは隠せない。


 「これは一体どういうことなの?」

 「なにが?」

 「なにが?あなた今、なにが?とおっしゃいました?」

 「もぉどうしたのよボタンちゃん、今日のボタンちゃんおかしいよ?」

 ボタンの怒りの理由は、なんとなく想像はつくスミレ。

 だがしかし、引っ越しのことを知る全ての人物に、絶対に誰にも漏らしてはならない約束を交わしたスミレは、白を切り通す以外の方法を持ち得ない。


 「いつからなの?」

 「だから何を言っているのか分からないってば」

 「私の推測では3日前ね」

 「……うっ」

 「図星ね、3日前の月曜からなんかおかしいと思ったのよ、ハレオの家で遊ぼうって誘っても断るし、一緒に帰ろうって言っても断る。火曜日、私だけでハレオの家に遊びに行った際に、もう一人、あの家に女の匂いがしたの、スミレの匂いと似ていたけど、しょっちゅう遊びにきているのだから、あまり気にしなかったわ。だけど水曜日、私がハレオくんの家を出た後、お母さんから頼まれた買い物を業務スーパーに買いに行ったその時、ハレオくんとトウカちゃんが楽しそうに夕飯の買い出しをしている、その横に、なぜか先に帰宅したハズのスミレちゃん、あなたが居た。あれ?スミレも買い物頼まれたのかな?家からこんなに離れたスーパーにわざわざ買出しに来て、たまたまハレオくん達と合って、意気投合しちゃったんだ、じゃあ私も混ざろうかな~と声を掛けようと思ったら、気付いたの。危なかったわ、あそこで声を掛けていたら、きっと誤魔化されていたのだと思う。ハレオくんとスミレちゃん、別々の買い物をしているハズなのに、なぜかスミレちゃんは買い物カゴを持っていないじゃないの。私は何かがオカシイと思い黙って後を付けたわ。するとどうでしょう、3人は仲良く同じ道を辿り、ハレオの家に入って行くじゃありませんか。なに?私だけ仲間外れで夕食会?ちょっとショックだったけど、まぁそれぐらいは許せるわ、私もそういうことはしてたから。だからその日はスミレちゃんに花を持たせて帰ったわ。暗くなってきたし、買い物も頼まれていたから。でもね、木曜日、また同じ現場に遭遇したの、2日連続よ?流石に怒りのピンポンチャイムを押そうかと思ったわ、だけどスミレちゃんだから、応援してくれるって言った友達だから、きっと家族と上手くいってなくて、夕飯食べながらハレオくんに相談してるんだなって思って、グッと堪えて待った。寒空の下、お母さんに、ちょっと帰り遅くなるって連絡を入れて待ったわ。でも一向にスミレちゃんは出てこなかった。これはまさかと思った。じゃあ、もしかしてあの匂いはって、昨日も帰っていないんじゃないかって。そして今朝、始発の電車に乗り、私は待った。寝不足で張り込む警察の気持ちになって電柱の影に隠れ待った。そうしたらどうでしょう、ハレオくんとトウカちゃんが登校し終えた、その5分後、スミレちゃんがコソコソと周りを気にしながら、ハレオくん達が出てきたマンションの入口から出てきたじゃないの、これは一体全体どういうこと、もしかして……」

 「ご、ごめんなさいっ」

 止まりそうにないボタンのマシンガントークを遮るように、スミレは謝罪した。


 「でも、これには深い理由があって」

 「私は絶対に許さないわよ」

 「怒らないでボタンちゃん、ちゃんと理由を聞いて」

 「理由なんてどうでもいいの、私のこの怒りを鎮める方法はただ一つ」

 「何?私なんでもするから教えて」

 「明日土曜、ハレオくん家で作戦会議を開きます」

 「作戦会議?」

 「そうよ、私に科せられた外泊禁止令を解き、再びハレオくん家に泊まれる様にする為の作戦会議」

 「それってボタンちゃんの両親を説得するってこと?」

 「イエス」

 「……わかった、ハレオに相談しよ」

 スミレは胸を撫で下ろした。

 それは、ボタンの怒りを鎮める方法が分かったことと、奥手過ぎる自分がこのままハレオの家でモンモンとした夜を過ごせば、寝不足で憔悴しきってしまう可能性を危惧したからだ。


 「ホントごめんねボタンちゃん、もっと早くに相談すれば良かった」

 「いいの、分かってくれればいいの、それよりもスミレちゃん、ハレオくんとはもちろん何もないわよね?」

 「ないない、あるわけないじゃん、そんなの考えたこともないよ」

 「そう、良かった。じゃあスミレちゃんが泊まることになった経緯を聞こうかしら」

 嘘を付いた事に罪悪感を持ったスミレは、事細かな顛末を話し、ボタンはそれを受け入れた。


 そして翌日の土曜日。


 ピンポーン。


 ハレオ、トウカ、スミレ、ボタンによる作戦会議の最中。

 不穏なそのチャイムは鳴った。

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