第42話 声優少女は眠れない③

 「おはよ~」

 「あっスミレさん、おはようございます。お兄ちゃんの朝ご飯出来てますよ」

 寝不足でギンギンに血走ったスミレの目に、香ばしいフレンチトーストが並べられた食卓が映る。


 「ってスミレさん、その顔、まさか夜通し妄想に耽ってたんですか?」

 トウカは、昨晩もハレオのベッドを奪いに自室を抜け出していた。その際、向かいの部屋から聞こえた大きな独り言に耳を傾けていたのだ。長くなりそうだから途中で離脱はしたが、スミレのハレオに対する感情を知るには十分だった。

 「ふぇ?」

 その完全に頭が回っていない返事に、スミレの手を取り自室側の洗面所へと連れて行くトウカ。

 「そんな顔、お兄ちゃんに見られたらどうするんですか」

 「あ、うぅ酷い顔、ありがとうねトウカちゃん」

 急いで顔を洗ったスミレを今度は自室に連れて行き、化粧台に座らせて素早く完璧なお化粧を施すトウカ、ゴスロリで鍛えた腕に掛かれば普通の化粧などお手の物だった。


 「良かった、トウカちゃん居なかったらハレオに幻滅されるとこだったわ」

 「お兄ちゃんは、そんなんで幻滅なんかしないと思うけど、一応ね」

 「……トウカちゃんは、ハレオのこと、どれくらい知ってる?」

 「どうしたんですか急に」

 「いや、なんか昨晩の独り言、かなり聞かれたみたいだからさ、ほら、ハレオとは私の方が長い付き合いけど、一緒に暮らしているのはトウカちゃんでしょ、というか急にお兄ちゃんですって受け入れられるものなの?」

 化粧の為に前髪をヘアピンで止められ、無防備なおでこを晒してスミレは切り出す。


 「押し掛けた形だし、血は繋がってないけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんですよ、今は頑張って知らないお兄ちゃんを知ろうと努力してます。きっとスミレさんの方が知ってること多いと思いますよ、羨ましいです」

 「ふ~ん……なんかトウカちゃん、初めて会った時とだいぶ印象変わったよね」

 「そうですか?私まだ中学生なので、お兄ちゃんに頼りっぱなしです。金銭面では援助できそうなんですけど断られっぱなしで、そういうとこは頑固かもしれないですね~」

 「そうなんだ~確かにお金の事になると急に人が変わった様になるよね。そっかーでもホント良いなー私もハレオと暮らしてみたいな」

 「……スミレさん、それって」

 「いやいやいや、そうゆう意味じゃなくて、いやそうゆう意味しかないけど、ほら楽しそうだなって」

 「楽しいか楽しくないか問われれば、楽しいとしか言い様がありません、お父さんという存在が居なかったので尚更かも、男の人って皆こんな感じなんですかね」

 「違うよ、それは違う、それは危険な考えだ。ハレオは特別だから、そこらの男にそれを求めてはダメ、ハレオを10としたら他は2か3だから」

 「そうなんですか、気を付けます。というかスミレさん、どんだけお兄ちゃんのこと好きなんですか」

 「うっ、い、いや、友達としてだから」

 「友達ですか~そんなんじゃボタンさんに取られるのも時間の問題かもしれませんよ、それとも私が……」

 「えっ?最後何て言ったの?」

 「なんでもないです、さぁお化粧完成です。朝ご飯食べましょう」

 「うん、ありがと」

 ボタンが初手でトウカを敵と見做した様に、スミレもまた、トウカを最大のライバルと認めつつある会話だった。


 「あっビックリする前に言っておきますけど、お兄ちゃんの作ったフレンチトーストを普通のフレンチトーストと思わないように、アレは人の味覚から脳を破壊する兵器ですから」

 「ホント?楽しみっ」


 「遅いぞ、温め直しておいたから早く食べて支度しろ」

 「「はーい」」


 最高の気遣いとフレンチトーストを堪能し、お腹も心も膨れたが、スミレの気は重かった。

 家出を謝罪する為の言い訳を考えながら着替えを済ませたスミレは、トウカの同伴も懇願した。男の家に泊まったという事実を妹の存在で薄れさせようという魂胆もあったし、部外者が多い方が父親の怒りも少しは和らぐと思ったからだった。


 だがしかし、スミレのそんな心配は、父親の一言で消え失せた。


 「そんなに言うのなら、晴間さん家で頑張ってみなさい」

 スミレはもちろん、ハレオもトウカも自らの耳を疑う他無かった。

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